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36「こういうのが好きなんだろ?」

「ちょっと、今のは聞き捨てならないですね」


「ねえ、時代錯誤のぽんこつ騎士。なにアタミを馬鹿にしてくれちゃってるのよ」


「アデライドさん。アタミさんに対する侮辱、取り消してください」


 アタミが詰られた途端にモルガーヌ、ユゲット、クリスティーンが示し合わせたかのようにその場を立ち去るアデライドの行く手を阻んだ。


「ふん、今しがた揉めていたと思えば。そうか、結局おまえたちもそのアタミの情夫なのか。そうでなければ一介の職員風情がこれほど女を同時に侍らせられるワケがない」


「なにをーっ」


 ユゲットが腰から短剣を引き抜いて飛びかかろうとしたとき、アタミが制止した。


「別に含むところはなにもねぇよ。ただ、俺が見るにおまえらは全員ギルドから爪弾きにされたぽんこつどもだ。そいつらだって力を合わせりゃ、威張り腐ってるほかの冒険者をひと泡吹かせられるってことを教えてやりたかっただけだ」


「だたの職員に教えられること? 伝票の切り方か? それとも始末書の綴り方か? 間に合っているとしかいえんな」


 アデライドは整った高貴そうな容貌からはとても想像しえない人を蔑んだ言葉を意図的に吐いている。


 アタミを擁護する三人娘は「くぁwせdrftgyふじこlp!」と叫び出す。


「どうやら、言葉じゃ納得できないタイプみたいだな。どうすりゃ話を聞いてくれる?」


「決まっている。私を従わせたければコレで来い」


 そういうとアデライドはすらりと長剣を腰から引き抜き構えた。


「アタミ! アイツ、最初に組んだパーティーでいざこざ起こしてA級冒険者を四人も病院送りにしたっていうよ! アタシも手伝う!」


「ユゲット、とりあえず下がってろ」

「でも!」

「いいから」


「どうしたアタミ。私にハッタリは通用しないぞ。冒険者のスキルはなくともこの最強の剣さえあれば、モンスター討伐にこと欠かん」


「わーったよ。そんじゃあ時間も有限だからとっとと済まそう」


 両足のスタンスをやや広くするとアタミは胸ポケットから万年筆を取り出し、左手でアデライドに向かって招くように「コイコイ」をした。


「なんのつもりだ? 剣を構えろ。ないのであれば私の予備を貸してやる」


「これで充分だ」


「ふざけるな。それで負けたらおふざけで済ますつもりか?」


「ふざけてないよ。これで負けたらなんでもいうこと聞くよ」


 アタミが至って普通の口調でいつものように答えたとき、アデライドの顔に獰猛なものが張りついた。


「――安心しろ。命までは取らないが、当分ペンの持てない身体にしてやる」


「はいはい」


「これで私が負けたらおまえの肉奴隷にでもなんでもなってやるぞ!」


「いや、普通にこいつらとパーティー組んで欲しいんだが……」


「ゆくぞ!」


 両眼を見開いたアデライドがまっしぐらに突っ込んで来た。重い白銀の甲冑を身に着けているというのに、規格外のスピードである。


 彼女が蹴った土は後方に舞っ煙が立った。


 一方、アタミは万年筆を持った手をダラッと下に伸ばしたままボーっとしている。


 みなが起こるであろう惨劇に眼を瞑ろうとしたとき――。


 カンッ


 と甲高い金属音が晴れ晴れとした青空に響き渡った。


「は――?」


 アデライドのよく磨かれたロングソードは天高く舞うと、くるくると回転しながら中庭の植え込みに落下した。


「え?」


 状況が理解できないのかアデライドはアタミに切りつけた格好のまましばらく硬直していた。


「あ、あはははっ。いや、すべった。手がすべって剣がすっぽ抜けてしまったのだ。悪いな。今日は天気がよく思うよりも汗をかいてしまったようだ」


「別にノーカンでいいよ」


 アタミはざくざくと植え込みに入るとアデライドのロングソードを拾って返してあげた。


「ふ、ツキに救われたなアタミ。だが、次はないぞ」

「時間ないからとっととな」


 耳の穴を小指でほじくりながら答えるアタミに激高したアデライドが怒涛の勢いで襲いかかる――。


「アタミさんっ」


 驚きの余りクリスティーンが叫ぶのも無理はない。もはやアデライドの斬撃にはためらいがなく、一撃一撃がアタミを本気で殺傷するために的確な角度で打ち込まれてゆく。


 だが、アタミは手にした万年筆を自在に操りながらアデライドの打ち込みをこともなげに捌いてゆく。


 カッカッと固い金属音が鳴ってロングソードと万年筆から火花がほとばしる。


 普通ならば、アタミが用いている量産品であるギルド御用達の万年筆などアデライドの長剣の打ち込み一発で破壊されるはずであった。


 だが、アタミはペン先でアデライドの斬撃のエネルギーを上手に逃がし、卓越した技術で打ち返していたのだった。


 これはアタミがパワーだけではなく、どんな武器を使用しても超人レベルの域で使いこなしているという技術があることの証明であった。


「ば――馬鹿なっ。どんなにっ、打ち込んでも、まるで……手ごたえがないっ」


 時間が経過してゆくうちにアデライドの顔面は蒼白になり、全身汗みずくとなった。


 もはや両者の打ち合いは百合を超えていた。


 ――といってもアデライドが一方的に打ち込み、勝手に疲れているだけである。


 ロングソードは破壊力があるだけあって重量はかなりのものだ。


 それに加えて打ち据えるたびにアデライドは肺の酸素を一度に使ってしまう。


 よって、そのたびに全力で息を吸い酸素を取り込む必要があり、負担は大きかった。


「もういいか?」

「ま、まだだ……!」


 すでにアデライドは身体をくの字に折り曲げ、ゼェゼェと肩を大きく上下させているが、勝負だけは捨てていなかった。


「うむ、その負けん気は善し」


「わ、私は……清風騎士団のナンバーワンだったんだ……っ! こんなところで、ただの男に負けるわけには――ッ」


「アデライド。もっと強くなりたかったら驕りは捨てるんだな。上には上がいるってことを覚えとけ」


 アタミが万年筆をはじめて上段に構えた途端、中庭の木々が暴風にあったかのように激しくざわめき出した。


 大気を揺るがすような爆音と共に異常なスピードで万年筆が振り下ろされる――!


 万年筆は空気を歪ませながら異様な唸りを上げてアデライドに襲いかかった。


 ドラゴンでも容易に撃破できそうな闘気をまとっている。


 ペン先は異常な速度で空気を真っ二つに割った。


「おっと」


 アタミがアデライドの頭上すれすれでペン先を止めた。


 同時にアタミの全身から放出された膨大な量のオーラがアデライドの武装をすべて粉々に破壊し、吹き飛ばした。


 下着姿になったアデライドは長剣を取り落とすと、その場にぺたんと座り込みじょわっと激しく失禁した。


「え、マジ漏らし?」


 ユゲットはぴょんと後方にジャンプした。


「……気絶してますね」


 アデライドの顔の前で手を振ったモルガーヌが冷や汗を額に浮かべている。


「や、やばっ。お灸が強すぎたか?」


 アタミはペン先が裂けた万年筆を放り出すと情けなくオロオロした。


 クリスティーンの悲鳴が木霊すと同時にアタミはアデライドを抱えダッシュでその場を逃げ出した。



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