13「非常警報」
「君たちS級冒険者をここに呼んだのはほかでもない」
冒険者ギルドの総支配人であるデニス・ゴールドマンは事務所の最上階にある会議室で居並ぶ幹部を従え厳かにいった。
「って、確かS級は全員非情呼集をかけたのになんで君たちしかいないんだよっ?」
ギルドマスターであるデニスは脂肪の詰まった腹をシャツの上から震わせて叫んだ。
なぜなら彼の前には『暴食』のヴェロニカと“剛力”のシシンバの姿しかなかったからだ。
「ガッハッハ。ギルドマスターよ。荒ごとならほかの腰が重い連中なぞ頼みにしても無駄ってもんだ。そもそもこの俺シシンバさまひとりがいりゃあカタは着くってもんよ」
シシンバは大口を開いて豪放磊落に笑うと自慢の牙を光らせ自分の胸をドンと叩いた。
「そ、そりゃあ私だってシシンバくんの実力はよぅく知っているが」
獅子の頭部を持つライオスという種族の亜人である。
シシンバは大力無双で知られ、魔獣討伐や盗賊退治でランキングを駆けあがった根っからの武闘派だ。
「なら、とっととそこのエルフの娘っ子を帰らせることだな。じゃなきゃ気分が悪くて、頭からガジガジってやっちまいそうだぜ。ああん?」
強烈な雄度を誇示しながらシシンバは目を閉じて立っているヴェロニカに圧力をかけた。
「煩い子猫だな。ギルドマスター、ひとつだけその子猫に私も賛成だ。今回の件は私ひとりで充分。そのみゃあみゃあ泣き叫ぶ畜生はとっとと引き取るよういい聞かせてくれ」
「なぁヴェロニカ。おまえ俺のことを舐めてるのか? 女だからって、俺ぁほかのやつみたくおまえになんぞ容赦しねぇぞ?」
「猫は嫌いじゃないが躾がなっていない野良は撫でるのに躊躇する。汚らしいノミがいるとかなわない」
「テメェ、喧嘩売ったのはそっちだからな。おお?」
ふたりはS級冒険者の中でももっとも扱いづらい。
デニスは額から滴る汗をハンカチで忙しなく拭き苦いものを噛んだような表情でふたりに語りかけた。
「キミたち。今はじゃれあっている場合じゃないぞ。地下の封印施設からX指定の魔獣が管理部の職員を殺害してダンジョンに逃走したのだ!」
「X指定……」
ヴェロニカの表情がいつも以上に険しくなり、シシンバは牙を剥くと腹の底に響くような声で低く唸った。
「ギルドマスター。こりゃ洒落や冗談じゃ済まねぇぜ。いくら俺でもX指定の魔獣を狩るには少しばかり準備不足だ」
傲慢で自信家のシシンバが弱音とも取れる言葉を口に出した。ヴェロニカは黙ったまま胸の前で組んだ腕をそのままに目を閉じた。わずかに彼女の表情から厳しいものが消えた。それはギルドマスターを疑って変化したものではない。どこか清廉な観音のように悟ったような心が面に現れたのだ。
「いや、確かに急すぎるしギルドとしても準備不足だ。おまけにS級は君たちふたりしかそろえることはできなかったが、幸いにも補充の人員はかなり集めることができた」
デニスが目配せすると入り口の扉が開き、ひと癖もふた癖もありそうな冒険者たちが部屋中を占拠しそうなほどドドッと雪崩れ込んで来た。
「彼らはみなB級C級の手練れだ。君たちの助けには充分なると思うが」
「おれたちも連れていってください」
「きっと力になりますよ」
「サポートは任せてください」
三十を超える血気盛んな男たちが青い怪気炎を上げながら自分の存在をアピールする。
「ちっ。仕方ねぇな。なら、まとめて面倒見てやるかっ。おまえら、死ぬ気でついてこいやっ。今度の相手はチトつれーぞ?」
と、このように頼られれば元よりお山の大将気風であるシシンバも気勢を上げて右腕を天に突き上げ吠えた。
デニスも男たちの頼もしい姿に満足気に頷いている。
対照的にヴェロニカは終始一貫して集団からは一歩引き冷めた目をしていた。
「おい、ヴェロニカ、どこへ行く? 連れてってやるからテメェも支度をだな」
「群れる気はない。私は別行動を取らせてもらう」
それだけいうとヴェロニカはギルドマスターとひとことふたこと話、シシンバたちを無視する格好で足早に部屋を出た。
「チッ。まあいい、どっちにしろX指定のバケモンを狩るのはこのシシンバさまだぜ。ギルドマスター。そいつは、いってぇ今どこにいやがる?」
「う、うむ。職員の話によると、やつは一〇八番坑道に身を隠したらしい」
「一〇〇超えが。コイツは嬉しくて涙が零れるね」
シシンバがギリリと狂悪ば牙を噛み合わせて歯軋りをする。冒険者ギルドの事務所の地下にはストラトポン近郊でもっとも深いといわれるゴルゴン迷宮に繋がっている。
ゴルゴン迷宮は無数の坑道に枝分かれし、推定で一〇〇〇を超える入り口には番号が振られており、現在ギルドで攻略済みの八〇以降はすべてが未知数であった。
「X指定の魔獣に未知の坑道。コイツで燃えなきゃ冒険者じゃねぇや!」
そういうとシシンバはライオスのトレードマークであるたてがみをぶるると震わせ獰猛な目つきで笑った。
「なんだこの音は」
いつもと変わらずアタミが受付で仕事をしているとロビーの隅で沈黙を守っていた妙な鳥が鳴きはじめた。
「うるっさいな。この鳥、発情期か?」
「非常警報ですよアタミさん」
慌てた声に視線を転じると、そこには分厚い防災頭巾を被ったフランセットが焦った様子で引き出しの書類を鞄に押し込んでいた。
なるほど。確かにフランセットがいうようにロビーの冒険者やギルドの職員たちは泡を食って右往左往している。
「アタミっ、アンタもトロくさいことしてないでとっとと逃げる準備しなさいよねっ」
アンジェルはピンクのザックに重要書類をパンパンに詰めて額に汗を滲ませていた。
「おお、なんか大変そうだな」
「だから、とっとと手ェ動かせっていっとるんじゃーっ」
「落ち着け、パニクるな」
アンジェルの蹴りをひらりとかわしてアタミは首を左右に動かしコキコキ鳴らした。
「新入りのアタミにゃわかんないかもしんないけど、あの鳴き方はレッドよ。つまりは、もたもたしてると死人が出るってレベルのやつなのっ。とろとろしてると、ホンッとひとつっきゃない命なくすはめになるわよ! って、無視するなあっ!」
アタミはアンジェルの言葉を聞き流しながらボケッとした様子で止まり木で翼をバタつかせ、異様な高音で喚く頭が真っ赤な鳥に視線を注いでいた。
「あの妙ちくりんな鳥の鳴き声が警報代わりなのか」
「あれはギルドに危機が迫ると事務所の防災本部から魔力波を感じて鳴き出すキウカンチョウです。アタミさんも早く身の回りの物をまとめてわたしたちと一緒に避難シェルターへ避難しましょう!」
「わかった」
アタミはフランセットのいう通り、受付カウンターに並んだ品をハミングしながら片づけはじめる。
「アンタ、マジで大物だわ」
アンジェルは不思議なものを見るような目でアタミを見つめた。