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03「なにかが違う」

 魔獣ボーグマンが倒れて戦いはすぐさま逆転した。

 最強の魔獣が一撃で勇者に屠られたのである。


 これには魔王の仇討ちを思って終結した魔族たちの闘志をかき消すのに充分だった。


 アタミが手を下すこともなく、臆病風に吹かれた魔王残党軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 さらに魔王軍の残存兵は、王国軍と白薔薇騎士団のなりふり構わぬ猛追撃を食らって文字通り雲散霧消した。


 残るは草原に散らばる人間と魔族との折り重なった無数の亡骸だけである。


 勝どきを上げる同胞の姿を見ることなくアタミはひとり戦場から去っていた。


 アタミは勇者である。

 ただ、それは望んでなったわけではない。


 乞われるままに王国に頼まれ魔族を殲滅するために出撃し続けた結果、そのように呼ばれることとなったのだ。


 正確には、アタミの記憶は三年前からのものしかなかった。


 アタミは俗にいう記憶喪失だった。


 身に布切れひとつ纏わず王城近くの草原で倒れているところをアイスと名乗る少女に拾われたところからすべてがはじまった。


(確かに俺は人々のために戦うことに自分の存在理由を見出していた)


 係累がないこのモジャコ連合王国でアタミが生きていくためには、魔族の侵攻でアリのようにいともたやすく踏み潰されて死んでゆく人間のために戦うことが唯一の心の拠り所だったのだ。


 いつしか彼の戦いぶりから人々はアタミを勇者と呼ぶようになった。


 そして国も追従するようにその称号をアタミに与えた。


 だが、魔王を倒したあと、ロクな休みも貰えずひたすら身を粉にして道具のように戦い続ける人生にアタミは疑問を持ちはじめていた。


 ――違う。なにかが違う。俺は勇者になることを望んでいたが、なにかが違うんだ。


 アタミは特に修業を積んだわけではなかった。


 はじめは、森に現れるゴブリンと戦うだけで半死半生になる有様であったが、成長速度が他者に比べると異常なほど早かった。


 倍々ゲームのように攻撃力と耐久力が増えてゆき、戦場に出て三年後にはアタミと伍して戦える魔族はほぼ存在しなくなった。


 どんな物理攻撃も魔術攻撃もアタミを傷つけることはできなくなったのだ。


 それからの戦歴は凄まじかった。


 王国が百年かけて倒せなかった魔王四天王の一角を落とすと、アタミは面倒だとばかりに、ひとりで魔王城に乗り込み向かい来るすべての魔族を殲滅した。


 まさに最強無敵の勇者である。


 魔王が死ねば、残りは各地に散らばってゲリラ戦に転じたわずかな幹部だけだ。


 アタミはモグラ叩きをやるようにあっちこっちと引っ掻き回され無駄骨を折ることが多くなった。


 人々は次第に魔族の恐怖を忘れかけアタミの扱いが雑になってゆく。


 だが、アタミは日ごろの言動と相反するように人を助けることに関してはどこまでも真摯であった。


(別に待遇がどうこうじゃねーんだよな。けどな、ずっと思ってたんだが。ここで俺ができることはもうないんじゃね?)


 もったいぶった魔王もアタミの一撃で分子レベルにまで崩壊して消え去った。


 ポコポコ顔を出す元魔族の幹部たちも軒並み消えていった。


 だが、非常呼集は鳴りやまない。


 人類を超越したアタミは疲れを知ることがない強靭な肉体を持っていたが、精神は別だった。


 出撃に有利だと城から出され塔の一部に幽閉同然の形で兵器扱いになったアタミは次第に自分の精神が荒廃してゆくのがわかった。


(休みがねぇ。なんでこんなに忙しいんだ?)


 なにかしら理由をつけてアタミを外の人間に触れさせたがらない王国の人間たち。


 魔王が生きているときは頻繁に陣中見舞いに来た連合王国のダイア王女も、ここ数か月、アタミは影すら目にしていなかった。


「なんだか、モヤるな」


 自分の人生に疑問を抱きつつも束の間の休息を自分のベッドで取っていると、控えめなノックによって扉が鳴った。


「開いてるぞ。てか、先週から壊れたままだ」


 きい、と軋んだ音を立ててひとりの少女が姿を現した。


 瑠璃紺の帽子と深いVネックのワンピースを着た少女はアタミを睨みつけながらジッと扉の隙間から無言で立っていた。


「アイス。用があるならさっさといってくれ。俺は崇高な本に対して感じ入っている」


 少女は白薔薇騎士団の魔女アイスであった。


 ミモレットと同じく優れた魔術師であり騎士団の主力であった。


 年齢は十六歳。


 そして記憶喪失であったアタミを拾った命の恩人である。


「なにが崇高な本よ。またくだらない戯作本を読み漁って」


「く、くだらないとはなんだっ。ペニダウン先生の最新作だぞっ」


 アタミはベッドから身を起こすと目を充血して怒鳴った。


 だがアイスはどこ吹く風で冷めきった視線をアタミが持つ本の表紙に注ぐ。


 そこにはまだ幼い少女をモチーフにしたちょっと世間様には吹聴して回れないイラストがデカデカと載っていた。


「キモイ絵。そんなものオカズにしてるの?」


「しとらんわっ。前からいってるよーになっ、この作品は文学なんだ思想なんだ芸術なんだ!」


「アンタのオカズ本なんてどうでもいーのよ。それよりお城じゃ論功行賞がはじまっているわ。あれだけあたしが顔出しなさいっていったのに無視するなんていい度胸じゃない」


「おい、乙女がそんな卑猥な言葉を人前で発するもんじゃねーぞ」


 アイスは部屋のゴミ箱を眉間にシワを寄せて覗いていた。


「それはさっき鼻かんだチリ紙だからな。勘違いするなよ?」


「このティッシュ小僧」

「聞けよ人の話」

「いいからとっととベッドから降りるっ」


「行かねーよ、俺は。行っても白い目で見られるし、だいたいあんなとこは俺の席ねーから! ってことになってるじゃん」


「なんでよ。お城の糞野郎どもはアンタが来ないことをいいことに、いっつも無視して、それどころか手柄を枢機卿のお坊ちゃまやら勘違い騎士団坊ちゃまに横取りさせてるじゃない。悔しくないの?」


「褒美ならミモレットが代わりに貰ってくるだろ」

「でも、それは本当なら全部アタミのものじゃないっ」


 アイスは整った顔を引き攣らせると呼吸を荒げて手にした杖を壁に打ちつけた。


(壁が。それに天井も……)


 落ちて来る壁のホコリに顔を顰めながらアタミはベッドから足を投げ出すとアイスに向き直った。


「いいか、アイス。ミモレットは王さまから貰った褒美を自分のポッケに入れてるわけじゃない。みーんな、魔族にやられた貧しい人々のために分け与えてる。ミモレットは古い家柄の貴族だけど内証は相当に苦しいから、人々を助けるためにはこうするしかねーんだよ。別にミモレットだって腹ン中じゃ城の連中に反吐を吐きかけたいくらいのはずだ。俺はさ、あいつに面白くもねェ仕事を押しつけてホントは心苦しいくらいなんだ」


「けど、それじゃ……」


「アイスは俺のこと心配してくれたんだな。ありがとな」


 アタミはアイスの頭をよしよしと撫でた。


(三年前会ったばっかのときはかわいかったのにな)


「は――はぁ? ば、ばばば、ばっかじゃないの? あたしはアタミのことなんかこれっぽっちも心配してないんだから勘違いしないでよね!」


(それが今じゃこれだ)


 身体が成長すると心も成長するのか、アタミはアイスが以前のように甘えてくることがなくなりキツく接するようになったことが少し悲しかった。


「わかった? わかったらすぐ返事!」


「お、おう。わかったから指を突き出さないでくれ。目が抉れる」


「あたしはなんでもフェアじゃないと気に食わないのよ。それに最近の城のやつらのやり方もそうよっ。白薔薇騎士団もアタミも便利な道具扱いじゃない。ここは一発バチッといってやらなきゃ!」


「わ、わーかったから落ち着けって。お、おい。襟を引っ張るなよ」


 かくして自室で束の間の休息を楽しんでいたアタミは無理やりアイスの手によって塔から引っ張り出され城内に向かうこととなった。



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