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15「封印されし魔獣」

「アンニャロ。待っててっていったのに」


 ――数分後、デッキブラシとモップを抱えたアタミはヴェロニカのいなくなった廊下で顔を歪めていた。


(さあ、この目の前のドロドログチャグチャをどうすればいいのか、と。本来ならば、清掃請負の業者に連絡をしてパパッとやっつけてもらうのがセオリーなはずだが)


 スライム魔族の死体は広範囲にネチャッと広がって、そう簡単に清掃が終わりそうにない。


 試しにアタミはデッキブラシでゼリー状のものを押してみたが、むしろブラシにねっとりまとわりついて素人がどうこうできるシロモノではなさそうだ。


「あのヤロー。冒険者ってことは死骸の片づけにも慣れてるはずだ。なんで俺がこんなことを」


 握ったモップにヒビが入り音を立てて吹っ飛んだ。怒りのあまり力を込めたせいで柄が崩壊したのだ


「あのエルフ女。絶対にとっ捕まえて掃除させてやる」


 アタミの妄執的な追尾がはじまった瞬間だった。







 シシンバは一〇八番坑道で片膝を突き肩で息をしていた。


「なんてこった。この俺さまが。目も当てられねぇぜ……」


 レッドドラゴンの首を落としたこともある自慢の斧を持つ手が震える。


 サポートを名乗り出て力戦していたBC級の冒険者たちのほとんどがそこら中に転がって戦闘不能に陥り、悔しいことだがシシンバは彼らを逃がしてやる余裕も失っていた。


 ――左腕複雑骨折、右脚大腿部解放骨折、全身に打ち身は無数。切り傷は、七カ所ってとこか。


 シシンバは冷静に自己のダメージを確認した。

 徹底的にボロ屑にされてもシシンバは討伐メインでのし上がって来たS級冒険者だ


 膂力だけではなく状況判断も素早く、それなりに知恵はある。


「どうした愚かな冒険者ギルドの犬が。よもやその程度でこのおれを討てるとでも思ったのか」


 坑道の最深部付近でついにかち合ったX指定の魔獣はエビルスパイダーという大グモのモンスターである。


 クモといってもダンジョンのクモは種類によっては地上の地竜程度ならば狩ってしまうほどの力を持っていることが多い。


「口を利くクモなんざ、珍し過ぎるだろ、クソが」


 エビルスパイダーは、本来どんなに巨大でもせいぜいゾウくらいのものが最大なのだ。


 だがシシンバの目の前にいる大グモはどう少なく見積もっても体長はシロナガスクジラと同等の三〇メートルは超えていた。おまけに頭部には顔の崩れたニンゲンの上半身がぴょこんと張り出している。


 その異形さと奇妙さは歴戦のシシンバでも見たことがないレベルであった。


「ククク、しかしおまえ程度の男がS級とは。ギルドの底が知れたわ。これなら万が一のリスクを取ってダンジョンに引きずり込み地の利を得る作戦を取っていたが、こちらから攻め込んで一気にギルドを制圧し、復讐を遂げてやろう」


「ケッ。テメーは明らか力負けしてただろーが」


「ほざけ。そのような雑魚を庇おうとするからだ。それがキサマの弱さだライオスの亜人よ」


「あ、あああ」


 気を取り戻した冒険者のひとりが血塗れの状態のまま這いずってその場から逃げようとする。


 冒険者の男は右の顔半分を深く抉られ残った部分を真っ赤な血で染めていた。


「おや。まだ、活きがよいカスが一匹いるようだが」


「ま、待てっ。そいつはもう戦えねーだろうが! やるなら俺が相手だ!」


「……なにを甘いことをいっている。冒険者よ。おまえのような下っ端はギルドの命令通り徒党を組んで、一方的にこのか弱い被害者であるおれを狩ろうとした。その中には当然ながら強者であるS級に媚び売って従い、あわよくばと濡れ手に粟で高額な功績ポイントを得たいという下衆な理由があったと想像は着くのだ。だが、そのとき。おれを討つために喜び勇んで武器を磨いていたそのとき。失敗した可能性におけるリスクをキチンとおまえは描けていたのか? それともうひとつ。ライオスの冒険者よ。このおれと言葉で意思疎通ができるからといって、情緒に訴えるのはまるで意味がないことを理解してもらうために、おれも自らの行動でそれを示さねばならんな」


 エビルスパイダーは男の右脚を四対ある歩脚のひとつで掴み上げると、ぶおんと大きく振って壁に向かって放った。


「や、やめろーっ!」


 シシンバの制止の声も虚しく、男の身体は壁にぶち当たって真っ赤な鮮血を撒き散らした。


「ゴールドのドッグタグ……B級か。以前のおれより上とは笑わせやがる」


「笑わせんのはテメェだぜ」


 重傷であったシシンバは手斧を持って立ち上がった。

 ライオスの特徴であるたてがみが全身から立ち昇る闘気で逆立っていた。


 吠えた。


 聞く者の肉と魂が竦むような雄叫びが洞窟に木霊した。


 シシンバの上半身に着用していた革鎧が膨れ上がった筋肉で弾け飛ぶ。


「俺がなぜ剛力の二つ名を持っているか教えてやる」


 同時にシシンバの巨躯が宙に浮いた。

 洞窟の天井に届きそうなほどの異常な跳躍力だった。


 凄まじいバネだ。


 勢いと闘気に気圧されたようにエビルスパイダーが防御のため歩脚を上げた。


 手斧の勢いが加速する。


 金色の流星が大グモの太い柱のように歩脚とぶつかり合った。


 激突の結果は明白だった。


 シシンバの渾身の一撃はエビルスパイダーの防御に回した歩脚を見事に切断した。


 だが、宙を舞ったのは二本。

 残った六本は無傷であった。


 巨大な柱の如き六本が無防備になったシシンバの五体を襲う。


 痛烈な打撃を受けたシシンバは弧を描いて吹き飛び地に叩きつけられた。


「う、ぐあ……クソ、なんでだ。いつもみたく、カラダが動かねぇ」


「馬鹿が。ようやく効いてきたか。亜人風情が手こずらせやがって」


「な……にを」


「仕込んでおいたんだよ。おれの脚にはゾウをも殺せる毒があるんだ。実際、テメーは強かったよ。くだらねぇオトモダチごっこなんざやめて、そこに転がってカスを切り捨てる意志さえあれば、イイとこまでいったんじゃないのか?」


「ち……きしょ」


「足手まといは盾にしてクールに戦うのが正解だったんだ。くだらん情にほだされたおまえよりも、おれのほうが格が上だったんだ。いうなれば、おまえは人生に油断したんだ」


 エビルスパイダーの哄笑がダンジョン内に跳ね返って響く。


「じゃ、死ね」


 ぴたりと笑いを止めたエビルスパイダーが歩脚を振り下ろす。

 シシンバは悔しげな表情で目をキッと瞑った。



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