31「事務職員の優雅な交渉」
(――と、まあ、かようにフランセットと仲よく昼食を楽しんだのち、彼女が俺がまだストラトポンの街に詳しくないってんで案内してくれるというからブラブラしてたんだが)
アタミは中央通りでいきなり三人の冒険者に絡まれた。
理由は肩がぶつかったのぶつかってないのと、理由は至極どうでもいいことだ。
だが、無頼漢たちの目的はアタミをぶっちめることではない。
連れであるフランセットにあることは明白だった。
(そこからはじまって、コイツラはフランセットの制服からギルドの受付嬢であることに気づき、どうのこうの難癖を――で、今に至る)
「わかった。フランセット、とりあえずコイツラとは俺が話するから、待ってて」
「ちょっと待ってください。あななたち、騎士団に通報しますよ」
「カッ。姉ちゃん。アンタらのツラは覚えたんだぜ。騎士団に通報するのはお好きにすればいいさ。ただ、その場合、あとが怖いぜ」
「そんな……!」
「そうそう。明るい夜道ばかりじゃないってことよ。わかれよー」
「ぷくく。なぁに、この兄ちゃんだってちょいとおれたちがお話すれば、わかってくれるはずさ。姉ちゃんとの同伴はおれたちのほうがずっとお似合いだってな」
「アタミさん!」
三人の無頼漢に連れられアタミは路地裏に移動していた。
このあたりは飲食店が多いので、自然それらから出る生ごみを漁るためにネズミがそこらじゅうを我が物顔で走っている。
「なーんでおまえらってこういうところが好きなのかね」
「ンなことはどうでもいいんだ色男」
「おれらにぶっちめられる前に財布を置いてとっとと消えろ」
「そうそう。ションベンのひとつでも漏らして彼女の前で泣いて見せろや」
「あのな。一応聞くがおまえらここいらのモンじゃねぇな」
「たりめーよ。おれらは大陸渡りの冒険者よ」
「このストラトポンには大きいギルドがあるって聞いてはいたが、あの女は相当マブじゃねえか」
「どうするつもりなんだ」
「けけっ。長い船旅でランディの港について、ここに直行よ」
「長いこと女を抱いてねぇ。おまえの連れには少々酷なことになるがな」
「楽しませてもらうぜ。おれたちの共同便所としてな」
ズイとアタミが前に一歩踏み出すと焦れた男のひとりが怒声を張り上げた。
「とっとと消えろっていってんだよ! わからねぇやつだな!」
獰猛な笑みが男の顔に浮かんでいた。
野獣において笑いは威嚇に類されるといわれる。
だが、アタミに対し脅しが聞かないと知るや男たちの顔から表情が消えた。
「あのな。俺は休日を楽しんでるとこなんだ。わかる?」
「おきやがれっ」
「ぶっ殺すっ」
ふたりの男が殴り掛かって来た。
だが、アタミが蚊を打ち払うように手のひらを振るとふたりの男はあっさり横合いの壁に叩きつけられ、タイヤがパンクするような「ぱんっ」という音とともに弾けた。
異常なまでの物量エネルギーを受けて五体がバラバラに吹っ飛んだのだ。
アタミも路地裏の喧嘩には慣れたものでシャワーのように打ちつけて来る臓物と血をよけるため、すでに後方に飛び退っていた。
目の前で起きた事象に脳の理解が追いついていないのか、男は呆けたような顔でアタミと血塗れになった壁を交互に見た。
「え、あ、え、らあっ!」
破れかぶれで混乱状態のまま残ったひとりが後ろ回し蹴りを放ってきた。
――が、アタミは無造作に男の足首を掴むとそのまま天に放り投げた。
「おお、結構飛距離行ったな」
手のひらをかざして男が飛んでいった空を見上げる。
しばらくして、どこか離れた建物に落ちたのか遠くで大きな音が鳴った。
「まったく。休日くらい殺生はしたくなかったんだが」
アタミが首を振りながら路地裏から出て来ると、おろおろしていたフランセットが目に入った。
まもなくフランセットもアタミの無事な姿を見つけ、飛びつくように駆け寄って来た。
「アタミさん、あの方たちは? お怪我はないですかっ」
「いや、理性的に言語をやり取りした結果、無事お引き取り願えたよ」
(無論、この世の果てだが)
「はあっ、よかったですー。でも、あんなに乱暴そうな人たちをこんな短時間で説得してしまうなんて――」
「ぎくぎくっ」
「実はアタミさん、前職は凄腕のネゴシエーターだったとか?」
(こいつマジもんの天然なのか? それとも俺の正体を実は知っているとか)
アタミが元勇者であることは秘中の秘である――わけもなく。実は面接のときにギルドの幹部にも前職は勇者であったなどと喋っているが誰も信じる者はいなかった。
「そうなんですか?」
「うむ、そんなもんだな。過去のことはどうでもいいじゃないか。さ、そろそろ行くか。街を案内してくれるんだろ。時間がなくなっちゃうぜ」
このあとアタミはフランセットに連れられて、街のあちこちをさ迷った。武器屋、防具屋、道具屋、冒険者の集まる酒場などだ。
アタミ自身は冒険者ではないので、これらの店で直接物品を売買したりはしないが、ギルドの職員として働く以上場所を知っていたほうが都合がよかった。
「それじゃまた明日ギルドでお会いしましょう。寝坊しちゃダメですよ」
日が暮れる直前くらいにアタミはフランセットと市内で別れた。彼女は今夜学生時代の友だちと飲み会があるらしい。
「おう、飲み過ぎんなよー」
からかい混じりに声をかけるとフランセットは遠くでかわいらしくあかんべえをして去っていった。




