37「ぽんこつパーティー結成」
「まぁーだ出てこないのかよ」
アタミはぽんこつ三人娘を連れてその場に立ち尽くしていた。
あの失禁から三日後。
アデライドは常宿の部屋から一歩も出ず、クリスティーンたちの説得も虚しく籠城を続けているのだった。
「まったくあれきしきのことで打たれ弱いやつだな」
「元はといえばアタミさんのせいでしょう」
魔術師のモルガーヌが杖を壁にコツコツぶつけながら呆れたようにいった。
「すまないな」
「アタミっち反省してないっしょ。でも、あれは正々堂々と勝負した結果だし。アタシはアデライドがちょっと卑怯だと思うの」
「ユゲットさん。アデライドさんは乙女なのですよ。殿方を前にして恥じらうのは当然のことです」
「クリスはそーいうけどさ。これが逆ならどうなん? アデライドはアタミっちのこと見下して話も聞こうとしなかったっしょ。アタシはケチなコソ泥だけど約束は自分からは破らない。アタミっちは面白いことがあるってアタシにいったし、正直アデライドのやつに剣の勝負で勝てるとは思わなかった。アタシはアタミっちの指示に従うよ」
「それじゃ……! これからよろしくお願いしますっ」
「うーん、あはは。クリスもアタシにそんな期待しないでおくれよう。もしかしたら、すぐ飽きちゃうかもだしね」
「そんじゃあユゲットはクリスティーンとパーティー組むのに依存はないんだな」
ユゲットはなんともいえない表情で口元をゆるませると右手をひらひら揺らす。
「じゃ、モルガーヌはどうだ。結論はそろそろ出たか?」
「はぁ。アタミさん、ここで断ったら私ひとりが悪党みたいじゃありませんか。まぁ、クリスさんもユゲットさんもこの三日間でそれほどウマが合わないわけじゃないとわかりましたし。ん、んん。私もクリスさんのパーティーに入れていただきたいです。ぜひとも、よろしくお願いします」
「しょうがないなぁ、今回だけは特別にアタシが許可してやるよ」
「……なぜ、あなたに許可をもらわなければなりませんの?」
「あ、あのっ。おふたりとも、喧嘩はやめてください。仲よくしましょう、ね?」
「つーわけだ、アデライドくん。こうして君を除いた三人は同心したぞ。そろそろ殻を破って新たな冒険の旅に飛び出してゆくのはいかがかな」
トントンとアタミが扉を叩く。クリスティーンたち三人は扉に耳をぴったりつけて中の様子をジッと探っていた。
「どうした。なんか聞こえたかクリスティーンよ」
「あの、アデライドさんがアタミさんだけと話をしたいとおっしゃってます」
「わかった。悪いがみなは下のラウンジでお茶でもしばいててくれ。女子はそういうの得意だろ」
別に得意というわけじゃありませんが、とぼやきつつクリスティーンたちは階下に消えていった。
「さあ、アデライド。ここにはもう俺しかいないぞ。開けてくれ」
きい、と軋んだ音が鳴って扉が開いた。
アタミからすれば宿屋の扉をこじ開けるなど造作もないが、無理にこじ開けてもアデライドが心を開かなければ真にぽんこつカルテットが完成したとはいいがたい。
(ふ、敢えて彼女が心の整理をするために三日という猶予を与えた自分の知将具合が恐ろしい)
つるりとアタミは自分の顔を撫であげるとズカズカと女性の部屋に踏み込んでゆく。そこに配慮とか気遣いは一切なかった。
ベッドには毛布をかぶったままやつれた顔のアデライドがいた。
「む、元気そうでなによりだな」
どう見ても幽鬼そのものである。アデライドはアタミから視線を一瞬も放さず瞬きしないままその場に凍りついていた。
「……ずっと考えていた」
「ん?」
「いくら考えても堂々巡りだ。けれど現実を受け入れるしかないのであれば、もはや道はひとつしかない」
(この女はなにをいっているのだろうか)
アタミは脳裏に無数のクエスチョンマークを浮かべながらアデライドの話に耳を傾ける。
「私は幼少のころから剣術の天才であるともてはやされ、事実負け知らずだった。壁らしい壁に当たったこともなく、たいがいはその場の機転と度胸ですべては打破できた」
「そうか」
「清風騎士団を辞めたのも自分より強い人間がいなくなってつまらなくなったからだ。実際、キドプール近郊では天下無双と謳われた剣豪も私には傷ひとつ負わせることができず無様な姿を晒していった。だから、ストラトポンの冒険者ギルドに入ってもすぐ上級に行けると思っていたんだ……! だが、現実は野外行動のスキルがなければ冒険功績を上げるのに不利だとわかってな。そう思ったころにはソロが性に合って、まあ、アタミ殿の呼び出しに答えたのはただの暇潰しだった。だから、三日前までは、男に。それも冒険者ですらないギルドの職員に剣で負けるとは微塵も思わなかった」
「ふわ……?」
鼻提灯がぱちんと割れてアタミは覚醒した。
アデライドの話が長すぎたのでスリープモードに移行していたのだ。
「常々、私は交際を申し込まれるたびに、自分より強い男以外は相手にせぬと公言して憚らなかったが。このようなことが年貢の納めどきになってしまうとはな。ま、十九ならば特に遅いというわけでもないし。それにアタミ殿は、その実をいうと結構好みのタイプでもある」
(なに話してんだろう。早く意地張って悪かったごべえええん! とかいえよ。そしたらぽんこつカルテット完成なのにな)
「というわけでアタミ殿。不束者だがこれからは末永く頼む」
「ああ? とりあえずよくわからんが、クリスティーンたちとは仲よくやれよ」
「ん? うむ、アタミ殿がいうのであれば従おう。夫に従うのは妻の役目だからな」
――なにいってっだコイツ。
と、思いながらもアタミはアデライドに身支度をさせると階下に連れてゆき、当初の予定通り「余り物」で初心者パーティーを作ることに成功したとひとりほくそ笑んだ。




