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29「事務職員の優雅な休日」

 なぜ、こんなことになったのか――。

 アタミは胸の内で呟きながら言葉を歯で噛み殺していた。


 場所はストラトポン市内中央通り。


「アタミさん」


 右手には隠れるようにして同僚のフランセットが怯えて縮こまっていた。


 まだ、真昼である。


 頭上には真っ白な日が燦々と輝いており、通りを行きかう人々が興味深げに足を止めアタミたちに見入っていた。


「オイ、兄ちゃん。おれらはなにも喧嘩を売ってるつもりはねぇんだ。ただよ、そこの姉ちゃんがギルド関係の人間ならちっとばっかり話を聞きたくてそれで呼び止めたんだ」


「おう、そうだ。それだけの話なのに人を悪者扱いするとはどうゆう了見なんだ」


「アンタは人を見かけで判断するっていうのかよ」


 三人の男は誰もが巨漢であり、使い込んだ革製の防具を着込んでいる。


 その顔のどれもが選びに選び抜いた極めつけの悪相であった。


「いや、俺もギルドの職員なんだから話を聞くのは俺にしとけってこと」


 男たちは一瞬無言で顔を見合わせると、再び弾かれたように喚き出した。


(なんでこんなことになってんだよ。ツキが俺にはあったんじゃなかったの?)


 ことの発端は一昨日のことである。


「有給制度――ってなんだ?」


 場所は冒険者ギルドの受付である。アタミがゴブリンの巣から初心者パーティーの生き残りをなんとか救ってから数日が経っていた。


 事務処理を行うフランセットが今までアタミが見たことのない記入用紙を携え、その意味を説明し出してすぐのことだった。


「え、あの、ええとアタミさん。有給ってのは、アタミさんが休みたい日を指定していただければ休みをいただけるっていう制度のことですよ。まさか、ご存じないのですか?」


「それってズル休みじゃなくて?」


「あはは、ズル休みじゃないですよ。うーん、ギルドの仕事がよっぽど立て込んでいない限りお休みをいただいた上、なんとお給料も発生しちゃうんですよ。労働者の権利ってやつですかね」


「マジでか……」


「まじまじです」


 アタミは軽く驚愕していた。なぜならブラック勇者であった時代においては休みとは眠ることであり、常住坐臥すべては魔を滅することに奉仕させられていたのだ。


 それが、冒険者ギルドにおいては完全週休二日制に加えて年間四十日も自由かつ私的な理由で仕事を休むことができる。


 なおかつ給与も発生するとはアタミにとってコペルニクス的転回であった。


「そんな。なんら他人に咎められることなくダラダラ休むことができて、おまけに金まで寝ているうちに入って来るなんて。これを考えたやつは悪魔的に頭がいいな……」


「いや、そのように表現されちゃいますと、わたしも休みにくくなっちゃいますよ」


 と、このようにアタミとフランセットが有給制度について論じていると、目を血走らせながら書類の束を抱えていたアンジェルが横合いから口を挟んだ。


「いっとくけどアタミ。アンタが休んでいる間にあたしたちが血反吐を吐き涙を流しながら労働していることだけは忘れんじゃないわよ」


「絶対そんな事実どこにもないだろ」

「あはは……」


 そんなこんなもあってアタミはその場で有給を申請し、上長であるアンジェルに受理され、急遽平日に休みを取ることができた。


「ああ、今日一日は地獄の鬼も逃げ出す労働から解放される。なんて、素晴らしい時間だ。今、俺は無限の可能性の中に生きている」


 寝床でゴロゴロしながらアタミは戯作小説を読み耽り、菓子を食い散らかして我が世の春を謳歌した。


 ちなみにS級ストーカーであるヴェロニカには休日に顔を出したら絶縁すると予め宣告しておいたので、堂々と姿を見せることはなかった。


(けど、屋根裏でガサゴソなんか動く音がするんだよな。クソ、絶対に上にいるぞ)


 寮の自室の真上でゴリゴリと錐が天井板を抉る音が響き、ポコッと穴が出現した。


 目が合うとヴェロニカが開き直って下りて来かねないのでアタミは無言の行を貫いた。


(無視。絶対に無視。徹底的に無視……)


 アタミは自己暗示をかけながら半日ほど戯作小説に没頭したが、途中である妄想に取りつかれた。


 それは天井にいる存在がヴェロニカではなかったという可能性についてである。


「おえっ、なんか気持ち悪くなってきた。ちょっと出かけよ」


 読みかけの戯作小説を枕元において寮の外に出た。


 特に目的もないのでプラプラしようと思っていると――。


「あら、アタミさんじゃないですか」


 いきなり顔見知りで同僚のフランセットと鉢合わせた。


(相も変わらずフェミニンなお姿。着ているものは同じなのにこの差はなんだ)


「あの、アタミさん? どうかしましたか」


「いや、どうもしない。ちょっと買い物に行くだけだ。フランセットは……サボりか?」


 あはは、とフランセットは自分の制服を軽く摘んで笑った。


「やだ、サボりじゃありませんよ。午前は出て午後は半休で休みです」


 なので、制服のままだとフランセットは事情を説明したが、アタミはほかの言葉に意識を奪われていた。


「はん……ねん……きゅう?」


「あら、説明しませんでしたか? 半分だけお休みすることですよ。ほら、わたしたち平日は全部お仕事で休みは基本土日だけじゃないですか。ちょっとお役所に提出する書類があったから午後だけ休ませてもらったんですけど……あの、お暇ならいっしょに行きますか? と、いっても面白い場所じゃないんですけど」



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