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34「再生の秘策」

「どうしたのですかアタミさん。朝からずいぶんと考え込んでいて」


「いや、天井の穴がな……忘れてくれ」

「えー、気になります」


「オラオラ、アンタたち朝からイチャコラしてんじゃないわよ。仕事仕事!」


 アタミが事務所の受付でフランセットと話していると、書類の束を抱えて人ごみをラッセルして来たアンジェルにぶちかましを食らった。


「とりあえず、今は受付を捌こうか」


「はい、あ、でもアタミさん。わかんないことがあっても適当に処理しないでくださいね。忙しくしててもわたしかほかの職員の方に聞いてください。ね」


「了解でございます」


 月はじめの朝イチということで受付には依頼を求めて冒険者たちがごった返していた。


 決死の表情で受付に依頼書を叩きつけるのは、ピラミッドの一番下を支えるE級D級が圧倒的に多い。


 数だけはいる彼らは二千名をときとして超えるので、受付の課員五、六名で捌くのは自ずと限界がある。


 となれば総務課の手隙の者も総動員してとにかく片っ端からやっつけていると、時間がいつの間にやら昼になっていることなど別に珍しくもなかった。


「なんとか、波が終わりましたね」

「だな」


 毎度のこととはいえ、フランセットをはじめとする受付の華である事務員たちの顔にも色濃く疲労が出ていた。


 彼女たちは冒険者ギルドの顔なので、空いた時間を魔術的なチームプレーですかさず交代して化粧直しをしているのであ。


 それでも常に見慣れているアタミからしてぐったりさ加減が一目でわかった。


「もう、ほとんど客もいない。フランセットもちょっとひと息入れて来いよ」


「わたしは平気ですけど、アタミさん、お先に小休止どうですか?」


「いんや。今、煩いのが丁度入ったばっかだから俺が行ったら絡まれるのは必定」


「あは、それじゃ悪いですけどお先に休憩入りますね」

「いってらっさい」


 午前の十一時ごろである。


 朝イチで貼られた掲示板の依頼も割りがよいものは軒並み取られ、残っているのはロクな稼ぎにならないカスばかりだ。


 こうなると受付には小さな凪が生まれるので、ほぼ素人のアタミでもこの時間はひとりを任されることが多くなっていた。


「そんじゃアタミちゃん。お先にお茶して来るわね。なんかあったらすぐにお姉さん呼ぶんだぞ」


「おう、ミシェル。あとは任せろ。それとたぶん俺のほうが年上だぞ。おまえまだ二十そこそこだろ」


「あら、そんなうれしがらせることいっちゃって! 今夜時間ある? って、こんなこと聞かれたらマジでフランセットにぶっ殺されちゃうか」


「なんだそれは……」

「じゃねー。むちゅっ」


 目元にほくろがあるミシェルは投げキッスをしてスキップしながら休憩室に向かっていった。


 こういってはなんだが、彼女のセクシーさはどこか水商売的なものを感じさせる。


 そして案の定、ミシェルはオッサン冒険者に関しては特に根強い人気を誇っていた。


「俺もそうだが、ココはアホが多いな」


 ――アホがアホを呼び集めるのか。


 カウンターに背をもたれさせてアタミが深淵なギルドの闇に思いを馳せようとすると、掲示板の前で僧衣を着た少女がまごまごしているのがわかった。


 僧侶のクリスティーンである。彼女は冒険者になったばかりであるが、はじめの依頼で躓いて以来、なんとなくパッとしていなかった。


「おい、クリス。また仕事にあぶれたのか」

「あ、アタミさん。おはようございます」


 アタミの姿を見つけてクリスティーンはニッコリと微笑んだ。彼女が遅れるのは世話になっている修道院の朝の奉仕作業をバッチリ手伝ってくるので、どうしても朝イチのダッシュに出遅れてしまい、ショボい依頼しか受けることができないことにあった。


「また奉仕作業か」


「はい。今日もご近所のみなさまに神の貴い教えを伝えることができました」


「あのな。何度かいっているが、そんなんじゃこの先やってけないぞ。たぶん」


「はい、実はシスターにもここはいいからといわれているのですが、ついつい」


「理由はそれだけじゃないだろ」

「え……」

「ハブられてるだろ、おまえ」


 図星を指されたせいかクリスティーンの顔が蒼ざめた。


 事実、件のゴブリン退治の一件は瞬く間にギルド中に知れ渡り、初っ端の冒険で失敗したクリスティーンはゲンが悪いという理由で誰ともパーティーが組めなくなってしまった。


 冒険者ギルドの中で治癒魔術を使える者は希少である。そもそもが魔術特性のある人間自体が全体から見れば少ないのだ。


 初心者たちが集まってパーティーを組むと、最初に彼らを悩ませるのは軍資金の少なさである。


 これはどんなに才能がある人間であっても、資金が潤沢に稼げる腕になるまでは誰しも苦労する。


(そう、ギルドで販売している回復ポーションだって気安くポンポン使える値段じゃない。そして身体が資本の冒険者にとってちょっとした怪我だって運命を左右するものになりかねないのだ)


 つまり僧侶である修道院で修練を積み教養があって治癒魔術も使えるクリスティーンはどこのパーティーからも引っ張りだこのはずが、疫病神を呼び込みたくないという迷信が冒険者たちから彼女を遠ざけた結果となった。


 あの冒険でトラヴィスもソニアもとうとう戻ることはなかった。


 ギルドではよくあることで特に問題になることもない。


 勘所のよかった魔術師のニーナは精神的ショックが大きく生まれ故郷の村に戻った。


 クリスティーンは悲痛な面持ちでジッとアタミを見つめていた。


 彼女は忠実な犬のように主に対してこの先どうせればいいのか、と指示を仰ぐようにずっとその場で立ちすくんだまま、それでもアタミの次の言葉を待っている。


「……仕方ない。ちょっと俺にも考えていることがある。有望な冒険者のタマゴをタマゴのまま腐らせてしまってはプロの事務職員とはいえないからな」


「え、それは――」


「三日後、もう一度受付に来い。この俺がおまえを再生させてやる」


「は、はいっ」


 陰のあった表情がパッと明るくなった。同時にアタミはクリスティーン向きであろう子守りや洗濯の依頼を見つけると、それを彼女に与えてその日はお茶を濁した。



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