第7話 回復魔法の奇跡 2
「途中で騎士に会ったので追跡を任せてきました」シャノンがそういって戻って来ると、物乞いの姿をみて目を見開いた。
「え、あ、脚が……」
「そうなんだよ」俺は頭を掻いた。
「1級ポーションでもここまですぐには……」
回復した男は自分の脚を触り何度も確認して、立ち上がってジャンプして、その場で駆け足をしていた。
一通り済むと彼は口を開く。
「この恩は必ず返します。あ、冒険者の方ですか。ならパーティに入れてください。え、違う? 今からギルドを作ろうとしている? なんですって。俺も入団させてください」
「おい、シャノンべらべらしゃべるな」
「べらべらしゃべってるのはこの人ですが」
「あ、申し遅れました。俺、ヒルバートって言います」
ヒルバートは俺とシャノンに握手した。というか勝手に手を握った。忙しいやつだ。
たぶん俺より歳は若い。ひげ面で汚れているから、なんとなく老けて見えるけれど。
俺は自分の手を見た。魔王討伐の冒険中これほど能力はなかった。
ザックの腕がちぎれたときは、飲み込まれようが吹っ飛ばされようが何とか回収して、接続するために回復魔法を使い、さらに補助的に、ダイアナが生成した特性のポーションを使って腕の動きに支障が出ないようにしていた。
それが何だこれは。どうして脚が生えて、その上ジャンプだの駆け足だのが平気でできる?
わからん。もう少し被験体が必要だ。
あ、いいのがそばにいるじゃないか。
「あっちに座ってる女は知ってるやつか」
俺は、何の練習かわからないが空中に蹴りを入れ始めたヒルバートに尋ねた。
「ああ、左手ない女の人ですか? ケリーですよ。時々助け合って生きてました」
腕がないほうが、脚がないより恵みをもらえたりするのだろうか。そんなことを考えながら、俺はケリーと呼ばれた物乞いのもとに戻った。
ケリーは先ほどと同じように道の隅に座り込んで、うなだれて、足音を逃さないように耳を傾けているように見えた。俺たちの足音をとらえた彼女が顔を上げる。
「ああ。先ほどはありがとうございま……ヒルバート! あなた、脚……」
後ろからついてきたヒルバートを見ると彼女は口をあんぐり開けた。
「ど、……どうして。そんなのあり得ない。あなたの脚は……」
「うるせぇ、黙ってろ」
俺は言って、彼女の腕を見た。肘から先のない腕は、切断面が布で覆われているが、ヒルバートのように血で汚れているわけではない。
「治療はしたのか?」
ケリーはヒルバートを見ていたが、俺の言葉に顔を戻し、答えた。
「はい……。銀貨数枚で買った3級ポーションで傷口を回復させました」
「布をとるぞ」
ケリーは顔をそらしたが、頷いた。
布を解いていく。肘で折れ曲がった腕は、その先が丸く、皮膚の塊のようになっている。
「触れると痛むか?」
「いいえ……」
ケリーは耳を赤くして答えた。俺は腕にふれる。やわらかい感触。ケリーがわずかに反応する。神経も完全にこの形に収斂しているようだ。
この状態から治るのだろうか。治療という意味ではすでに治っていると言っていい。
「ヒルバートの脚のように、昔のように、腕を取り戻したいか?」
ケリーは俺の目を見て、その腕を俺の胸に押し当て、涙をこぼした。
「取り戻したいです! また冒険者として生きていきたい! お願いします! 私の腕を取り戻してください!」
「痛むかもしれないぞ」
「構いません! 腕が戻るならどんな痛みでも耐えます!」
ケリーの目は充血し俺を睨んでいるように見えた。彼女は冒険者に戻れるのなら悪魔とでも契約するだろう。
俺はケリーの両腕に触れ、回復魔法をかけた。
ケリーは腕の先を凝視し、その目を見開いた。
丸くなっていた腕の先が徐々に伸びていく。手首のある部分まで伸びるとそこから展開するように放射状に皮膚が伸び、指を形成して、そのあと、手のひらの肉がついていく。
腕が直った。いや、新たに作り上げられたと言って差し支えないほど、その工程は治癒とは程遠い。
ケリーは呼吸を震わせ、自分の両手を見つめる。指を動かして、涙を流す。
「ああ、嘘! 腕が」
指が動くことを何度も確認して、実感を手に入れようとしてるようだった。
ケリーはその新しい腕で俺の胸に縋りついた。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
彼女の言葉は徐々に形を崩して、最後は叫ぶように泣いていた。
俺はケリーの腕をつかむ。ケリーは俺の腕の温度を確かめるようにつかまれた部分を見ている。
「回復魔法を受けている間、痛みはなかったか」
「いいえ。ありませんでした。空気に触れる感覚がだんだん戻ってくるような感じがしました」
俺は振り返った。感極まったのか2人とも泣いている。
「シャノンなんでお前まで泣いている」
「だって……、だってぇ……」ワンピースの袖の色がさらに暗くなっていく。
「ヒルバート」
「はい」彼は手のひらで涙をぬぐった。
「脚の筋力は、切断前、つまり現役だったころと同じか?」
「あの……正確にはわからないですけど、違和感が全くないのでそうだと思います」
俺は自分の両腕を慈しむように見つめるケリーの顔を見てあることに気が付いた。
彼女の顎をつかんで観察する。ケリーの顔には傷跡があったはずだ。
それがなくなっている。
「おいシャノン、見てみろ」涙を拭いたシャノンがかがみこんでケリーの顔を見る。
「傷跡がなくなってます。そんなこと……」
「あり得ないよな」俺はケリーから手を離した。
ケリーは自分の頬をさすって、傷跡がないことを確かめる。皮膚のひきつりがなくなったケリーは、たれ目で柔和な印象を与えるかわいらしい顔をしていた。
俺は眉間にしわを寄せた。
大教会の神官だってここまでの回復魔法は使えない。なぜこの俺が、きつい修行を続けるあいつらより桁違いに強力な回復魔法を使える?
わけがわからん。
「あの、どれだけかかっても必ず恩を返します。金を払えと言われれば死ぬまで稼いで返します」
「俺も何でもします」
自由に動けるようになった彼らがその自由を振りかざし、俺の服にぶら下がるんじゃないかというほど縋りついて、恩を返す恩を返すうるさい。
お前らの腕とか脚が治ったんはほとんど事故じゃい。副産物じゃい。
「いつか何かの形で返してくれればいいから。飯おごってくれるとかな」
と言いながら、やつらの腕をゆっくり引きはがす。引きはがすたびにまた縋り付いてくる。
「そんな! それでは俺の気が収まりません」
「私もです!」
うっとうしいわ、マジで。俺はキレた。
「それより、早く冒険者に戻れ、バカたれ! 冒険者に戻ってクエスト消費して金を稼いで生活を安定させろ! 俺に恩を返すとかわけわかんねぇこと言うのはそれからだボケ!」
そういうと、二人はまるで聖人でも見るように、目に涙をためて、黙り込み、そのあと居住まいを正して、背筋を伸ばして、言った。
「はい! わかりました! 冒険者として復帰してまいります!」
彼らは走ってどっかに言った。大方、ギルドに冒険者申請をしに行ったのだろう。がんばれ若人よ、俺のように受付嬢から拒否されないことを祈っているぞ。
シャノンは彼らの後姿を見つめていた。
「シャノン」
「はい?」彼女が振り返る。
「昔シャノンに回復魔法をかけたときは傷跡残ったよな」
「ええ。見せますか?」
彼女は胸元を見せようとした。一瞬、ドレスの布が裂けるような音がする。
「いい! いい! やめろ!」
俺は額に手を当てた。この子と会話するの疲れる。心臓に悪い。
「回復魔法のレベルが上がったのでは?」シャノンは思いついたように言った。
「俺は大教会の神官とかじゃないし、修行をしてきたわけでもない。そんなやつの回復魔法のレベルが上がるなんて、そんな話きいたことあるか? 結構な苦行をしないとレベルは上がらないはずだぞ」
「そう……ですよね。……では、ルベル様の魔力量が増えたのでは?」
「何もしていないのに?」
「ですが、魔術師が基本魔法でも強力な力を出せるのは、凡人と違って魔力量が多いからですよね?」
「……確かに」
確かめる必要があるな。
「ちょっと火炎球でも覚えて試してみるか」