20「コミュ不全」
「私はモジャコの西に位置するアルヴの森の生まれです。幼い頃は両親と共になんら問題なく暮らしていました。そう、あれは十二歳の夏のことでしたね。木こりであり、村のニンゲンたちとも仲よくしていた父は、当時懇意にしていた村長の口利きもあり森の奥にあるといわれるダンジョンを攻略するためにやって来たとある冒険者のパーティーを案内する役目を引き受けたのです。
それが悲劇の始まりでした。ダンジョンを攻略した冒険者のパーティーは、手に入れた宝がよほど価値のあるものであったのか。その秘密を守るために私たちの住む森と村を焼き、そして両親をその場で斬殺したのです。
私はその日から、仇である冒険者の頭目を追うためにエルフの穴で血の滲むような努力を重ね剣を習得しました。それから、このストラトポンにある冒険者ギルドに登録を――」
「長い。簡潔にまとめてくれ」
「父母の仇を探すため冒険者になりました」
「……やればできるじゃないか」
アタミは寮の自室でヴェロニカの身の上話を無理やり聞かされていた。
「あのさア、なんでいきなり帰ってきたら部屋の真ん中で正座してんの? ほとんどホラーの領域だったんだけど」
「いえ。尊敬する勇者アタミさまのお帰りを姿勢を正してお待ちするのは弟子として当然ですから」
「だから何度もいったよーに、昔はともかく今の俺はタダの事務職員なの。超絶に強いS級冒険者に稽古つけてたら話が面倒なことになるだろーが」
「その点ですが。人目につきにくい近郊の森を知っていますので、そこでならばなんら問題はないかと」
「弟子にする気はねーが、そこって仕事のあとで行けるような近場なのか?」
「馬で五日も駆ければ到着できる手頃な場所です」
「遠すぎるだろ。仕事クビになるだろーが。大却下だ」
「……なぜアタミさまは私の言葉をことごとく否定するのですか。私はアタミさまを信じて、今まで誰にもいわなかった秘密を打ち明けたというのに」
「うっ」
どよーんとヴェロニカの瞳が輝きを失って澱んだ排水溝の暗さになる。
「高名であり魔王を滅ぼした勇者さまからすれば、私の苦しみや恨みつらみは塵芥のようなものかもしれませんが……」
(ヤベェ。コイツ典型的なメンヘラ女だ!)
他者との交わりをさけて思い込みが激しく、こうと決めたらなにがあろうが徹底的に尽くすやり方はどこかが壊れた人間の典型的なものだ。
「おまえ、今年で幾つだ」
「十八です」
「そうか……」
こうして向かい合ってみれば、遠巻きに見ていたとき感じたよりもヴェロニカの容姿ははるかに幼く歳相応のものであった。
(考えてみりゃまだガキなのに両親を殺され住んでいた土地を焼かれりゃ復讐のため近視眼的になる以外生きてく希望はないよな。だとすりゃ、ヴェロニカも不幸な星の下に生まれて来た女だよ)
「てか、おまえS級冒険者なんだろ? それだけ強きゃ、木っ端盗賊のひとりやふたり探し出してどうとでもなるだろーが」
「いえ、それが父上は木こりになる前は都でも有数の剣士でした。王を前にした御前試合でも稀代の剣法家を幾人も屠っており、おそらく今の私では歯が立たないほどの強さでしょう。だが、あの隻眼の男は父上をただの一刀で切り捨てました」
「隻眼の男?」
「アイツは父を切り伏せた後、私の見ている前で母に乱暴を……! そのとき私の目に焼きついたのが、男の背中に彫られていた真っ黒なサソリの入れ墨なのです」
「よく無事だったな」
「サソリの男はわざと私を逃がしてこういいました。ゲームをしよう、と」
「ゲーム?」
「今日のことが悔しければ腕を磨いて敵討ちに来い、と。そのとき徹底的に叩きのめして成長したおまえのカラダを存分に楽しんでやる、と。屈辱です。アイツにしてみれば、森も村も焼き払ってあり、エルフの娘ひとりなど生かしておいてもどうということもなかったのでしょうね」
ヴェロニカは長いまつ毛を伏せ愁いに帯びた表情で整った唇をふるふる震わせた。
(てか、コイツの話いつ終わるんだ。まだ、メシも食ってねーんだが)
普通の男であればこのような美女を前にすればどのように気を引いてやろうかと悪心を起こしても致し方なのない垂涎の状況であったが、アタミはとにかく夕飯を済ませて横になりたかった。
「わかった」
「本当ですか! 私を弟子にしてくれるのですねっ!」
「いや、そうじゃなくて。事情は理解したから今日のところはとっとと帰れ。な?」
「そんな……」
「いや、そんなじゃなくてだな。なんで裏切られた! みたいな目をする。とにかくここはギルドの寮だし、勝手に女なんか連れ込んだら問題だろ?」
「これは私としたことが気づきませんで」
そういうとヴェロニカは慌てて立ち上がると急いで部屋を出て行った。
「やっと行ったか」
アタミは長いため息を吐くと首を左右に動かしコキコキ鳴らした。
念のため入り口まで行って扉の錠をかけた。
それからようやく自分のベッドに腰かけてひと息つけた。
「今からメシ作るのめんどくせぇな……」
とりあえずベッドに腹ばいになって読みかけの戯作小説を取り出す。
十分ほど経って、ようやく物語に没入しかけたとき、入り口の扉がガチャガチャッと騒がしく鳴った。
「まさか……?」
と、思った瞬間、扉全体が淡く光った。
それから鍵のかかっていた錠が「がちゃりこ」と自然に開く。
「お待たせしました」
そこには頬を赤くして息を弾ませパンパンの紙袋を持つヴェロニカが満面の笑みで立っていた。
「いや、待ってねーって。てか、なにしたんだよ」
「? いえ、アタミさまの夕食の用意をしようと食材を調達してきたのですが」
「じゃなくてだ。今、勝手に錠のかかった扉が開いただろが」
「鍵開けの魔術を使ったのですが」
「もういい」
アタミはヴェロニカとのコミュニケーションを放棄してごろ寝した。
「待っていてくださいね。すぐにあたたかいものをお作りいたしますから。あ、アタミさまはお魚とお肉とどちらが好きですか? 両方とも用意しておきますね」
ヴェロニカは白い三角巾と仔犬の絵が刺繍されたエプロンをつけると、台所を勝手に使い出した。
(知らん。もう、なにも知らんぞ。俺は悪くない)
アタミはベッドで仰向けになりながら白目を剥いて考えることをやめた。




