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終わりと始まり

作者: you

「あーあ」

そう言って寝転んだ先に見えるのは憎たらしい程にせいせいする程の青空。

俺の気分とは裏腹に清々しい風が吹いた。

平日の会社。

普段なら社内でだらだらと過ぎる昼休み。

だけど今日は会社の屋上にいた。

いつもと違う事情があったから。

「そんな偏屈にならなくてもいいだろう?」

笑いながら佐藤が俺の横に寝転んだ。

佐藤は俺の幼馴染だ。

義務教育間だけでは飽き足らず大学、就職先までもが一緒になるという言わば腐れ縁だ。

「だけどよ・・・」

「君が納得いかなかったらもう一度伝えればいい。」

佐藤はそこで一度笑ってから口を開いた。

「ああ、だけど今度はきちんと直球で言わないと伝わらないぞ」

その瞬間、俺はあの時を思い出して叫んだ。

「俺には無理だー!」

相変わらず憎らしい程の晴天。

沈黙の時間が俺たちを包む。

佐藤といると沈黙が心地良いと感じるから不思議だ。

「そもそもきっかけはなんだったのさ。」

不意に佐藤が聞いてきた。

「きっかけ?」

「好きになったきっかけ」

「あー」

綺麗だったから?

普段話しかけることさえできない様な子と話しができたから?

空は相変わらず清々しく澄んでいる。

俺はあの日に思いを巡らせた。


会社の同期の子に恋をした。

北沢 桃華

眉目秀麗とは彼女の為にある言葉なんじゃないかと思う程、美人なのは勿論だが彼女には惹かれるなにかがあった。

それは他の奴らも同じだったらしい。同期の間では高嶺の花だ。

何人もの男が彼女を遊びに誘ったが彼女はひたすらそれを断っており、最初に彼女を誘えるのは誰なのか専ら話題になっていた。

彼女いない歴史=年齢の俺には到底縁のない話しなのだが。

同性の間では彼女のことを面白く思わない奴もいるらしい。

彼女は同性の間ではいじめの対象だというのは風の便りで聞いた。

どちらもただの噂だと聞き流していたが

俺が他の部署から次の会議で使う書類を預かり自分の部署へ戻ろうとした時、その場面は目に入った。

ボロボロに破れた書類。

それを必死にテープで貼り合わせている北沢がいた。

「おい、大丈夫か?」

俺が声をかけた瞬間、肩が震えたのは多分見間違いではない。

「全然平気です。気にしないで下さい。」

「いや、だってそれ次の会議の資料だよな?」

ついさっき見たばかりの文字の羅列が目に入る。

「そうですね。」

北沢は俺に目を向けることなくただひたすら貼り合わせていた。

「誰かのコピーさせて貰えば?」

「そんな事してまた色々噂が立って誰かが傷つくのは嫌なので。他の人が私と同じ事をしてもどうにもならないのに、私がやるとおかしくなってしまうのは気にくわないけどこればっかりはどうにもなりませんから。」

彼女の話を聞いて美人にも美人なりの悩みがあるんだと理解した。

「そっか。」

「はい。」

「じゃあ、これあげる。」

俺はそう言って彼女に資料を一部差し出した。

「どういうつもりですか?」

疑わしそうに見てくる彼女も絵になるななんて思った。

「俺は北沢が貼り合わせているのと同じ資料を大量に持っている。そして現時点でこれは誰のものでもない。だから一部は北沢のだ。」

彼女の表情が何故かどんどん険しくなっていく。

「何か目的が?」

「は?」

「いえ、なんとなく。」

「善意にいちいちオプションつけないよ。素直に受け取って終わればいいの」

なんとなく野良猫に警戒されている気分になって思わず笑ってしまった。

「何が可笑しいんですか?」

「いや、警戒心強いなぁと。そんな取って食わないから安心しなよ。」

「私、外見で決めつける方は苦手です。」

「それは俺も同感。だから君に対するこの提案はただの俺の善意からくるもの。

受け取るも受け取らまいも君の自由だ。どうする?」

唖然とした表情を浮かべて北沢は初めて俺をみた。

しばらくの沈黙が流れた。

「じゃあ、ありがたく受け取ります。」

「賢明な判断だと思う。」

「ありがとうございます。」

「ああ、それと。」

「何か?」

「怖がらせたお詫び」

俺はそう言ってポケットからのど飴を出し彼女が持っている資料の上に乗せた。

気の利く奴なら飲み物の一本でも奢るのだろうが生憎財布の持ち合わせがない。

「・・・善意のオプション」

「お、上手い!」

俺がそう言った瞬間に彼女が笑った。

野良猫が懐いたらこんな感じかなと思った。


その出来事がきっかけか、それから俺は気がつけば北沢を目で追う様になっていた。

「なあ、これってやっぱり恋だよな?」

ある昼休み、俺は佐藤に持ちかけた。

彼女いない歴=年齢の俺には無意識なこの行動が恋なのかどうか判断できない。

「なんでそう思うのさ。」

佐藤はひたすら目の前の定食をかっこんでいる。

「いや、気づけば目で追っていたなんて恋に落ちた時の常套句だろ?」

「それで、君のそれが本当の恋だった場合、どうするつもりなんだ?」

「それはもう告白するしかないだろ!」

「・・・君のそういう所が・・・」

「なんだ?」

「いや、相手のこと知ってるのか?」

「まあ、噂程度のことしか知らないけどきっと知れば知るほど面白い奴だと思う。」

「あの子は君にとってハードルが高いと思うよ?色々と。」

「それでも俺はこの気持ちを伝えたいかな?」

俺がそう言うと、佐藤は笑った。

「君のそう言う所も・・・」

「え?」

「いや。君がそう決めたなら、納得するまでやってみればいいじゃないか。応援はしないが、結末は見届けてやる。」

「そこは応援してくれよ」

「長年の腐れ縁だと思っている奴の応援は出来ない。まあ、静かに見守ってるよ。」

そう言う佐藤とは全く目が合わず、俺は少しだけ寂しく感じた。


その日、俺は北沢を屋上へ呼び出した。

勿論、思いの丈を伝えるためだ。

「・・・何か?」

黒い髪が風にサラサラとなびいている。

こういうシチュエーションには慣れているのか、緊張で真っ赤になっている俺とは対照的に素知らぬ顔をしている。

「つ、月が綺麗ですね。」

大声で叫んだ。

いつか告白するときに使おうと思っていた言葉。

今となっては有名になった、I LOVE YOUのかわりの言葉。

「今、昼だけど」

彼女から返ってきたのは予想外の言葉だった。



「あれは絶対伝わってないよな。」

「そうだな。」

一通り、何度想いを巡らせても俺の気持ちは伝わっていない。俺の呟きにご丁寧に佐藤が答えた。

「君、少し隠れてくれないか?」

「ほら」と佐藤が視線を動かした先を見ると何故か北沢が屋上の出入り口に立っていた。辺りを必死に見渡して何かを探している。

「なんで・・・」

「とにかくそこに隠れろ」

佐藤に言われるがまま、俺は近くにある用水タンクの陰に隠れた。

俺が隠れたのと北沢が走ってきたのはほぼ同時だった。

北沢が走って向ってきたのは佐藤の所だ。

「あ、あの!」

普段の北沢からは想像できない程高い声。

俺の位置からは声が丸聞こえだ。

「なにか?」

一方の佐藤は俺でも聞いたことない冷ややかな声である。

「やっぱり、私あなたの事を忘れることなんてできません!」

「何度も言っているが、あなたに興味すらないんだ。」

「それでも、私はやっぱりあなたの事を愛しています。」

「何度こられても一緒だ。今後一切君に関わることはない。帰ってくれ。」

佐藤の言葉に北沢は涙目になりながら走り去った。



「・・・もう出てきていい。」

佐藤に言われるがまま、出てきた俺は衝撃を受けていた。

「どういう事だよ。だって北沢は女だぞ。」

「ああ、そうだ。」

「お前と同性じゃないか。」

「まあ、そういう人もいるっていう事だな。だから言ったんだ。君にはハードルが高いって」

「確かに」

しばらく沈黙が続いた。

失恋したはずなのに、衝撃が強かったからか全く悲しくはなかった。

「1つ提案なんだが。」

不意に佐藤が口を開いた。

「うん?」

「君、私と付き合わないか?」

「付き合うってどこに?」

「君は北沢より疎いのか?私が言っているのは男女交際だ」

突然の申し出に頭が付いていかなかった。

「今すぐに返事が欲しい訳じゃない。いつか返事をしてくれればいい。夜でも昼でもな。だから充、月が綺麗だな。」

そう佐藤は言葉を続けた。

「次の満月の夜に返事をしていいか、玲。」

「ああ、もちろん。」


そう言って俺と玲は2人真昼の青空を見上げた。

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