第5話 ここに住まわせてください
息巻いてきたのはいいのだけど、今後どうしよう。
というのも、シャノンは宿を捨ててきたわけで、
「ここに住まわせてください」とか言い出した。
勝手な奴である。
あなたのせいでこうなったのよ、と言おうとしたがどう考えても、俺があほなこと(ギルドを作るぜ、ヒャッハー)を言ったせいだわ。マジでやらかした。何を言おうが後の祭りである。
「住まうのはいいが、……いいのか? いや良くないだろ」
「どうしてですか! これから私たちはギルドを作るという使命を持った運命共同体ですよ。寝食を共にすべきではありませんか」
こいつには塩梅感というものがないのかね。0か100しかねぇ。話し合いで和解できないなら殺すしかないですね、とか言いそうだからあんまケンカしたくねぇわ。
俺はため息をついた。一から説明しないとダメか? ダメだな。
「あの、あなたはうら若き女性なわけです、ね。俺みたいなおっさんとあなたみたいな美人さんが一緒に住まうのはまずいでしょ」
シャノンは顔を赤くして、両手を頬に当てた。
違う、今反応するのはそこじゃない。ちゃんと話を聞け。
すぐにまじめな顔になって言った。
「いいえ。私はルベル様を尊敬しているのでかまいません」
「襲うぞ」
「望むところです」
シャノンは顔を真っ赤にして、それでもなお俺の目を力強く見返してきた。
くそぉ、強いなこいつ。しばらくにらみ合っていたが、俺は根負けして言った。
「わかったわかった。勝手に住めばいい。それはいいが、おまえ、その服どうにかしないとな」
シャノンは鎧下しか着てなかった。ギルドに鎧を投げ捨ててそのまま来てしまったからなぁ。
「宿に荷物も取りにいかないとなぁ」俺は頬杖ついて言った。
「私これしか持ってませんよ」
流浪の民かね君は。魔王討伐時の俺たちみたいなことしてんじゃねぇよ。
「じゃあせめて普通の服を買え。そこら辺をきゃあきゃあ言いながら歩いてる女どもと同じような服だ」
「私は冒険者です。冒険者は常に鎧を着こみ……」
「うるせぇ! お前は寝るときも鎧を着てたんかボケ! ちょっとは譲歩しろこの」
「……はい」シャノンはチョー不服そうにそう言った。
で、服は無理やり買わせに行くとしてだ、ギルドを設立することをまじめに考えなきゃならなくなったので、考えると、それなりに金が必要なわけで(金貨3枚)、報奨金を十割全部もらっていたら話は違ったのだろうけれど、今の俺の全財産といえば持ち家(平屋、農民の家みたい)と銀貨数枚なわけです。
ギルドをクビになり実入りのなくなった俺にどうしろというんだね。え?
みたいなことをやんわりやんわり伝えたところ、
「そうですね」とシャノン。
そうですねじゃないのよ。
「そもそも、どうして俺なんかと一緒にギルドを作ろうとする? 今までの生活に不自由はなかったはずだ」
「私はルベル様がいたからあのギルドに入ったのです。ルベル様がいなければあのギルドにいる意味はありません」
出たよ二極思考。人生特攻。
マジで今までよく生きてこれたな、と思ったが逆にこういう性格のほうが、命のやり取りする冒険者としては生き残れるのか。知らねぇけど。悩みとか全然なさそうだし、判断力えげつねぇからな。
ザックもそうだったし。いや、あいつは判断材料になんねぇわ。即断即決で死にまくってたもんだって。あいつは、ただのバカだな。
俺は一番知りたかったことを尋ねた。
「どうしてそこまで俺にこだわる? 俺が元伝説のパーティーの一員だからか?」
シャノンは首を振った。
「いいえ、あなたに命を救われたからです」
「それなんだが、俺は覚えていない」
シャノンは下唇を噛んでうつむき、それから、顔を上げて俺を見据えた。
「私がまだ幼いころでした。10年近く前です。チェスター村を訪れたのを覚えていませんか? 近くの森で私は家族と山菜取りをしていました。そこに魔物が現れ私は……」
チェスター村は確かに立ち寄った。水と食料の調達のためだった。
近くにダンジョンがある危険な地域だったが、敵国との国境付近の村であったために仕方なくそこに住居を構えているといった風な村だった。ダンジョンのレベルも高く、追い出されたゴブリンなどの弱い種族が村を襲うことが頻繁にあった。
そのため、彼らは武装し、戦闘にたけていたはずだが……、
「あの日現れた魔物はいつもより強力な魔物だった。あれは俺たちのせいだ。ダンジョンを攻略した直後だったからな。俺たちから逃げた魔物がダンジョン外に逃げ出したんだろう」
「ええ。その話は大きくなった時に聞きました。私がまず襲われ、胸に魔物の爪が突き刺さりました。家族は私が死んだと思ったようです、ええ、確かに死にました。けれど、ルベル様が私を救ってくれました。家族も。私はルベル様に恩を返したいのです」
シャノンは微笑んでそう言った。俺は頭をかいてうなった。
「俺に恩を感じることはない。さっきも言ったがあれは俺たちのせいなんだ。もし俺たちが遅れていたらと思うと今でもぞっとする」
俺はシャノンの目を見た。
「君の人生だろ。俺なんかに囚われずに好きなように生きればいい」
「私は……」
シャノンはそういうと顔を赤くして、口を何度かパクパクと動かしたが、そこから出てくるはずの言葉は気化したようにかすれ、俺の耳に届くことなく、彼女は黙ってしまった。
沈黙の後、耳まで真っ赤にした彼女は、
「それでも、ルベル様についていきたいのです」
その言葉だけを絞り出した。
「そう……か」
彼女の性格にしては珍しい反応で、俺は困惑した。すぐにずばずば言うもんだと思っていたが、言いづらいことはやはりあるらしい。
俺は立ち上がって言った。
「別に新しいギルドを作らなくても、別のギルドに一緒に入ればいいんだろ? まあ、ダメもとだけどさ、近くの街で入れるギルドがないか探してみよう」
「それならばそれでもかまいません。とにかく私はルベル様についていきます」
シャノンも立ち上がり、俺たちは家をでた。