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22「研修はツライよ」

 アタミはヴェロニカの魔の手からなんとか逃れ、無事職場に出勤していた。


 朝のラッシュを終えて受付で肩を落としているとアンジェルがペンをぐるぐる回しながら寄って来る。


「どーしたのよ、朝っぱらから。珍しく時間前に来たと思ったらずいぶんとダウナーじゃない」


「ほっとけよ」


「あのね。あたしは一応職場の先輩なの。そしてアンタは事務職員として後輩。悩みがあるならなんでも聞いてあげるわよ。ただし解決には至らないけど」


「意味ねえジャンか」


「バカねー。悩みなんてだいたい人に話せば九割方胸がスッとするものなよ。それに人間の悩みなんて他人に話してみれば、なーんだってレベルのことが多いの。ホラホラ、お姉さんに話してミソ」


「おまえ絶対楽しんでるだろ」

「そんなことないわよ」


 アンジェルは受付でも見せたことのないキラッキラな笑顔だった。


「じゃあ、いうぞ」

「おう、聞いたる聞いたる」


「実は昨日から年下美少女が寮に押しかけて来ていっしょに住もうと懇願して来るんだ」

「産業医の面談の予定日は……」


「心の病じゃねーから」


(クソ。人が折角心をオープンにして本音を話したというのに)


 アンジェルはぶつぶつ「つまんないわー」と呟きながら事務処理に戻ってゆく。


「いつかあのツインテ引っ張ってお馬さんごっこの刑だな」

「あのう、すいません」

「うおっ。なんだ、お客さんか」


 アタミが昏い目でアンジェルに対し呪詛を吐いていると背後から数人の少年少女の集団から声をかけられた。


 瞬間的にアタミは少年たちの装備や物腰からだいたいの見当をつけた。


(少年は剣士。杖を持って三角帽子被ってる少女は魔術師。動きやすい服装をしてるボーイッシュな子はレンジャーってとこか)


「俺たち昨日村から出てきたところで。酒場で聞いたらここで登録すれば冒険者になれるって聞いて」


「はいよ。そんじゃ推薦状と登録料のほうをヨロシク。あとはこの登録用紙に記入して審査が通れば冒険者証明書が発行できるぜ」


 ――このくらいは手馴れたもの。


 アタミはハミングしながら四苦八苦して登録用紙を埋める少年少女を眺めている。


 その横ではフランセットが我が子の成長を喜ぶ母親のような視線を送っていた。


「うし。登録用紙に記入漏れはなさそうだな。コイツは審査に回すから、しばらく時間をくれ。暇だったらそこの掲示板に依頼が張り出されてるからテキトーに見ててくれ」


(もう完璧だな。さすがはプロ職員の俺)


 アタミがひとり仕事をやり遂げたと思い込んで悦に入っていると、隣のフランセットが無言のゼスチュアでなにかを伝えようとしていた。


「ああ、そーか。おい、坊主。これ読んどけ。ギルドのことがいろいろ書いてあるから」


「ど、ども」


 分厚い冊子を受け取った少年は目を白黒させてページをめくっているが、どこから読みだしていいかわからない様子だった。


「アタミさん。お客さまにキチンと説明してあげてください」


「怒られた……」


 フランセットの笑みを湛えた表情に恐れをなしたアタミは懇切丁寧に坊ちゃん嬢ちゃんたちに冒険者としての心得やギルドのルールを口頭で噛み砕いて教えた。


 ちなみに少年たちの登録は特に問題もなく下りた。


(戦士はトラヴィス、魔術師はニーナ、レンジャーはソニア。いずれも同じ村の幼馴染みで十五歳か)


 トラヴィスたちの武器も防具もまっさらだ。アタミは掲示板の前でああでもないこうでもないと依頼を吟味する彼らを眺めながら麩菓子をかじっていた。


「もうそろそろ昼か。さすがに波は過ぎたかな」

「ですね」


 アタミのひとりごとにフランセットが書類を繰る手を止めて答えた。冒険者ギルドで一番混む時間帯は依頼が掲示板に張り出される朝である。熟練の冒険者たちは日の出前から待って開幕ダッシュで割のいい依頼をもぎ取ろうと必死である。


 そして初心者にありがちなのは初回は登録に時間がかかるので、実際に依頼を受けて冒険に繰り出すとなると翌日に持ち越すのが普通であった。


「アタミさん。なんか掲示板に貼ってある依頼で俺たち向きのが残ってないみたいなんだけど」


 トラヴィスが困ったように声をかけてきた。


「あ? そりゃそうだろ。いいのが欲しきゃ朝イチで来なきゃダメだ。気合の入ってるやつは、日がまだ明けないうちから事務所の前に並んでるぞ」


「マジか。やっぱアタミさんは詳しいなァ」

「ま、俺はプロの事務職員だからな」


 ふふんと格好つけていうとアンジェルだけではなくフランセットも笑いを無理やり噛み殺している様子だった。


「ちょっとくらいイキらせてくれたってええんでない?」


「ねーねーアタミさん。あたしたちできたら手ぶらってのはヤなんだよ。なんか初心者でもこなせて稼げそうなのないの?」


 レンジャーのソニアが人懐っこい笑顔で訊ねて来る。その隣では魔術師のニーナがフンフンと勢い込んでやる気を見せていた。


「あのねー。アタミの阿呆もそうだけど、新人のうちから楽を覚えようとするとロクなことないわよ」


 見かねたアンジェルが窘めるようにいうと新人冒険者たちはブーブーと不平を口にした。


「こんのクソガキっ」

「あのなアンジェル。ガキどもをイジメるんじゃねーよ。ここはプロとして寛大に――」


「アンタもトーシロ同然でしょうがっ。ほら、ジャリンコども。アンタたち、今日はおとなしく薬草摘みでも行ってきなさいっ。これ地図。今から行って上手く見つけられれば夕飯代くらいは稼げるわよっ」


 アンジェルは手にした依頼書をトラヴィスの鼻っ先にズンと突きつけた。


「薬草摘みかぁ。ねえアンジェルさん。俺ってばこう見えて結構腕が立つんだぜ。せめてゴブリンとかスライムの討伐とか、そーいうのないの?」


 トラヴィスがアタミの予想通りに粋がる。


「ないわよっ。てか、ナマいうんじゃないよっ。このアンジェルさんにモノ申したいなら、せめてC級に上がってからにしなっ」


「そうだぞ、この人は怖いんだぞ。じゃ、坊主ども。サボらず薬草摘みに励んで来いよ。俺はこの受付でおまえたちの活躍を祈っているから」


「アタミ、アンタも行きなさい」

「……え、なんで?」


「決まってるでしょ。このジャリたちが真面目にアタシのいいつけを守るかどうか、監視役よ」


「いやいやいや、いきなり業務をほっぽらかしてそんなことできるわけが。第一、上長だって許さないだろーが」


「あのさ。わかってなかった?」


「なんだよ、この紙切れ。ん、主任? アンジェル・バクスター? 誰だコイツ。おい、アンジェル。おまえと同じ名前のやつが主任だってよ。はは、結構かぶる名前なんだな。おっかしい」


「違う。現実逃避はやめなさい。受付の上長はあたしなの。命令に従いなさい」


「了解した主任。地獄に落ちろ」

「余計なことは云わんでよろしい」


「クソ、これが研修という責め苦なのか……」

「そんなこといったやつはじめてよ」


「新人イジメだ」

「さっさと支度する」


 ブツブツいいながらアタミが出かける準備をしていると、フランセットが僧衣を着た少女を連れて来た。


「すみません。アタミさん、その子たちを連れてお出かけなさるのですか?」


「ま、この女のパワハラでな」

「あ?」


 アンジェルに睨まれてアタミは小さくなる。


「あの、あなたたち。この子も今日登録したばかりなの。できれば薬草摘みに参加させてあげたいの。いいかしら?」


 フランセットに背中を押されて青い僧衣の小柄な少女は前に出た。


「メローズ修道院から来ましたクリスティーンと申します。世の中の役に立つためギルドに登録させていただきました。世間知らずでなにぶん至らないところがございますが、なにとぞよろしくお願いします」


 青い目をした少女は優雅な雰囲気で一礼した。


 目鼻立ちが整ったクリスティーンは僧衣さえなければ深窓の令嬢そのものである。


(メローズといえば、島で一、二を争う名の通った修道院だ。礼儀作法や仕草から察するところ、この子貴族階級の出身だな)


「その、こちらこそよろしく頼むよ。治癒魔術が使える僧侶がいれば俺たちも安心だ」


「こちらこそ」

「ま、いいんじゃない」


 トラヴィスとニーナはクリスティーンを快く受け入れたがソニアはどこか気分を害した様子だった。


 それもそのはずトラヴィスはクリスティーンを見るなり明らかに意識した様子でデレデレしはじめたからだ。


(わかりやすいやつらだ。けど、遠足じゃねぇんだぞ。今日から一本立ちするってのに引率なんて必要なのか?)



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[良い点] 新人冒険者研修 ひと悶着ありそうなw
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