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14「魔族の刺客」

 ――事態は一刻を争う。


 ヴェロニカはよく磨かれたギルドの廊下をブーツでカツカツと鳴らしながらゴルゴン迷宮を目指していた。


 冒険者ギルドの設立時の目標として、突如としてストラトポン都市近郊に出現したゴルゴン迷宮の攻略があり、連絡通路を使えば徒歩三十分程度で移動が可能であった。


 これはギルドから冒険者を派遣する際に利便性を考えてのことであったが、同時にダンジョンになんらかの異変があればギルドに携わるすべての人々の危機に直結した。


 素早く的確に行動しなければ――。

 装備はひと通り揃っている。


 ヴェロニカが基本的にソロで活動するのは、単独で動くことによって自己の能力を底上げすることであったが、根本的には他者に対する不信感があった。


 日頃賑わっているギルドのどこにも人の気配がない。


「それにしてもX指定とは。急がなければ」


 他者との交流を嫌うヴェロニカであったがSという特権クラスのため、下位に比べれば耳に入る情報量は桁違いだ。


(風の噂ではX指定の魔獣に関してはギルドに後ろめたいなにかがあると聞いたが)


 不意に背後から凄まじい殺気が叩きつけられた。

 素早くヴェロニカは飛び上がってかわし、着地と同時に抜剣した。


 同時に、先ほどいた位置の床石は粉々に砕け散り白い噴煙が立ち昇っていた。


「誰だ――」


 煙の向こうに誰何するが当然答えはない。ヴェロニカは躊躇せず長剣を肩に担ぐと薄っすらした影へと斬りつけた。


 この世の者とは思えない声が響き、あたりに鼻を衝く激臭が立ち込める。


「グーゲッゲッゲ。やるじゃねぇか、おまえ」


 ヴェロニカの前にはぐにょぐにょとゼリー状にうねる液体と固体の中間に位置する怪物がギョロギョロと目玉を光らせ毒づいていた。


 怪物は巨大な曲刀を手にしている。ひと打ちで牛の首も叩き落とせそうな極厚の身がある刃が光っていた。


「スライムの怪物。私になにか用か」


「カッ。エルフの小娘が。行きがけの駄賃にS級ってのを食ってやろうと思ったが、中々どうして手こずらせやがる」


「貴様、魔族だな。こんなところでウロウロするとはいい度胸をしている」


「馬鹿が、調子に乗るな。今のはこのネバーダさまが様子見をしただけだ」


「もしかして貴様の存在は脱走したX指定と関係があるのか」


「ハ! 答えるわけがねぇだろが! おまえはこのオレさまに切り刻まれて死ぬのだァ。それよりも今すぐ辞世の句でも考えたほうがいいのではないか? 寛大なオレさまは三秒だけ待ってやらないでもない」


「質問をしているのは私だ。だがいい、もう済んだ」


「なにが済んだだ! この魔王軍八騎士がひとり『等活』の懐刀と呼ばれたオレさまを本気にさせやがったな――けぺ?」


 曲刀を構えたスライムの魔族ネバーダの身体は四方八方に裂けめが生じて、たちまちのうちに溶けてその場に広がった。


「愚かなやつだ。自分から悪事を白状するとは」


 ヴェロニカが察するにギルドに潜入した魔族のひとりが地下に封印されたX指定の魔獣を開放し、ニンゲン側の勢力である冒険者ギルドの力を減衰させようと動き回っていたのだろう。


 だが、近年魔王自体は勇者に討伐され連合王国各地で活動する魔族も追い詰められているらしい。


「窮鼠猫を噛むというが、とにかく今はやるべきことをしなければ」


「おい」


 ヴェロニカが誰もいないと思っていた方向から男の声が響く。


 気づけば握り締めた剣を持ったままヴェロニカは跳躍していた。






「おかしい。気づけば誰もいなくなってる」


 避難の支度を中座しトイレに行っている間、ロビーには誰もいなくなっていた。


「マジかよ、ホントひとっこひとりいねぇ」


 アタミは荷物を風呂敷に包んで背負うと、ふと思い出し、再び受付カウンターに戻って引き出しに仕舞ってある以前アンジェルから貰った飴玉の袋を回収した。


「なんか、誰もないギルドってテンション上がるよな」


 バリボリと飴玉を噛み砕きながらアタミはギルドの建物内を適当に移動した。


 冒険者ギルドの建物はそこそこ広く、地下に繋がる通路や階段もそこそこの数があるので初見の人間は例外なく迷う。


「ありゃ、そういやシェルターってどこだっけ?」


 スタスタ歩ていると、妙に幅が広い通路に出た。足元は白い高級そうな大理石が敷き詰められている。


「どっこも驕ってやがんな。にしても、みんな避難だからって汚しすぎだろ」


 アタミは日ごろまったく気にもしないくせに、こういう非常時に限ってあたりの散らかり具合が気になり、ひょいひょいと落ちていた拾得物を集めはじめる。


「ん? なんか変なニオイが」


 通路の角を曲がりかけると、殺気と共に鋭く磨かれた刃が襲いかかって来た。


「おっと」


 反射的に回避すると剣を持つ手首を握って放った。


 ほとんど力を込めていなかったが刃を振るった者は通路の端の壁に吹き飛んで背中を強く叩きつけた。


「マジィ! やっちまった」


 脳震盪を起こしたのかS級冒険者のヴェロニカは半ば呆然としたまま、その場に座り込んでいた。


(しかも女だ。これってメッチャヤバいだろ。訴えられたらどうしよ)


 後ろで結んでいたリボンがはらりと外れて長い金色の髪がふわっと広がる。


 両眼を大きく開いたその顔はいつもの険しさはなく歳相応の幼さが垣間見えた。


「ゴメンゴメン。まさか誰かいるって思ってなくて。怪我ないか?」


 ヴェロニカは女の子座りの状態でアタミの顔と自分の右腕を交互に見た。


 アタミに投げられたことが信じられないといった様子だった。


「タイミングか。そういうことも、あるやもしれん」


 心の内で自分を無理やり納得させ終わったのか、ヴェロニカはすっく立って尻のあたりのホコリをパッパッと手で払った。


「ホラ、これおまえのリボン。悪かったよ。マジで」


「いや。こちらも注意が欠けていたようだ。謝罪する。それよりもだ。その制服はギルドの職員のようだが。避難警報は聞いていなかったのか?」


「ん。ああ、今まさにシェルターに行く途中だったんだよ。あ、そういえばアンタそのカッコ冒険者なんだろ。シェルターの場所知ってたら教えて……いや、連れてってくれよ。ここって地図もないし、俺って方向音痴なんだよー」


「……私を知らないのか」


「ん? どうした。黙っていないで連れてってくれると助かるんだが」


「いや、悪いが私は急用があって付き添うことはできない」


「なんだ、そっかー。って、うっわ! それなんのあとだっ」


 視界に広がる広範囲の激臭を放つ水色の海。実はスライム魔族の死骸であるのだが、アタミは袖口で鼻を覆うと眉間にシワを寄せた。


「ああ、それは――」


「ボトル百本空けたあと、焼きそば十人前食って踊りながら帰ったときの俺みたい」


「い、いや。これは酔っぱらいの吐瀉物ではなく」


「ヤダなぁ。これじゃ、このあと通った人が困るジャン。よっしゃ、通りかかったのもなにかの縁だ。ここはひとつプロの事務職員としてバッチリ掃除してやろう」


「そうか、では私は――」


「なにいってんの。お姉ちゃんも手伝うの。アンタが自分でぶち撒けたんだから。恥ずかしいし惨めかもしんないけど、ひとつここはガンバロ!」


「え、え、え?」

「俺、モップとブラシ持ってくるから待ってて」


 アタミは背負っていた風呂敷包みをヴェロニカに渡すと元来た道をダッシュで戻っていった。


「私ではない」


 ヴェロニカは一瞬だけ躊躇し、手にした風呂敷包みをそっと床に置くと風のようにその場を走り去った。



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