不安と安堵
「天才はどうしたよ?
俺何かやる事あるか?」
まあまだ事情を知らないのもあるが、別所が一応他への気遣いを見せる事に藤は少しイラついた気持ちが静まって来た。
「いや、とりあえずこれから事情話すけど、別所には女性陣の護衛を頼みたい。
私も碓井君もちょっとたて込んでて余裕ないから。
別所だけが頼りなんだよ。」
時に…物理的な指示だけではなくて、相手を認めていて期待していると表明する事は相手のやる気を引き出すらしい。
それをたった今コウの自分に対する言葉から学んだ経験から、藤はいつもは言わない一言を付け足した。
それに対して別所はちょっと目を丸くして、次の瞬間嬉しそうに
「おう!まかせとけっ!」
と力こぶをつくる。
それに対して
「ホントに頼りにしてるから」
と、少し笑みを返すと、藤は
「ちょっと現状説明するからこっち集まって」
と、全員を応接セットのあたりに呼び寄せた。
確かに…別所が頼りだな、と、集まったメンバーを見て藤は思う。
自分は別だ。
幼い頃から財閥を率いて行く跡取りとして育てられている。
自分で言うのもなんだが頭も良いし護身術も学んでいるし、何より意志が強い。
遥は…普通の女子大生としてはしっかりしている。
精神的にも強く大人な方だとは思う…が、所詮普通の女子大生だ。
殺人レベルの中に放り込まれた場合はたかだか知れているし、力があるわけでもない。
あとの二人は高校生カップル。
頼れるかなんて事考えるだけ無駄だ。
それに対して別所は普通の大学生ではあるが、日々ラケットを握っているだけあり腕力もありそこそこ体を鍛えている。
悪く言えば馬鹿な脳筋なんだが、その分怖いもの知らずなところがあり、怯まない。
遥が上手く操ってくれれば使える男だと思う。
「落ち着いて聞いて欲しい。」
特に…女子高生にはきついかな、と思いつつも藤は口を開いた。
「結論から言うと木戸が殺された。
後ろからナイフで刺されてた。」
その言葉にざわつく一同。まあ予測の範囲の混乱なので
「質問はあとで受けるから、とりあえず今は全員とにかく話を聞いて」
と、一言注意して藤は続ける。
「遺体は内側から鍵のかかった舞の部屋で発見された。
舞は私と碓井君がドアをノックするまで気付かずに寝てたらしくて、ノックの音で起きてパニック。
今は3階組は川本の部屋に全員集合させてる。
警察に連絡したんだけど、この豪雨と土砂崩れで明日までこれないっぽいのね。
今は碓井君が遺体を調べて状況を分析してる。
で、私は今その指示で動いてるわけなんだけど…。
とりあえず今言える事は、木戸を殺した犯人を含んだ全員がこの屋敷から出れない状態で、犯人は今の時点ではまだわからない。
だからなるべく一人にならないようにして再犯を防ぐって形にするっぽい。
で、関係ありそうな1階廊下、ダイニング、キッチン、舞の部屋あたりはなるべく現状保存したいって事なんで、これからはみんななるべくこの部屋を出ないで欲しい。
食料は調理しないでも良い様なものを選んで松井に運びこませるから、それで食いつないで。
何かあったら携帯か内線で連絡するから。
あとは…そうだな、個人に対する呼び出しは受けない事。
必ず全員で行動してね。
以上、質問は?」
一気に必要事項を説明し終わると藤は一同の顔を見回すが、みんなあまりの自体に咄嗟には言葉が出ないらしい。
唯一遥が
「藤は…大丈夫なの?」
とだけ聞いてくる。
「うん、私は…ね。
一応護身術は学んでるし、たぶん必要な使いっぱしたら、あとは碓井君と一緒だから。
彼がいればまず安全だよ。」
と藤は答えて、それでも
「気遣いはありがたく受け取っておくよ」
と、礼を言う。
そして
「じゃ、何かあったら携帯でよろしく。
私はあと松井に指示出して碓井君の手伝いしてくるからっ」
と、藤は部屋を出て行った。
パタン…とドアが閉まると、別所が鍵を閉めに行く。
「すっげえな…天才高校生。
あの藤が全面的に信頼して頼ってる図なんて初めて見た。」
シン…とする室内で最初にそう口を開いたのは別所だ。
良くも悪くも単純な別所は今回の一連の行動ですっかりコウのファンらしい。
「うん…なんかさ、殺人事件の陣頭指揮って高校生のレベルじゃないわよね、色々が。
あれだけのイケメンで強くて天才的頭脳の持ち主?」
それをさらに肯定する遥の言葉にユートはため息をつく。
「以前も高校生連続殺人の殺人犯を素手で取り押さえたって武勇伝つきだよ」
「まじっ?!あの今年の夏のやつか?!」
「そそ、あの5人殺されたやつ」
「すっげぇ!!マジ正義のヒーローじゃんっ!!
ありえねー!今回も殺人犯くらい余裕ってやつ?!
ただもんじゃねえとは思ってたけど、かっけー!!」
盛り上がる別所の言葉にユートのため息はさらにさらに深くなった。
そう…すごいやつなのだ、自分の親友は…。
多少の空気の読めなさなど問題にならないくらい高い…あり得ないくらい高いスペック。
有事の時には特に本気でスペックの差を実感させられる。
しかも…空気が読めない、人間関係が苦手と言いつつお嬢様の彼女と実に上手くつきあってたりするのだ。
比べても仕方ないのはわかっているが…何もかもが敵わない状態で、唯一上であったはずの人間関係もとなるとさすがに滅入る。
コウは…アオイは…なんでこんな自分といるんだろう…。
暗く…暗く落ち込むユートに少し不安げになるアオイ。
「今もだけど…側にいてくれるのは…いつもユートだったよね。」
アオイがそういって隣に座るユートの手をぎゅっと握った。
「コウは…強くて、いれば物理的には安全なんだけどさ…側にいて安心だったのはいつもユート…」
少し照れたように笑って、アオイはユートに目を向ける。
「…そう…?」
ユートの反応があった事に心底ホッとしたらしい。
アオイは嬉しそうにうなづいた。
「うん。ユートはいつも落ち着いてるからかな…。
コウは…今は昔ほどじゃないけど、やっぱりお互い多少緊張してピリピリするね」
アオイはそう言ってコツンとユートに頭を預ける。
あ~昨晩から自分もピリピリしてたなぁと、その言葉にユートはふと平常心に戻った。
アオイは良くも悪くも流されやすくて…相手が緊張してると緊張するし、落ち着いてると落ち着く子なんだよな…と、いつもならわかってる事を忘れてたな、と、ユートは反省する。
そしてとりあえずアオイは…日常的に側にいる相手としては勇者より一般人の自分を選んでくれるらしい。
物理的には解決してはいないわけだが、なんとなくホッとしてユートはいつものように自分の方からアオイの手をぎゅうっと握りしめた。
「ところでさ…今度は犯人誰なんだろうね…」
少し安心したのか、アオイの関心は殺人事件へと移る。
「”今度は”って言葉がでてくるところが、ありえない人生送ってるよな、俺達」
その言葉にユートは苦笑した。
「うん。こんな短期間にこれだけ殺人事件に遭遇する一般高校生って…」
アオイははぁ~とため息をついて肩を落とす。
「ヒントは…最初の1階の廊下のメッセージ?
なんかさ、ドラマみたいな展開だよな…。
つか、ジュリエットって誰よ?」
と言ってユートは腕組みをしてう~んと考え込んだ。
「考えられる限りでは…ジュリエット演じて評判だったっていう姫か…
ジュリエット部屋の主の二宮さんか…
でも”殺した”のは誰だ?だからすでに殺されてる人物って事だと…木戸?
いや、それキモすぎだよな、いくらなんでも…
ジュリエットが男って見立ては…映じゃあるまいしなぁ…」
ユートの脳裏を腐女子の友人の顔がよこぎるが、それに対してアオイは
「いや、映ちゃんだってカップリングにするならそれなりの美形選ぶって!
ポリシーあるんだよっ、あの手の趣味の人はっ」
と、きっぱり断言した。
「まじわかんね~。
これ明日までに片つくのか~?
つか、警察来たら解決するってものなのか?」
ユートは頭を抱える。
まさかこのまま容疑者として全員連行とかないよな…と、不安にならないでもない。
少なくともコウとアオイは自分が巻き込んでしまったのだ。
絶対にそんな目に遭わせる事はできない。
だんだん本当に不安になってくるユート。
そんな事を考えているうち、再度別所の部屋のドアがノックされた…。藤だ…。