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12「S級女冒険者」

 暇そうに駄弁っていた冒険者たちがなにごとかというように、我も我もと集まってゆくのでアタミたちからの位置ではなにが起こっているかわからなかった。


 声にも質というものがある。人々の歓声やざわめきは驚きと畏怖とが強く入り混じっておりアタミはそれを嗅ぎ分けるかのように鼻をぴくぴくと蠢かした。


「なんかあったのか?」

「あれは――S級冒険者のヴェロニカです」


 フランセットの声を聞くよりも目の前に出現したヴェロニカという冒険者のインパクトのほうがはるかに強烈だった。


 長身で白い防具に身を包んだ女がずりずりと巨大な袋を引っ張って歩いていた。囃し立てるようにしていた人々は少女が進むために自然と道を開けた。


(長い耳か。エルフだな)


 アタミが旧知であった白薔薇騎士団のミモレットと同じく少女の種族はエルフという亜人であった。


 金髪に碧の瞳。意志の強そうな引き締まった口元。エルフは男女とも例外なく美形であるがヴェロニカはアタミが知る限りでは最上ランクといっていいほど際立った容姿の持ち主であった。


 もっともアタミが気になったのはヴェロニカが引き摺っていた袋の中身である。大袋から染み出している赤黒い血はアタミが嗅ぎ慣れたもので、嫌悪感よりも懐かしさのほうがずっと強かった。


 ヴェロニカはカウンターに視線を転じると目が合ったフランセットを故意に無視して、エルフ族であるシェリーという受付嬢の下へ向かった。


「依頼を達成した。報奨金のほうをいつものように頼む」


「は、はいっ」


 ヴェロニカはそれだけいうと引き摺っていた大袋の荒縄をしゅるりと引き抜いた。


 ロビーに響き渡るような歓声がドッと上がった。

 その袋の中には、今しがた斬り落としたばかりと思われる竜の首が入っていた。


「依頼書にあった沼竜だ。私の口座に金は振り込んでおいてくれ」


 それだけいうと美貌の冒険者は振り返りもせずに、そのまま入口へと戻ってゆく。


 ヴェロニカが動くと野次馬たちは示し合わせたかのように静まり返った。


 それから再び女冒険者の姿が見えなくなると、なんやかんやと口角泡を飛ばしあたりは騒然となった。


「あれがS級『暴食』のヴェロニカか! おらァはじめて見たぜ」


「こぇえくれぇの美人だな」


「なんでもまだ十八だそうだが、ギルドに登録して一年でS級にまで到達したからってのが嘘みてぇな戦歴だな!」


「五つ星の高難易度をひとりで達成できるのはS級でも数える程度だとよ」


「あの首は噂になってた沼竜だ」


「S級冒険者でも難易度と報酬が釣り合わねぇからって放っておかれたのを、ひとりでやっつけるなんざ、さすが生粋のストラトポンっ子だねえ」


「彼女は報酬金額よりも、むしろ難易度が高いものばかり選んで受けてるって話だ」


「命知らずのなのか、それとも社会奉仕が生き甲斐なのか。おれたち下々の者にはまったく理解できねぇな」


「へん。社会奉仕が趣味だっていうんなら、おまえさんがいっちょアタックしてみたらどうだね」


「冗談はやめてくれよ。ヴェロニカの人間嫌いは知れ渡ってるだろ。以前、A級の勘違いした小僧がしつこくヴェロニカにつきまとった挙句、半殺しにされて丘の時計台に吊るされたのを忘れたとはいわさねぇよ」


「いくら美人で腕が立っても、沼竜の首を平然と転がすような相手じゃおれの孝行息子もしぼみ上がっちまうぜ」


「おまえのが役に立たないのは前っからだろ」


 ひとしきりヴェロニカの話題で盛り上がると冒険者たちはそれぞれ自分の用事を片付けるために散っていった。


「アタミさんもお聞きになったように、ヴェロニカさんは大の人間嫌いらしくって、シェリーが受付にいるときは絶対にほかの者とは徹底的に口を利かないんですよ」


「なにそれ、差別主義者ジャン。そんなんで社会を渡っていけるの?」


「いえ、シェリーがいないときは普通にわたしたちとも仕事のやり取りをしますが、それ以上に彼女は一切プライベートの話はしないんですよ」


「ま、彼女は仕事と私事を分けてるだけだろ。それにここには仕事を貰うだけの場所だと完全に割り切ってるだけかも知んないし、あんま気にしないほうがいいぜ」


「アタミさん、結構ドライなんですね……」

「ドライっていうか、普通だろ?」


「わたしは、結構、そういう態度されちゃうと気にしちゃいますね。実は、わたしもストラトポンの生まれなんですけど、実家は山のほうでかなり田舎なんですよ。だから、わたし小さい頃からご近所づきあいって大事なことだって、祖母や母から仕込まれましたから、その冒険者の方と接するときは時間に余裕があればなるべくコミュニケーション取ろうっていうスタンスでやってきたんですけど。彼女だけはあいさつもほとんどかわしてくれなくて。あは、ダメですね。仕事とプライベート分けて考えられないなんて、プロ失格です」


 アタミはため息まじりにそういうフランセットを見て、ぽりりと頬を掻いた。


(なんちゅーか。このフランセットって娘、身なりはばっちり決めてるいかにも仕事ができますってキャリアなのに、かなり情に振り回される性格なんだな。生き辛そうだな)






 男は地下で復讐を誓っていた。


 確かに以前、このギルドの地下牢に放り込まれる前の男は狭量で協調性の欠片もなく自分勝手で己が功名を上げるためならば仲間の死も厭わない最低最悪の人格だったかも知れない。


 だが、少なくとも男はギルドに対しては絶対的に忠誠を誓っていたし、人間社会の平穏を脅かす魔族に対しては媚びることなく正義の旗を振りかざして、戦い抜いた。


 そして最後まで軍門に下ることなく命を賭して抵抗した。


 その結果がこれだ。


 今のこの有様は。武運拙く敗れて魔王軍の捕虜になったときも、男はギルドの機密を明かすことなく歯を食いしばって耐えて来た。


 ひとえに、いつか冒険者ギルドが勇士である自分を助けてくれると信じていたからだ。


 実際、ギルドは男が考えていたように救助を寄こしたが、そのあとが問題だった。


 魔王軍の拷問によってほんのちょっとばかり顔貌が変わっただけでギルドは男を地下の、それも一部の人間しか知ることのできない奥深くに、まるで穢いものを仕舞うように閉じ込めたのだ。


 さすがにギルドの一流職人が作り上げた結解は強力だった。


 今日に至るまで微塵の綻びはなかった。

 しかしつい先日のことである。


 長年の努力の結果、鎖と錠にわずかであるがゆるみを生じさせるのに成功したのだ。


「待っていたんだ、このときを」


 男はジメジメして薄暗い地下の牢獄で大きく身震いする。


 今日は、一カ月に一度、職員が食料を供給に来る。

 絶好の機会である。


 このときを逃せば、自分が生きて日の目を見ることはもはやないだろう。


「おーい、ポチ。エサの時間だよー」


 男は研ぎに研いだ牙を、まず、目の前の間抜けな職員に思う存分突き立ててやろうと薄く闇の中で笑った。



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