39「迫る危機」
「朝だ」
アタミは目覚めるとひとりニヤけた。
なにせ、修復不可能と思われたアデライドを口説き落としぽんこつパーティー加盟が成功したのだ。
だが、育成計画はまだはじまったばかりだ。
「……つか、冷静に考えるとまだなにもしてないな」
ギッと音を鳴らしてベッドから身を起こし黙考する。
「うし。まあいい! なにごとも、まずは第一歩だ。あのぽんこつ娘どもを最強の冒険者に育て上げ、俺がいかにギルドに必要な人材かどうかということを世界に知らしめなくてはならない」
アタミはそれだけいうと再び無言になって制服に袖を通した。
「ヤバい。ひとりごとが多すぎる。末期かな」
昨日は充分に睡眠を取ったので満ち足りている。寮を出ると、赤レンガの事務所に向かうが、すでに出勤している職員たちが忙しそうに駆けずり回っていた。
「なんだ? 早出なんか聞いてないぞ」
こういうときに限って顔見知りが見つからないのが世の常だ。
「アタミさま。こんなところでなにをしているのですか」
「あ」
そしてアタミはどちらかといえば探すよりも探される確率が高い人間だった。
てんやわんやとなっている冒険者ギルドの中でひときわ目立つS級冒険者で既知であるといえばヴェロニカ以外にありえない。
「ここではなんですから。場所を」
「お、おお? どうしたどうした」
アタミは真剣な顔つきのヴェロニカに手を引かれ、物影に移動し今現在起きている事実を簡潔に伝えられた。
真魔王軍が連合王国へと一斉に攻め寄せているとの情報である。
アタミは顔色ひとつ変えずにヴェロニカの話を聞き終えると、顎をぽりりと掻いた。
「なるほど。どうやら世界は結構ピンチなのか」
「私の説明を聞いてその認識なのですか」
(ヴェロニカのやつめ。たかが再編された魔王軍が攻め寄せて来るかもしれないという不確かな情報で、ここまで冷静さを失うかね)
至極冷静だとアタミは自分のことを思っていたが、不幸なことに世界と彼の認識は異なっていた。
単体であっても百万の魔王軍を打倒できるアタミと一匹の魔族にあっさり殺されてしまう一般人では危機感の度合いや感じ方を同じうしろといわれても不可能だろう。
「ともかくですね。今、私がギルドの中枢部で詳しい情報を集めてきますので、不用意に動き回らないでください」
「おお、なんかわからんがわかった」
「生返事はやめてください。世界の危機なのですよ!」
「そんなに怒鳴らなくてもいいジャンか。いつになくマジだな」
「約束してください、不用意な行動は絶対に起こさないと!」
両手を握り締められ真っ直ぐ至近距離で瞳を除かれるとアタミも男である。美少女といっていいヴェロニカをいつもの如く無下に扱えなかった。
「わ、わかったよ。黙っておかしなことはしない。これでいいか?」
「約束ですからね」
それだけいうとヴェロニカは疾風の如くその場を駆け去った。
「よし、じゃあ約束を破ってはいかんからいつも通り堅実に仕事をしよう。まずはぽんこつどもをダンジョンで鍛えるか」
魔王軍が迫っているので島のあらゆる地域の危険度が上がっているというのに、アタミはブレない男だった。
「でも、黙ってどっか行ったらまたヴェロニカがストーキングするやもしれん。ゆきさきくらいは教えておいてあげないとな。とりあえず誰かに言伝を頼んでおくか。えーと、フランセットやアンジェルはいないかな? ちぇ。いないや、困ったな。そうだ。とりあえずもう誰でもいいか。おい、そこの押し入れで爆弾作ってそうなやつ」
アタミはロビーでボーっと突っ立っているローブを目深に被った冒険者に声をかけた。
ターゲットにされるだけのことはあるダークなオーラを放っていた。
「おまえだよ、おまえ。自分ちの押し入れに幼女のバラバラ死体隠してそうなおまえだ」
「……もしかして僕のことですか職員さん」
「そうだよ。あのさ、おまえ暇だよな。絶対暇だよな? 今、暇になった。ヨシ!」
「なにが暇なんですか。まあ、暇なんですけども、フヒヒ」
「よし、名も知らぬ陰キャくんに使命を与えよう」
「いや、僕アルフレドという立派な名前があるんですけど」
「なんでもいいよ、めんどくせぇな」
「アンタ、人の名前をめんどくせぇって……」
「とにかくだ。おまえはどうせここで暇してんだろ。S級のヴェロニカって女が来たらアタミはぽんこつを鍛えにダンジョンに行きましたと伝えてくれ。わかったか」
「はぁ、てかあの人間差別主義者でエルフの高名な美しいS級の人ですよねぇ。絶対僕シカトされる自信があるんですけど」
「そういうとこがおまえのダメなとこなんだよな。直せよ。当たって砕けろだ。それともしものときは俺の名を出せば大丈夫だ」
「いや、意味わかんないんですけど」
「頑張れ。弱虫になんなよ」
「あの……」
「じゃな」
アタミはアルフレドの肩をポンポンと叩くとハミングしながらひと仕事終えた男の顔をした。
「俺は仕事のできる男。ぽんこつどもを一流にするぜェー」
妙に調子っぱずれな自作の鼻歌を歌いながら掲示板を確認する。この状況でギルドはほとんど機能していないので勝手な行動を取る彼を止める者はいなかった。
「よし、手はじめにはこれがいいだろう」
アタミが手にした依頼書には近所の村に出没するスライム討伐に関する案件だった。
(いくらぽんこつぞろいだといえどスライムくらいはいけるだろう。あいつらネチャネチャしてるだけだもんな)
「てなわけで、おまえらにナイスな依頼を取って来てやったぞ。心機一転、心をひとつにして頑張るんだぞ」
「あの、アタミさん。それはいいのですけど、ちょっとギルドの様子がおかしくありませんか?」
クリスティーンがキョロキョロ周りを見回しながら不安そうにいう。
「んー、確かにクリスっちのいうとおりなんかおかしくね?」
ユゲットが眉間にシワを寄せると即座にアデライドが否定した。
「いや、アタミ殿が私たちの技能向上のために用意してくれた依頼だ。明日、世界が滅ぶとしても絶対にこの依頼は完遂しなければならない」
「あのアデライドさん? 昨日からちょっと様子がおかしいのはアナタもなのですが」
モルガーヌは片目を瞑って小さく肩を落とす。
「うるさいなモルガーヌは。それとあまりそういう格好でアタミ殿の前に出てもらっては困るな。隊の規律が乱れる。さらに私見を述べるとアタミ殿に関してはワンチャンもない」
「……安心してくださって構いません。アタミさんはアウトオブ眼中ですので」
「フ、またそのようなことを。ま、持たざる者の強がりや嫉妬は本人にはわからないからな。私もかつてはおまえのように無知であったが、今や真実の愛を知ることができたのだ。モルガーヌもいつか本当の愛を知ることができればよいのだが」
「あの、軽くムカつくんですけど。それにこれは自慢じゃありませんがアタミさんなら私が本気になれば十分で落とせますけど?」
「冗談でいっていいことと悪いことがあるぞ」
「あのな、なにをいきなり仲間割れしてるんだ。とっとと出かけるぞ。それにハッキリいっておまえら初心者パーティーは他人さまのことを気にしているほど余裕はない。今は小さなことからコツコツ経験を積んで自分を向上させることが、ひいては世界のためになるってもんだ。そこんとこ忘れるなよ。あと、ちなみに俺は監査役だから冒険は自分たちで協力して頑張るように。今回の目標はカタカタ村に爆増するスライムの群れを倒せ! だ。見事成功すれば冒険功績はプラス一〇ポイント。さ、声出してゆこう」
「そうですね。アタミさんのいうとおり、わたしたちはほかの人たち、同期と比べれば遅れています。難しいことはギルドの上級者の方々にお任せして今は自分たちの地固めを行うことが重要なのではないでしょうか?」
僧侶だけあって説得力のある言葉でクリスティーンがみなを口説くと、ぶちぶちいいながらもぽんこつカルテットたちはてんやわんやの冒険者ギルドを離れて城外にあるカタカタ村へと進路を取った。




