24「独断専行」
「くああ」
「アタミさま。眠いのであれば横になられては?」
「アホか。いくらなんでも堂々とサボれるか」
「不肖、私でよければ膝枕などを」
「あのな……」
苦笑しながら視線を向けるとヴェロニカは「男の心を掴む一〇〇の方法」という付箋だらけの本を手にしていた。
「おまえ、なに考えて生きてるの?」
「私はどうしても強くなりたい。そのためにはアタミさまの下で真の強さを学ぶ必要があるのです」
「ヴェロニカは強さよりも社会常識を学ぶ必要がある」
したり顔でいうアタミ自身も持ち合わせていないものだった。
「気にせず休んでください。練習はしてきましたので。今なら心地よい眠りを提供できる自信があります」
「あんま無茶いうと怒るぞ」
「……今すぐ寝ないと乱暴されたと喚きます」
「あのなー」
「研修中止になりますよ? しかもS級冒険者に手を出したとあっては」
「おまえ、俺のことを尊敬するとかいってたじゃないか。卑怯だぞ」
「ことを成すに手段を選んではいられません。それにアタミさまは女を甘く見過ぎです」
「なんちゅーことだ」
ヴェロニカは勝ち誇った笑みを浮かべながら正座した自分の膝をポンポンと叩く。
アタミが渋々頭を乗せると顔の上に両手を乗せられた。
「なんのつもりだ」
「外界から遮断しました。ゆるりとお休みを」
まんまと上手く乗せられてしまったが、あとはなるようになれとアタミは身体の力を抜いた。
「なんだよ。あのヴェロニカって人。俺たちについてきた理由はアタミさんとふたりっきりになりたかっただけじゃないか」
遠目にはどう見ても恋人同士にしか見えないアタミたちを作業中のトラヴィスが唇を尖らせて批判した。
「でも、あのヴェロニカって人、男の趣味が悪いわね。あたしならアレを選ばないよ」
ソニアはしゃがんだままロクに確かめもせず適当に雑草を引き抜いている。どうやら速攻で薬草採取の作業に飽きたらしい。
ニーナは早々に作業を中断して草むらに座ったまま集めた花で冠を編んでいる。
唯一、真面目に作業していたのは修道院上がりのクリスティーンだけだった。
「なあ、こんな薬草摘みより俺にいい提案があるんだが。聞くか?」
トラヴィスはそっとしゃがみ込むと離れた場所の木陰にいるアタミたちにそっと視線をやりながら話し出した。
「さっきな、小休止のときにこのあたりブラブラしてたんだが。なにを見つけたと思う?あの離れた場所に洞窟があったんだ」
「あ、ずるい。あたしにも声かけてよトラヴィス」
「ソニアは黙ってろよ。でな、ちょっと中に入ってみたんだが、あったんだよ」
「なに?」
花冠を作るのをやめてニーナがはじめて興味を示した。
「ゴブリンの表札」
ぴく、とニーナが片眉を動かした。ゴブリンとは小柄で知恵も乏しいがどこの土地でも見ることができる最弱といわれるモンスターだ。
トラヴィスが見つけたゴブリンの表札とは小型動物の頭部の骨を集めて作った巣穴を示すものだ。
農民出身のトラヴィスがたいしてゴブリンを恐れないのは、彼が十二歳のときすでに手製の武器でゴブリンを討った経験が大きかった。
「こんな薬草摘みはやめにしてよ。ここにいるみんなでゴブリン退治と洒落込まないか?
ポーションの元になるチュチュ草を籠一杯に摘んでもはした金にしかならねぇ。下手すりゃ今晩のメシ代にもならないよ。
だったら、ここは一発あの洞窟に討入ってゴブリンの五、六匹も退治してギルドに戻れば俺たちをガキ扱いした職員たちもきっと一目置いてくれるようになるさ」
「トラヴィス。けどわたしたちは正規の依頼を受けていない。この洞窟のゴブリンに依頼が出てなければ骨折り損のくたびれ儲け」
「へっ。ニーナ、そこんトコロは抜かりないさ」
そういうとトラヴィスはズボンのポッケからくしゃくしゃになった紙を取り出し、自慢げに広げて見せた。
「じゃじゃーんっ、てな」
「アンタ、まった手癖の悪い真似して」
「……いつものこと」
「じゃ、ソニアとニーナはゴブリン退治に賛成ってことでいいか?」
「ダメっつってもアンタひとりで行っちゃうジャン」
ソニアは困ったなー、と両手を広げるが表情は明るく意気揚々としていた。
「わたしはもう諦めた」
ニーナは消極的であるがトラヴィスの意見に同意を示す。
「で、クリスティーンはどうだい? 俺としたらできれば君にも参加してほしいんだけど。ホラ、金もないから俺たちポーション持ってないし。治癒魔術が使える君がいれば、すごく心強いよ」
鼻息荒くトラヴィスがクリスティーンを勧誘すると、ソニアはみるみるうちに機嫌が悪くなりそっぽを向く。
「あの、確かに薬草摘みは物足りないと思うのですが。せめて、アタミさんたちにひとこと断ったほうがよいのではないですか?」
「はーん、優等生いけーん。おもしろくなーい。ヤならアンタはここでチマチマ草取りしてれば?」
腕組みをしていたソニアが嫌悪感を隠さずにクリスティーンをこき下ろした。
「こらソニア。彼女になんてこというんだよ。なあ、クリスティーン。君は修道院を出て世間のことあまり知らないから俺たちの行動に違和感があるかも知んないけど、状況で臨機応変に対応しないと冒険者なんてやってらんないぜ? 独断専行大いに結構! 要は結果を示せばいいのさ!」
「はぁ、そういうものですか」
「俺を信じてついてきてくれれば、君のことは必ず守るよ」
「え、あ、その……」
クリスティーンはつい先日メローズ修道院を出るまでは同じ年頃の男性と触れ合った経験はまるでなかった。
よってトラヴィスからグッと積極的に手を握られればなにもいえなくなってしまう。
この光景には同村で幼馴染みでありトラヴィスに好意を抱いており、くっついてくる形で冒険者になったソニアには受け入れ難いものであった。
「行くなら早くしましょう。日が暮れる前に目鼻をつけたほうがいい」
「うし。ニーナのいう通りだ。じゃ、じゃあとりあえずあっちのふたりの監視を上手くかわす方法をだな」
「アタミはともかくあのヴェロニカというS級はわたしたちの会話、聞こえてるはず」
ニーナが目を伏せるとトラヴィスは「う」と声を詰まらせた。
「エルフは物凄く耳がいい。彼女はわたしたちの話、全部把握している。止める気があるなら、とっくにこっちに来てる」
「そんじゃニーナがいう通りあたしたちの会話はマジ筒抜けってやつ?」
「ギルドの要領書には冒険者の行動はすべて自己責任と記してある。わたしたちが最下級であっても、ルール的には誰も行動を止めることはできない」
「ん、んじゃ俺たちは自由に行動しても問題ないと。んじゃ、ここは一発記念すべき初クエストとしてゴブリン退治をはじめようか」
故郷の名工から借金して手に入れたロングソードをすらりと引き抜き、トラヴィスは目を輝かせた。
だが、意気揚々と怪気炎を上げる少年少女たちの中でクリスティーンだけは怯えた子羊のようにアタミとヴェロニカのいる木陰をジッと見つめていた。




