23「薬草採取」
「不満そうね」
「こんなんでやってけるのかよ?」
出がけにアタミはアンジェルから声をかけられた。
「仕方ないでしょ。別にアンタの腕っぷしを頼んでるわけじゃなくて、できる範囲でいいから無茶しないように監視だけしてくれればいいの。別に危なくなっても無理して助けなくていいわよ。これは実際に現場を見てもらうのがアンタの研修の一環なんだから」
「シビアだな」
「登録した時点でこの仕事は命と死は背中合わせよ。なにかあったとしても、それは自己責任。あたしたちの仕事はあくまで依頼の斡旋と冒険者のサポートよ。前面に出て切った張ったをするのは彼らの役割なんだから。いわば適材適所ってやつよ」
「そんなもんか」
「だからフランセットもあのお嬢さまを群れに加えたわけだしね」
アンジェルは自分の腰に手をやってふーっと息を吐き出した。
(なるほど。僧侶のお嬢ちゃんをパーティーに入れたのはせめてもの心遣いというわけか)
「一応は上級冒険者の随行も頼んでいるわ。こっちは初心者くんたちじゃなくて、アタミの護衛のためよ。ちょっと待ってて。今、手隙そうな人に当たってみるから」
「ならば私が随行しよう」
「あ、あなたはっ」
アンジェルがツインテをぴくっとさせながら飛び上がった。
薄い白銀のプレートに長剣を背負ったエルフの戦士――。
「S級のヴェロニカさん? い、いや、これはうちの研修も兼ねてますので、あなたのような上級者の手をわずらわせるわけには……! それに、予算も決められてますので報酬もそれほど出せませんし」
「構わない」
「あ、はい。じゃ、じゃあお願いします」
(ヤベェ、なにこのヴェロニカの愛想のなさは。あの小煩いアンジェルがあっちゅう間にしおしおのぱぁになっちまったぞ)
アタミとふたりで会っているときとはまるで別人のようにヴェロニカは異様に高圧的な雰囲気を醸し出しながら他者を完全にシャットアウトしていた。
「いや、てか薬草摘みにおまえは必要ないだろ。なにノコノコ首突っ込んできてんの?」
一瞬だけヴェロニカの表情がクシャッと崩れる。
同時にアンジェルがアタミの腰に激しくタックルをしてカウンターの下に引きずり込んだ。
「アタミーっ!」
「なんだよっ。こんな人目の多い時間に真昼の情事か?」
「ばっか! アンタはどこまで命知らずなのよ? もう、こないだのこと忘却しちゃったの? あの『暴食』よ? ふざけた口利くとアタシにまで害が及ぶじゃないの」
「んな大袈裟な」
「アンタはわかってない!」
「先に入り口で待っている」
「あ、はい。了解です! ヴェロニカさまー」
「おまえ二重人格なのか? アイツにだけ愛想よすぎだろ」
「いいからとっとと行かんかー!」
案の定、薬草摘みクエストにS級冒険者であるヴェロニカが随行すると知って、初心者パーティーの少年少女たちは喜ぶよりも緊張で固まっていた。
依頼の薬草摘みはストラトポンの城外からやや離れた草原地帯だ。
「あ、あのヴェロニカさんも最初のころは薬草採取とかよくやられたんですか?」
勇気あるトラヴィスが幾度か会話を試みるもヴェロニカは冷徹な表情で一切のコミュニケーションを無視した。
見かねたアタミがトラヴィスたちにやや先行するように伝えると、自然にパーティーはふたつに分かれた。
「あのな。なにいきなり首突っ込んで来るんだよ。だいたい、こんな依頼今のおまえにゃ意味ないだろ」
「いえ。アタミさまが人目につく場所ではできるだけ接触するなというご命令でしたので、私なりに自然な形でおそばに居られるよう考え抜いた結果なのでしたが」
「いやいやいや。絶対におまえ最初っから見てただろ」
「お気づきでしたか」
「視線で頭がはげるかと思ったよ」
「その、私なりになにかアタミさまのお役に立ちたかったというのも本心です。エビルスパイダーの件は結局すべて私の手柄になってしまったみたいですから」
「……ああ? んんん、なんだっけか、それ?」
「そういうところもアタミさまの優れた美点なのです。功を誇らず、あくまで自然体で」
ヴェロニカの真っ白な頬へわずかに朱が差すがアタミは首を捻っていた。
(な、なんかあったっけ?)
ヴェロニカにとってはもう少しで命を失うところであった激戦もアタミにとっては家のクモの巣掃除と変わらないレベルなのである。
つまりは思い出すのも難しいどうでもいいことなのであった。
こののち、ふたりの見解の相違は徐々に加速してゆくこととなる。
午後一時ころにアタミたちは所定の草原に到着した。
街の中心部にあるギルドからゆっくり歩いて一時間という距離だ。
陽光は燦々と草木を照らし、依頼がなければ絶好の行楽日和である。
「そんじゃあ日が暮れるまでみんな頑張ってくれ」
適当に指示を出すとアタミは木陰に座り込んで初心者パーティーが黙々と作業に没頭するのを監視する。




