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16「エビルスパイダー」

 大気が鋭く鳴って銀光が走った。


 シシンバを確実に仕留めるはずであったエビルスパイダーの歩脚は真っ黒な血潮を噴出させて、地に転がった。


「がっ、誰だ。誰だァ!」


 恐ろしく綺麗な切り口だ。


 紙にハサミをゆっくりと入れたようにエビルスパイダーの脚はスッパリと消えていた。


「油断したな」


 ふわっと豊かな金髪が流れる。


 エルフ特有の長い耳。女の鋭い眼光はのたうつ大グモの巨体を油断なく射抜いていた。


「けっ。おせぇんだよ、このエルフ娘が」


 最後にそれだけ毒づくとシシンバは仰向けになったまま意識を失った。


 ヴェロニカは長剣を構えながらゆっくりとエビルスパイダーの前に進み出た。


(これがX指定か。確かに異常なほどの大きさだが)


 突然変異と思われる魔獣は尋常ならざる闘気を全身からほとばしらせていたが、ヴェロニカの見るところシシンバがこうも容易く負ける相手とは思えなかった。


 それよりもヴェロニカが気になったのはクモの頭部から生えているニンゲンの上半身だった。


「なにをジロジロ見ていやがる。エルフの娘よ。おまえもライオスと同じく、ギルドの寄越した犬ッコロかよ」


「……貴様がX指定の魔獣ならば討滅及び再封印が私の使命だ」


「チッ、会話する気はねえってのかよ。どいつもこいつもよ。なら、エルフ娘が。おまえをボッコボコにして意地でもお喋りしたい気分にしてやろう」


 エビルスパイダーは地響きを鳴らしながらヴェロニカに突っ込んで来た。


 その直線状に並んでいた冒険者たちの遺骸やまだ息のある者――。


 まとめてミンチにされた。


 巨大なエビルスパイダーの歩脚がヴェロニカに向かって振り下ろされる。


「ふーう」


 ヴェロニカは可憐な唇をすぼめて鋭く呼気を吐き出すと、打ち下ろされた歩脚をかわしながら地を蹴った。


 ふわりと舞った彼女の身体はエビルスパイダーの頭部を軽々と越えて洞窟の天井に到達する。


 瞬間、ヴェロニカは身体をくるりと反転させると天井を蹴ってその勢いでエビルスパイダーから生えた人間部分に標的を定めた。


 ぎらりと輝いた刃の柄を握った両手に力を込める。

 唸りを上げて長剣が振り下ろされた。

 エビルスパイダーは必死に歩脚でガードを試みる。


 だが、ヴェロニカの斬撃は無造作にガードを打ち破ってエビルスパイダーの巨体を斜めに切り裂いた。


 絶叫が洞窟全体に響いた。


 エビルスパイダーは切断された歩脚を滝のように噴出する自身の体液で真っ黒に染めながら、悶え、のたうった。


「生憎と私は自分より弱い男に興味はない」


 とっ、とヴェロニカは軽やかに地面に着地すると刃に残ったエビルスパイダーの血潮を振り払った。


「剣が汚れた。どうやらおまえの身体は大きすぎて女の私の手には余る」


「ど、どうしよってんだよう」

「バラバラにして、持ち運びやすくする」


 ヴェロニカが無表情で近づくとエビルスパイダーの頭部に生えた人間の上半身が恐怖に満ちた表情で仰け反った。


「ま――待った! 別におれは好んでこんな姿になったわけじゃない。元はといえば、ギルドが、おれを裏切ったギルドが悪いんだあああっ!」


「裏切った?」


「そ、そうだ。おれは元々はギルドの冒険者だったんだ。あの頃は、希望と使命感に燃え、おれはギルドと街の人間のために日々魔王軍と戦っていた。だが、ある日、武運拙く敗れ去り、おれは魔王軍の捕虜になった。けれどおれはいかなる拷問にも屈しなかった。街には、おれの妻と子がいたからだっ!」


 そこまで聞いてヴェロニカの瞳にかすかな憐れみの光が生じた。


「それで――」


「家族がいたんだようっ。だからおれは冒険者ギルドの機密は一切洩らさなかった。ヒデェ拷問だった。おまけに魔族たちは実験と称しておれの身体を大グモの魔獣と繋ぎ合わせて、こんなバケモノに仕立てやがったんだ。そしておれはついに待ちに待ったギルドの救出隊に助けられた。ああ、これで元の人間の身体に戻れて愛する妻と子の下に戻れる。すべて、おれが苦痛に耐えた頑張りを神がお認めになってくださった。そう思ったんだ。

 ――だが現実はどうだ! おれを見たギルドのやつらは即座に封印指定の魔獣扱いし、力を奪う魔術をかけて暗い光の差さない地の底に押し込めたんだ。この絶望がおまえにわかるかよっ。おれはアンタやそこのライオスのように才能あふれる冒険者じゃなかったが、人類を裏切る気は毛頭なかったし身体でそれを示したんだ。な、なあ、頼むよ。あれから十五年の間、おれは耐え続けたんだ。元よりこちらからギルドや街を攻める気はないんだ。ただ――」


「ただ、どうした」


「ただひとこと。今のギルドマスターに謝ってもらいてぇ。そんでもって今はこの身体なんだ。街に住まわせてくれとはいわない。妻と子の消息がわかれば、あとは山にでも行って獣と暮らすさ。頼む、命は、命だけは……」


「拘束だけはさせてもらう。ギルマスに交渉はしてみるが期待はするな」


 一瞬だけ、ヴェロニカの張り詰めていた緊張がゆるんだ。


 それを見逃す外道ではない。 


 エビルスパイダーは腹から糸を吐き出すと気絶して動かないシシンバをたちどころに絡め取った。


「おおっと、動くなよ。おまえ本人を捕えようか迷ったが。まあ、動かないやつのを押さえるほうが確実で簡単だ」


 ヴェロニカの全身から火のような闘気が立ち昇った。


 だがエビルスパイダーが糸で繭状にしたシシンバを吊り上げると同時に収束した。


「ふーう。マジでやばかったな。おまえの攻撃は中々だったが。だが、こうしておれの傷は自分の糸を吹きかければ」


 しゅうしゅうと斜めに断ち割られた深傷にエビルスパイダーは自分の糸を吹きつけ塞いでしまう。


 摩訶不思議なことに、ものの数分でエビルスパイダーの傷は癒着し、流出していた体液は止まった。


「クモの糸には強力な細菌効果があるらしくってな。さらに、おれが出す糸は異常なほど回復力があって、ちょっとした深手ならばすぐに治ってしまうんだ」


 ヴェロニカは必死にシシンバを救おうと隙を探っていたが、さすがのエビルスパイダーもそこまで愚鈍ではなかった。


「無駄無駄。理解しろよ。おまえが動けばコイツは眠ったまま岩壁に叩きつけられて死ぬ。さあ、ここからは無知で惰弱なS級冒険者サマを躾ける時間だ。さあ、武器をおとなしく捨てな。さもないと、おっとぉ。月並みなセリフをおれにいわせんなよなぁ?」


 鬼のような形相でヴェロニカはエビルスパイダーを睨んだまま剣を捨てた。



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