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弱くて愚かな少女  作者: 一子
オリビアとブライク
9/15

気づく

 読んでくださっているみなさん、ありがとうございます。


 ちょこちょこ改稿していますが、大きな変更点はありません。改めて読み直す必要はないです。


 ただ一点、以前光属性を「金色」と書きましたが、「白」に変更しました。


 よろしくお願いします。



 

 次期侯爵夫人である(わたくし)に与えられたこの部屋は、過度な装飾がなく、品の良い可愛らしい作りをしている。

 

 同じように、この屋敷は全体的に重々しい装飾が少なく、威厳よりも暮らしやすさが優先されていた。それは、家主である侯爵がそれを好んでいるからなのだろう、古い教えに影響されすぎず、けれど慣習は守りつつ、古く不便な物は新しく便利な物に変える。この新しい住まいは快適だった。実家の伯爵家とは、全然違う。


 私はこの父子を恨みながら、けれど恐らく、ただ恨まれるだけの存在ではないのだということにも気づいていた。王都でも領地でも、侯爵は人気がある。それは、侯爵、という地位に向けられた好意ではなく、侯爵本人に向けられた好意なのだろうということも、分かる。お義父様と話をしていると、いつの間にか信頼してしまうのだ。


 けれど、私は。私の能力を利用するために連れてこられ、自由を奪われている。


 もしかしたら、これを機にこの家に入り込み喜んで侯爵夫人になる、という選択肢も、なくはない。いいえ。私は頭を振った。ありえない。いくらこの方達に事情があろうと、人質をとり脅そうとする者の家族になど、なれない。なれるはずがない。人質をとるなんて、ずるくて、卑怯だ。


 この父子は、卑劣な、魔族だ。


 絆されては、だめ。私は、何も言えなくても、戦えなくても、心の中でだけは負けてはだめ。私はいつの間にか生まれていた侯爵への好意に蓋をし、両手を握りしめた。


 まずは、この能力は私だけのものだと、家族は関係ないと、侯爵に伝えなくては。



 侯爵と私は向かい合ってソファに座り、侯爵が手ずから淹れたお茶をいただいている。二人の間に言葉はない。侯爵は深く考え込んでいる。きっと何を話すべきか、吟味しているのだろう。 


 私は、侯爵の憔悴しきって下がった肩を見つめた。背が高いけれど細身の侯爵は、華やかさの中に少しの陰を持っている。その境遇を思えば当然かもしれない。それが人間味を増し、庇護欲をそそり、周囲の人を惹き付けるのだろう。あの男とは、違う。あの男は人形のように人間味がなく、隙もなく冷たい。姿形は似ているけれど、父子だとは気づかない人もいるのではないだろうか。それくらい、似ていない。


 「君が何をどのくらい息子から聞いているのか分からないので、とりあえず何も知らないという体で話を進めていくとしよう。何か思うことがあったら、質問してくれてかまわない。」


  侯爵の言葉に、私は頷いた。


 「私達の家は、魔の国では子爵の階級で、はっきり言って大した家柄ではない。けれど本家がまあまあ大きい侯爵家で、代々王家の暗部を担ってきた家で、まあ、色々とやってきたんだ。」


 色々。その不穏な言葉に私の目が泳いだ。楽しい話にはならないだろう。覚悟を決めて、私はカップを握りしめた。


 「情報収集もその一つ。けれど、人の国はとても閉鎖的だった。王族は光属性の子を増やすために、近親婚、重婚を重ねて、それでも光属性の使える子供はあまり生まれないから、いらない王族ばかりが増えた。その子達がやがて国の中枢を担うようになった。だから機密に触れられるのは、王族とかなり高位の貴族のみで、魔の国の並みの密偵では殆ど情報を手に入れることができなかった。そこで本家は、人の国の貴族の中に密偵を潜り込ませることを思いついた。」


 侯爵の話は簡潔で分かりやすい。私は相づちを打ちながら、静かに、話を聞いていた。 


 「魔の国の情報を持って、戦争で一旗揚げたのが私達、人の国での侯爵家のはじまりだ。それからは、それぞれが得意な分野で人の国に貢献してきた。私は政治の道に進んだ。けれど、どうしても騎士団の情報が必要になって、ブライクは魔法が使えるけれど騎士になった。」


 そこで侯爵は突然、不自然に会話を途切らせた。私が小さく首を傾げると、侯爵が小さく呟いたのが聞こえた。


 「思えば、ブライクには何一つ自由がなかった。あの子の人生は全て家族のためで、私こそが自分のために生きてきた。あの子は優等生で文句の一つも言ったことがなかった。今更こんなことに気づくなんて、私こそが、何も見えていなかったのか。」


 侯爵はそのまま口を閉ざした。けれど暫くして、頭を振りこちらに目を向けた。


 私はあの男の話が気になりつつ、けれど頷いて先を促した。


 「すまない。話の続きをしよう。何代かは、当主が密偵を続けていた。けれど、ごく自然と、人の国に傾倒する者が現れた。魔の国の本家の者達は焦った。密偵の裏切りや偽の情報は、魔の国にとってかなりの打撃となってしまうからだ。」


 確かにそうだ。密偵を送り込んだはずが、送り込まれたことになれば、被害は計り知れない。


 「そこで魔の国の本家、侯爵家は、子爵家の密偵が裏切った場合、子爵家に縁のあるもの全てを死刑にする、という約定を定めた。驚いた子爵家は、それを避けるために、密偵の一親等の家族を人質にとり、裏切れないように、魔の国に縛りつけることにした。」


 え。


 ええ。そんな、そんな。


 私は驚いた。


 人質は魔王がとっているのだと思っていた。けれど、そうではなかった。まさか血縁者が、密偵の家族を人質にして任務を強制しているなんて。親戚同士で。そんなことを。なんてことを。


 「私には物心ついた頃から母親がいなかった。正式には、産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなったことになっている。事実は、魔の国で人質として囚われていた。私は成人して母が生きている、魔の国の密偵をしろ、と父に言われ猛反発した。人の国も、人も、陛下も、友人達も、領地の人達も好きだった。そんな私に危機感を抱いた父は、私の学校が休みになる度に母のもとへ行くよう命じた。結果的にそれは効を奏した。私は今まで知らなかった母の温もりに抗えず、密偵として生きていくことを誓った。」


 家族の絆が、鎖のように侯爵に巻き付いているのが見えた。


 「私は同時に、子を成さないことも誓った。父はしかめっ面をしていたけれど、結局何も言わなかった。そしてその後、結婚を勧められたことは一度もなかった。」


 懐かしそうに目を細める侯爵は子供のような顔をしていた。父親との良い関係が言葉はなくとも伝わってきた。


 「私はその時叶わぬ恋をしていた。相手は前国王の弟の子で、光属性の持ち主。彼女自身は魔法の才能が無いと思われていたけれど、強い攻撃魔法を駆使する婚約者との間に強い子を産むことを切望されていた。妻のことだ。」


 侯爵も、夫人も、それぞれが、色々なものを抱えて生きていたのだ。いいえ、まだ、今もなお、抱えているのだろう。辛く、苦しいものを、沢山。


 「どうしても諦めることができなくて、一生思い続けることにした。彼女との結婚など、望むことすらできない立場で、だが、それで良かった、片思いで、良かったんだ。そんな時、現陛下に呼ばれた。」


 陛下。私は驚いて目を見開いた。なぜここで陛下が登場するのだろう。色々な事情が複雑に絡み合って、まるで終わりの無い迷路のように入り組んでいる。


 「聞かれたのは、妻と結婚したいかどうか。したいのなら口説き落とせと言われた。妻が頷けば、結婚を許すと。」


 普段大人の余裕を漂わせている侯爵が珍しく、純粋な笑みをこぼした。まるで少年のようなその瞳に、思わず私も微笑んでしまった。


 「まさに、晴天の霹靂だった。嬉しかった。光属性の王族との結婚なんて万に一つの可能性もないものだ。私は必死で妻を口説いた。」


 侯爵はニヤリと、いたずらを成功させた少年のように笑った。


 「妻は王族で、幼い頃から婚約者がいただろ。全く男慣れしていなくてね、本当に、可愛かった。」


 そこで侯爵は一息つくと、窓の外へと目をやった。


 「良かった。妻がもし頷いてくれなかったら、どうなっていたか。私には分からない。陛下は私に何も教えてはくれなかった。当時、強い光属性魔法を持つ王族は、陛下と陛下の妃、それから妻の婚約者、その三人しかいなかった。けれど一人女の子が、才能を発揮しはじめた。それで恐らく、妻の存在が邪魔になったんだろう。実際妻の元婚約者は、その女の子と結婚した。」


 第三者としては、王家の事情を考えれば正しい判断だったと思える。けれど、当事者の夫人からすれば、ひどい話だ。魔力が無くても子だけは産めと強要されてきたのが、他に替えがみつかったらあっさりと、捨てられてしまうなんて。


 「もちろん妻も、その事に気づいていたから私の手を取ったのだろう。とても辛い決断だったと思う。だからせめて結婚生活は幸福なものにしてあげたいと思った。」


 窓の外では、次期侯爵の結婚式を一目見ようと集まった人々が花を撒きながら祝福の言葉を叫んでいた。酒がまわったのか、陽気な歌声と明るい笑い声も響いている。


 「だが、人質である私の母が死んだらどうなる。すでに父は他界し、私の一親等以内の親族は妻だけになってしまう。」


 侯爵の言葉に、幸福感は一気に消えていった。そうだ、人質を出さなければいけないのだ。王族の夫人が、夫が実は魔族で、自分は魔の国に人質として行かなければならないと知ったら、どうなるだろう。


 「けれど、それでは、子を作りその子を犠牲にするのか、私は迷った。」


 侯爵の表情にはもう無邪気さはなかった。繰り返される苦しみに、侯爵は、ずっと囚われている。


 「結局、母が死んだら、妻はここに残し、私も死のうと思った。それに妻は子を産むことを望まないのではと思っていた。でもある日、妻が言った。」


 そこで言葉を切った侯爵は、とても大事なものを扱うように、ゆっくりと、優しく、囁いた。


 「貴方と幸せになりたい、と。」


 侯爵にとって夫人のその言葉は、まさに宝物なのだろう。


 「私は若かった。その時私の全ては妻だった。だから、私は妻と幸福になるために、子を作り、その子供達を犠牲にし、人質として魔の国に差し出すことを決めた。ひどい、父親だろう。」


 侯爵は、問われ答えに困り言葉を探して口ごもった私を、静かに眺めていた。その姿はまるで小さな子供を見守る父親のようで、私は実の父の顔を思い出した。私は小さい頃、ほとんど家にいない父が怖くて苦手だった。けれどある日父が、ダンスが苦手な私の為に一緒に踊ってくれたことがあった。父は武骨で無口なのに、ダンスが上手かった。なぜかと聞いた私に、父は照れながら母の居ないところでこっそり教えてくれた。母と一緒に踊りたかったのだと。私は、若かった頃の父と母の恋の物語を想像した。母を想う父を、大好きになった。そして子供達に向ける厳しい眼差しの中に、優しさが含まれていることにも、気がついた。


 「それなのに、どうだろう。生まれてきた子供達はかわいくて、私は更に捨てられないものを背負うことになった。」


 ああ。


 この方も、優しいのだ。


 私は侯爵の言葉に、微笑むしかなかった。もっと冷たく、愛情深くなければ、苦しまなくてもよかったのに。それでも、愛する妻と子供達を得られただけでも、侯爵は幸福なのかもしれない。


 「息子と娘が生まれてからの数年間はとても穏やかで、私達は幸福に包まれていた。」


 仲むつまじい四人の姿が目に浮かんできた、けれど、過去形で語られたその言葉に、私は暗い気持ちになった。


 「人の国では、成人した15の年に魔法の属性検査を行うことが普通だが、王族は特別で、5歳の誕生日に行う。妻は王族からは外れたが、やはり光属性の持ち主だ。ブライクが5歳になったら受けるようお達しが来た。光属性の血が濃い王族でも子供が光属性になることは希なほど、光と、闇もだが、は現れづらい属性だ。だからブライクが闇属性だったことには驚いたが、まあ、それだけだった。」


 魔法の属性は遺伝しないと言われている。それでも、王族のように光属性ばかりで子を作れば、他の属性を締め出し光属性の確率をあげることができるのだろう。闇属性も同じ。侯爵家では闇属性の者ばかりを集めているのではないだろうか。私は侯爵の周りを飛び回る矢のような黒に目をやった。更に先祖代々培ってきた魔力が父にも母にもあれば、子も当然、魔法の才能に恵まれるだろう。


 私はあの男の、今にも爆発しそうなほど膨らんだ黒を思い出した。


 「だが、一年後に娘が光属性だと言われた時には、本当に驚いた。そして、妻は変わってしまった。妻は娘に付きっきりで王妃教育をするようになった。」


 光属性。


 夫人もまた、苦しみから逃れられなかったのだ。他の属性なら昔を忘れて過ごすことができただろうに。よりにもよって、光属性の娘を授かるなんて。


 「そして娘が10歳の時に、私の母が危篤となった。息子は後継者として密偵になる。人質として差し出せるのは娘のみだった。そして妻は、壊れた。」


 侯爵は、窓の外に視線をやった。その方角に、魔の国があるのだろうか。人の国で育った少女が、突然魔の国に行って、幸せになれるのだろうか。きっと過酷な日々を過ごしているに違いない。そして夫人は、娘の消息を知らないまま、ただただ毎日苦しんでいるのだ。


 ぼやけはじめた視界で、私は窓の外を見ることができなかった。頬を伝う涙がとめどなく溢れても、もう、止めようとすら思えない。私はうつむいて、声を殺して、泣いた。


 「普段は気丈にしている。だが、娘の面影に触れると発作が起きる。それに最近では私といると発作がよく起きるようになってしまった。妻が、私と居るのはもう限界だ。全ては私の責任。だから、どうしても、この連鎖を私の代で絶ちきりたい。そのためには、また沢山の犠牲が必要になるかもしれない。どうか、許してほしい。」


 侯爵の懺悔の言葉は部屋の中をこだまして、宙に消えていった。妻を助けたい気持ちは分かる、けれど、じゃあ、娘は、どうなるのだろう、私は、こらえきれず、侯爵に尋ねた。


 「人質は、どうなるのですか。」


 見殺しにするのだろうか、娘を。涙でかすんだ視界の先で、侯爵が今日一番の笑顔を見せた。予想外の表情に私は少し戸惑った。


 「それがずっと難題だった。娘は光属性の持ち主で、人の国に潜り込んでいる密偵の娘。当然縁談などない。それが二年前、公爵家の跡取りに望まれて、嫁いだ。私の家系はロマンチスト揃いだ。」


 背負っていた重荷が一つ外れた侯爵は、力いっぱい伸びをするとそのまま立ち上がった。


 「長話しを聞いてくれてありがとう。オリビア、君が居てくれたことに、私は感謝する。子供達を、頼む。」


 それは晴れやかな笑顔だった。侯爵のその笑顔に、つい、はいと私は応えてしまった。応えてから、やっぱり、あの男の面倒を見る自信はないと言おうとして、口を閉じた。


 その姿を見るのは今日が最後になるかもしれない。不吉な予感が、なぜか胸をよぎって、私は、口を、閉じた。




 それから暫くして、男が部屋の扉を叩いた。私は夜着の上に羽織ったガウンの前を両手で握りしめ、男を迎えた。


 「お疲れ様。さっきまで、父と話し込んでいたそうだな。」


 酒を飲み上気した頬で、男は私の顔を覗き込んできた。


 「随分、父に気に入られた様だな。父は面食いのはずだが。」


 酔った男の言葉は刺々しくて、静かに柔らかく私に刺さっていった。私うつむいて、両手を握りしめた。


 「ははは。そんなに緊張する必要はない。私は、子供のような貴女に、興味はない。」


 私はその言葉に安堵しつつも、悔しさに唇を噛んだ。結婚初夜にあるべき行いは、私達夫婦にはないようだ。


 私はそっと男を盗み見た。端整な顔立ちと、均整のとれた身体。近寄りがたい雰囲気。けれど目が合うと、微笑む男。それが社交辞令と分かるから、女性達はもっとこの男のことを知りたいと思ってしまうのだろうか。


 この男は、いつでも高い壁で自分を守っている。


 ああ、そうか。沢山のものを抱えて苦しむ父親を見てきたから、何も抱えず一人で苦しむ道を、選んだのか。


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