表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
弱くて愚かな少女  作者: 一子
オリビアとブライク
8/18

想う

ブックマーク登録ありがとうございます!!

ポイントも。


励みになります!!




 (わたくし)達は大きな拍手に後押しされ式場を後にした。その後、新郎は宴会場で友人達に囲まれている。その間に私は、侍女の手を借りウェディングドレスを脱ぎ体を清める予定だ。


 そこへ突然、侯爵の来訪が告げられた。私はこのような場面での訪れに驚いたけれど、頷いて入室してもらった。


 侯爵は着替えもせず正装のままで、顔には疲労の色が濃く出ていた。何か重要な話があるのだろうと、私は嫌な予感に背筋を伸ばし、義父に挨拶をした。


 「この忙しない時に悪いね。ただ、実は今日だからこそやっと私の体が空いてね、君と、話がしたかったんだ。」


 侯爵は、柔らかく微笑んだ。


 それはあの男の、あの気持ちが悪い笑みとは違った。相手を優しい気持ちにさせる、侯爵の微笑みに、私は、目を閉じた。侯爵も、私の味方ではない。この方は魔族だ。落ち着いて、騙されては、だめ。


 侯爵は私の挨拶を受け、立ったまま話し始めた。長居する気はないようだ、私も立ったまま続きを待った。


 「まず君の弟だけど、恐らく巻き込まずにすむ。この領内ではなく王都の屋敷にしばらく居るように手配した。難を逃れることができるだろう。」


 侯爵の言葉に私は驚いた。まさか、侯爵が弟を助けてくれるとは思いもしなかった。信頼できるのだろうか、私が戸惑いつつ侯爵を見上げると、そこには漆黒の瞳があった。あの男の瞳と似ているけれど、違う。穴のように空っぽだったあの瞳と、この柔らかい瞳は、全然違う。私は、この方の言葉なら信頼ができると感じて、信じて、目を閉じ、祈った。


 家族を巻き込みたくない。


 どうか、どうか。


 弟が無事、逃げられますように。


 そう祈ってから、私は、自分の考えに首を傾げた。逃げる。一体、何から。


 「近く、良くないことが、起きるのでしょうか。」


 私の率直な問いに、侯爵も率直に答えてくれた。


 「魔族が攻めてくる。この領地は魔族領になる。他の領地はどうかな、運次第か。」


 侯爵は、笑った。楽しそうな侯爵の姿に、私は痛ましさを感じた。この方は魔族で、きっと、この領地を魔属領にすることが、仕事なのだろう。だから、笑っている。けれど、泣いているようにも見えた。私は言葉を選べず、黙り込んだ。


 そんな私に近寄り、侯爵は、ゆっくりと頭を下げた。


 「君を巻き込んだこと、本当に申し訳ないと思っている。ただ、その才能が、無視できないんだ。」


 只の少女、いいえ、すでに手中に収めている少女に、国王の側近が頭を下げるなんて。この方は、本心から申し訳ないと思っているのだろうか。それともまた、私に見る目がないだけなのだろうか。


 「計画がうまく進めば、君を逃がす。ブライクもそう言っている。」


 侯爵が頭を上げながら、私に向かって頷いた。やはり、騙されてはいけない。「うまく進めば。」では、うまく進まなかったら、私は、どうなるのだろう。切り札として、陛下か魔王に渡され、獄に繋がれるのか。それとも、切り刻まれるのだろうか。 


 速くなる心臓の音と、うまく考えられなくなった頭。情報を集め、今後を予測しなければ。そう思えば思うほど、私の身体は強ばって、言うことをきかない。

 

 一ヶ月間、来る日も来る日も、私は答えを見つけようとした。けれど、そんなものはなかった。もう全てのことに疲れ果て、自分のことなのに涙すら出ない。


 それでも、聞かなければ。生きるための、何か手がかりを、私は、得なくては。


 「この領地を魔族に渡すのですか。貴殿方は、魔族になるのですか。」


 私の疑問に、侯爵は、一瞬何かを考えてから、口を開いた。


 「私は人が好きでね。妻のことも愛している。彼女には酷いことばかりしてしまったから、これ以上苦しめたくはない。私の行いで、彼女は壊れてしまった。」


 コワレル。私は、喚き散らし泣き叫ぶ夫人の姿を思いだした。娘が居なくなる、それは耐え難い苦しみを生んだのだろう正気でいられなくなる程に。


 「妻はずっと自分の魔力のなさに劣等感を抱いていたから、娘が光属性だと知ってとても喜んでいた。だから突然娘が消えて、もうこの世界にいる意味がなくなってしまったんだろう。彼女には、希望のある世界へ戻ってもらいたい。そのためには夫が魔族というのはちょっと体裁が悪いから、英雄にでもなろうと思っているよ。」


 茶目っ気たっぷりのウインクで、重要な部分をぼかした侯爵に曖昧に頷いて、私は目の前の瞳を覗きこんだ。真剣な瞳に、嘘をついているわけではないのだと、私は、思った。


 ただ、知らないのだ、真実を。


 「私は」


 そこで、私は一度唾を飲み込んだ。


 「私は、臆病なのだと思います。」


 侯爵は、突然話し出した私に不思議そうな顔を向け、けれど、私の様子を見てそのまま耳を傾けてくれた。


 「私は、生まれた瞬間から人を囲う色が見えていたけれど、それを、誰かに、話したことはありません。」


 侯爵は何かを言いかけ、考え直したのか口を閉じ先を促してきた。


 「それがその人の人生を変えてしまうから。いいえ、その人だけではなく、まわりの人の人生も、変えてしまうかもしれないから、怖いのです。」 


 私は侯爵に、ゆっくりと、問いかけた。


 「それでも、いいのでしょうか。」


 今度は、侯爵が唾を飲みこんだ。私の問いに、なんと答えていいか分からず、考えあぐねているようだ。私は侯爵の返事を待たずに続けた。私の能力が使いたいならば、まずは、身をもって知ってもらおう。


 「夫人を囲む色は、ゆっくりと上の方へ上がっていきます。そうですね、水が下に落ちるのと、ちょうど逆です。水滴のような光が沢山あがっていきだんだんと、小さくなって消えていきます。」


 私は言葉だけでは足りないかと、手でも水滴が上がっていく様子を表現した。


 「国王主催の舞踏会には四度出席していますが、全ての貴族が集まる場でも、この形は、一度も見たことがありません。そこで、こちらの書庫で魔法について調べました。あれは、恐らく、浄化の魔法ではないかと思います。魔力量も申し分がなく、魔法師として素晴らしい才能をお持ちです。」


 部屋に、長い沈黙が訪れた。


 侯爵は目を少し見開いたまま、身動きせず何かを考えていた。やがて、一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。その黒い瞳は、濡れていた。涙で、濡れていた。そして侯爵は、とても苦しそうに、笑った。


 「光属性の浄化魔法。もはや伝説の中の魔法だ。そんなもの、分かるわけがない。」


 私は頷いた。光属性は、ほとんどが癒し系で希に攻撃魔法を使える者もいる。けれど昔はもっと沢山の系統があった。失われた魔法は書物に記載があるだけで、詳細は誰にも分からない。


 侯爵が私の手を取り、額を当ててきた。震えている、震えているけれど、私は何もできない。


 「私と妻は、彼女の魔力が低いからこそ添うことができた。だから、君があの時いなくて本当に良かった。」


 後半部分を吐き捨てるように呟いた侯爵は、私の手を離しソファへ座り込んだ。


 「けれど、君がいれば、彼女はあんなにも苦しまずにすんだ。魔力量が低いことに絶望せず、ふさわしい相手と結婚して子を産み、子供を失う哀しみを知らずに生きていけたかもしれない。」


 侯爵は頭を抱え、呻いた。知らなくてもいい事実を知って苦悩する姿に、私は自分の体も震えだしたことに気がついた。この姿は、私への警告だ。悲しませるだけではなく、喜ばせることももちろんできるだろう。けれどどちらにせよ、大きく何かが変わることを自覚しなくては。私の能力は、そのようなものだ。


 「それでも、彼女が自分の側に居ることを私は望んでしまう。彼女が手に入れられるはずだった幸せよりも、彼女と一緒に居られる自分の、幸せを。」


 うつむいて本音を吐き出した侯爵に、私はなんと返せばいいのだろう。分からない。心を癒す言葉を、私は持っていない。私にできることなど、ただ一緒に悲しむことくらいだ。


 すると侯爵が顔をあげ、私を見て目を細めた。


 「君は、自分が地位や名声を得ることよりも他人の幸せについて考えているのか。」


 侯爵の指摘に、私は慌てて頭を振った。


 「そんな大それたことではありません。」


 沈黙のあと、侯爵はとても優しげな笑みを浮かべた。


 「君は臆病ではない。それは、優しさだと思う。君のその才能に、その性格か。奇跡のような組み合わせだな。」


 私が侯爵の言葉を全く理解できずにいると、ふふと笑う声が聞こえた。


 「普通は、特殊な才能を持っていれば傲慢になる。貴族はそう育てられる。自分は特別だと。それが人の上に立つ、正しい貴族のあり方だ。けれど君は、まるで野山に住んでいる田舎娘のようだ。」


 突然の侯爵の無礼に、なんと返していいか迷い私は口を閉じた。


 「もちろん誉めている。君に会えて良かった、オリビア。」


 侯爵は私に視線を送り、向かいのソファに腰かけるよう促した。


 「どうか聞いてくれないか。私の、いや、私達の話を。君がはじめて私に教えてくれたように。私も話してみよう、自分のこと、家族のことを。」


 侯爵が微笑んだ。私は侯爵の声に、しっかりと頷いた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ