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21「恐怖! ストーカー女」

「朝か……」


 アタミはちゅんちゅん鳴く小鳥の声によってベッドから身体を起こした。


 昨晩は、無理やりヴェロニカから夕食を振る舞われたあと果てることのない押し問答を繰り返し、ようやくベッドに潜れたのは明け方近かった。


「なんなんだ、あのストーカー女は」


 ひと晩やふた晩寝ずともアタミはどうということもないが、精神的に疲れた。


「顔洗って仕事行こ」


 台所には昨晩ヴェロニカが作ってくれたシチューのあまりがあった。アタミは燃料スライムに火をつけてシチューをゆっくりあたため、同時に湯も沸かした。


 ふつふつと湯がたぎるやかんを見ながら椅子に腰かけボーっと待つ。


「タバコでも吸えりゃ手持無沙汰もなくなるんだが……」


「おはようございます、アタミさま」


 当然のごとく扉が開いてはつらつとしたヴェロニカが紙袋を片手に姿を現した。


「また来たよ」

「朝食のご用意のため馳せ参じました」

「頼んでねーし」


「今日は農家で買いつけた生みたてのタマゴです。値が張りますが滋養があります」


 もはや許可を取ることもなくヴェロニカはくるくるとエプロンを羽織ると持参したフライパンで目玉焼きを作り出した。


 アタミが抗弁する暇もなく飾り気のなかった食卓には小綺麗なランチョンマットが敷かれ、花瓶に活けた花が置かれた。言動とは別に妙に女性的な心配りにアタミは複雑な心境になった。


「アタミさまはよく焼きと半ナマ、目玉はどちらのほうがお好みですか?」

「半生で」


(くっ。出て行けといえない自分が嫌いだ)


「それでは私も朝食がまだなのでお相伴させていただきます」


「……いただきます」


 卓を囲んで和やかに朝食をとる。活けた花のスッキリした黄色が目に優しい。穏やかな気持ちでトーストされたパンに目玉焼きを挟んでかぶりつきながらアタミは我に返った。


「てか、なんで俺はおまえを受け入れてんの?」

「あ、食後のコーヒーはブラックでよろしいですか」

「お、おう。悪いな」


 すぐ隣にヴェロニカがやって来てカップに熱いコーヒーをそそぐ。ふわりと石鹸の香りがしてアタミは眩暈がしそうになった。


「あのなあ。昨日も、ちゅーかわずか三時間前だが俺は弟子なんて取らないといったはずだろ。ヴェロニカ、おまえも納得して帰ったよな?」


「納得はしていません」


「しろよ! だいたい、なんで普通に寮に出入りしてるんだ」


「誰にも見つからずに潜入するのは私の得意なスキルでもあります」


「変態ストーカーやんけ」


「別によいではありませんか。私がアタミさまの部屋に出入りすることで誰か不利益を被る方がいるとでもいうのですか?」


「いや、俺ってまだ事務職員として新人だし、外聞というものがな……」


「おはようございまーす。あれ、開いてる?」


 きい、と扉が開いてフランセットの声がした。アタミは即座にジェスチュアを行うと、ヴェロニカはこくと頷き風のように寝室に姿を消した。


「アタミさん、おはようございます。あ、あれ? もう朝食済まされたのですか?」


 ばっちりメイクをしてパリッとした制服を着たフランセットがアイボリーのカップを手にするアタミを見て目を丸くした。


「い、いや、今食べようと思ってたところだが」

「あー、美味しそう。昨日はシチューだったんですね。アタミさん料理なさるんですね」


「あ、ああ。ちょっとな。それよりもフランセットはこんな朝っぱらからどうしたんだ?」


「いえ、その。アタミさんもしかして今日もちゃんと起きれてるかなぁ、と思いまして様子を見にですね。それとお節介ついでですが、こんなもの作ってきました」


 フランセットは少しだけもじもじすると手にしていた藤籠を開いて中のサンドイッチを恥ずかしそうに見せた。


「あの、もう要りませんよね、あは」


「いや、フランセットがわざわざ作って来てくれたんだからちゃんと食べるぞ」


(彼女は俺の先輩にあたるから、ここで断ったら問題だよな)


 打算の塊であるアタミの気持ちも知らずにフランセットは天使のように微笑んだ。


「そうですか。じゃ、あとで感想聞かせてくださいね。それと二度寝なんかしちゃダメですからね」


 それだけいうとフランセットは卓に据えられた花を見て目を細めた。


「綺麗。それにいい香り」


 花に顔を寄せてうっとりするフランセット。やがて彼女はアタミに見つめられているのに気づくと自分の顔をぱたぱた仰いで部屋を出て行った。


「どうやら怪しまれずに済んだみたいだ。もう、いいぞ」


 そうアタミがいうとベッドの下に潜んでいたらしいヴェロニカは長い髪にホコリを乗せながら、ランチョンマットを咥え皿とカップを手にして現れた。


「あぇひゃあひゃみひゃまのおみょひびゅとれひゅか?」


「無理に喋らなくてもいいぞ」

「あれはアタミさまの恋人ですか」


「職場の先輩だ」

「そうですか……」


 ヴェロニカはどこか思いつめたような表情で虚空をジッと見つめ、やがてうんうんとひとり頷いた。


「決めました。今日から私はここに住みます」

「だからなんでそうなるんだ……」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 勇者がそれにふさわしい待遇押しかけ女房候補*2とかを得ようとしている点。 [一言] 全然ストーカーっぽい行動を今回とってないと思います
[良い点] ストーカー通り越したw 押しかけ女房化してるw [一言] ナチュラルにタラシだったんですねこいつw
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