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弱くて愚かな少女  作者: 一子
オリビアとブライク
12/18

溶ける

29年7月17日 訂正個所

魔王の会話に積極性を足しました。


「魔王陛下。公爵が参りました。」


「うむ。ここへ。」


「失礼いたします。」


「戦況は。」


「我が軍は現在、人の国の侯爵領に西側から攻めこみ、大した抵抗もないまま領土を押さえました。我が軍が進軍した直後に侯爵領の会議室が吹き飛び、中にいた重役達は皆巻き込まれたようです。その後、抵抗せず魔軍に下るよう伝令が飛び、領民達のほとんどがそれに従い捕虜となっています。全て、侯爵との取り決め通りに進んでいます。」


「そうか。侯爵は今どこじゃ。」


「残念ながら、侯爵は先の爆発に巻き込まれたとのこと。」


「なんと。かなりの闇属性の使い手だったと記憶しているが。」


「はい。もしかしたら自ら死を選んだのやもしれません。」


「何のためにだ。」


「はあ。これは私の個人的な見解ですが。」


「よい。申してみよ。」


「かの領地を見れば一目瞭然。侯爵は非常にその領地領民を愛していたようです。彼らを裏切り売った後、おめおめ生き延びることなど出来ないと思ったのでしょう。」


「ふうん。柔な男じゃな。まあ、よい。そうじゃ、領地じゃ。領地はどうであった。」


「非常に豊潤で、美しい土地です。黒麦や野菜に加え、果物も多く栽培されています。亡き侯爵と、前侯爵が金に糸目をつけず土地や品種の改善改良を行い、農夫達にもかなりの知識を教え込んだようです。」


「そうか。そうか。これで我が国の食糧事情も少しは改善するな。よいか、土地を荒らすな、人を殺すな犯すな奪うな。我が兵達に厳命せよ。背いた場合は、打ち首もやむを得ん。兵の命より、農夫の方が大事じゃ。魔族に遺恨を残さぬよう、捕虜達には最大限の配慮を。」


「はっ。」


「さて、では侯爵領はこれでいいとして、王都はどうするかのぉ。」


「恐れながら、我が軍の魔法師達は過去最強と言われるまでの粒揃い。この機に一気に落としましょう。」


「ふむ。そうじゃな。」


「さすれば、道は二つ。侯爵領を北上し、その後東に進むか。それともまずは東に進み、その後北上するか。侯爵の報告では、人の国では国境沿いの各領地に、光騎士団の団員を置いており、我ら魔軍にとっては非常に厄介。ですが、現在侯爵領の団員達は、北の伯爵領で発見された魔族の隠れ家を一掃するため、侯爵領をあけています。」


「要するに、光騎士団の団員が、侯爵領には皆無、北の伯爵領には通常の二倍、東の子爵領には通常通りの数がいるということだな。」


「その通り。そうであれば、東に進むべきかと。」


「ふむ。その侯爵の話、信頼できるのかぇ。それに下手をすれば、東に進んだ後、北から襲撃されては挟み撃ちにされるぞ。」


「侯爵から今までに虚偽の報告はありません。あやつは領土を愛しておりましたが、それ以上に、妻にそっくりな娘を溺愛しておりました故。」


「ああ、あの公爵家に嫁いだ人質の娘、か。確かに美しい娘じゃな。」


「はい。それに挟み撃ちならば、こちらも同じ。北からの騎士団など、西から魔族領に残っている兵達に攻めさせれば、事足りるかと。」


「ふむ。それもそうじゃな。では東じゃ。見事人の国の王の首を取り、ここまで持ち帰るのじゃ。」


「は。必ずや。」





「なんだと。魔軍が攻めてきた、だと。」


「はい、陛下。侯爵領はすでに魔軍の手に落ちました。」


「なんと。侯爵は何をしているのだ。」


「それが、侯爵は魔軍が攻めてきた直後に爆発に巻き込まれ、領地の重役共々亡くなったと推測されます。」


「侯爵と重役が一気に亡くなるなど、都合が良すぎるな。」


「はい。黒い爆発が起こりましたので、その、もしかしたら。」


「黒。確か侯爵は土属性であったな。黒、ブライクか。まさか父親を殺したのか。」


「そこまでは、わかりかねます。その後、侯爵死亡のため抵抗せず領地を明け渡すよう、伝令が飛んでいます。」


「陛下。騎士団長が参りました。」


「うむ。はやく報告せよ。」


「はっ。侯爵領を制圧した魔軍は東の子爵領へと進みました。しかし、現在子爵領には王都から派遣された光騎士団が、領内の魔族の隠れ家一掃のために在駐していたため、魔軍の撃退に成功しました。ですが魔族の魔法師達の質が高く、光騎士団は壊滅的な状況です。」


「なんだと。光騎士団は、通常王都にしかいない。それが、たまたま、魔族が攻めてきた時に、その場所に居たというのか。」


「はい。」


「ふははは。ブライク。いや、侯爵か。この茶番を計画したのは。魔族に侯爵領を渡す。しかし王都までは行かせない。侯爵の愛は偉大だな。夫人のお陰で我ら人の国は魔族に蹂躙されずに済んだか。」


「恐らく、そのようなことだと思われます。もし子爵領に光騎士団がいなかった場合、王都付近まで、いえ、王都まで制圧されていたことでしょう。魔族の魔法師達は、なんというか、凄まじく、普通の魔法師ではとても太刀打ち出来なかったと思われます。」


「ふん。侯爵領の様子は。」


「はい、それが。領地は一切荒らされず、捕虜も丁重に扱われているとのこと。」


「なんじゃと。そんなことが国民に知れては、魔族への憎悪が揺らぐではないか。」


「その通りでしょう。」


「では国民には、こう公表せよ。侯爵領が魔軍の手に落ちたのは、ブライクが裏切り、父親を殺して領土を明け渡したためだと。しかも土地は荒らされ、領民は皆殺し。ブライクは賞金首に、侯爵は国のために戦死したことを讃え、英雄として名を刻むことを許されたと。」


「よろしいのですか。侯爵も、密偵だったのではありませんか。」


「であろうな。なぜ侯爵が死んだかはわからんが、このあらすじを書いたのは、あやつであろうな。息子一人でできるとは到底思えん。」


「それでは、ブライク殿が些か不憫ではありませぬか。父は英雄、自分は賞金首など。」


「致し方あるまい。歴史を作るのは王家だ。事実など些事よ。」





 彼は、逃げるだろうか。


 この領地がどうなるか見届けた後、彼は、逃げるだろうか。


 わからない。けれど、生きて欲しかった母親が死を選び、妹も強力な保護者を得た。父親も亡き後、彼が家族のためにできることはもうないように思える。


 彼は、自分の為に生きることができるだろうか。


 わたくしは思い返す。唇を少しあげてうっすらと笑んだ彼を。諦めていた。自分が救われることを、彼はとうに諦めて、家族の為だけに生きてきたのだ。



 私は松明を土の床に置き、背後で閉まった扉に向かって思いきり体当たりをした。重く硬い扉はびくともしない。私はもう一度渾身の力を込めて、扉に向かう。ヒールの高い靴が邪魔だ。ヒラヒラのドレスもたくしあげる。無我夢中で扉に体をぶつけると、ギシギシと扉が揺れた。けれど、開きはしなかった。


 私が絶望して通路に膝をついたとき、ゆっくりと扉が開き始めた。彼が揺れに気づいて開けてくれたに違いない。私は夢中で開いた隙間に手を差し込んで、体を引っ張り出した。


 彼は、そんな私の姿を唖然と見つめていた。


 壁と扉の隙間からにょきりと泥だらけの腕が現れ、ついで地を這うように進み出てきた女。さぞ恐ろしい光景であっただろう。


 そんなことには構わず、私はううと唸りながら体を引きずった。


「痛い。」


 か細い声だったけれど、静まり返った室内にはよく響いた。


「足が、痛い。」


 先程挫いたようだ。


「腕が痛い。」


 体を引きずったせいで擦り傷ができて血がにじんでいる。


「体が痛い。立てない。歩けない。」


 壁に体当たりをした時に肩も痛めた。私は貴族の娘だ。細くて体力もない。


「怖い。あんな暗い道、一人で行けない。」


 根性もない。


 だから。


「とっとと私を抱っこして、ここから逃がしなさいよ。」


 私は絶叫した。


 貴方が自分の為に生きようとしないなら、私が、ここから出る理由をあげる。



「ふ。ふはは。」


 それは、思わず出てしまった、という笑い声だった。彼が、私を見下ろして笑っている。目に涙をためて。顔を歪めて。


「君は、ほんとうに。」


 言葉は続かず、彼は笑った。それはもう、とても無邪気に。そして土でドロドロの私を抱き起こすと、改めて笑う。


 一体いつまで笑う気なのか、私がどれだけ恥ずかしい思いをしているか、この男はわかっているのだろうか。いくら自由な三女とはいえ、貴族の令嬢としての恥じらいぐらいは持ち合わせている。身形は薄汚れて身体は傷だらけ、大声をあげて、挙げ句男性に向かって自分を抱っこしろなど、こんなことは、こんなことは、淑女にあるまじき行為で、それはもうひどく情けないのだ。私にここまでさせておいて、まだこの場に残ると言い出したなら、その時はどうしてくれようか。


 けれど私の心配は杞憂に終わった。私の心の叫びは、正確に彼に届いていたようだ。女性にここまでされれば彼も腹を括るしかない。


「ここを出よう、一緒に。」


 彼は侯爵の部屋の机から書類やらなんやらを取り出し騎士団の制服のポケットにしまった。そして私の懇願を叶えるために、すっと私に手を伸ばし抱っこをしようとして、やめた。


「いや、違うな。」


 そうじゃない、彼は呟いた。


「俺は、ここで死ぬつもりだった。そんな俺を、ここから引っ張り出すのは、君だ。」


 強い決意を胸に、彼は私の前に厳かに跪いた。そしてとても大切なものを扱うようにそっと、泥と血で汚れた、小さくて細い私の手を取った。


「オリビア、どうか貴女を生涯守り、愛することを許して欲しい。」


 その真摯な眼差しに、否やと言える女性がこの世にいるだろうか。私は赤面し、口ごもった。彼に、生きて欲しかっただけ。ここから出てくれさえすれば、私は良かったのだ。それなのに、生涯、生涯、生涯。守り、あ、あ、あ、愛する。など、そんな、そんな、そんなことは。


 嬉しすぎる。


 けれど、私でいいのだろうか。そんな不安がよぎり、私は彼の問いへの答えを濁らせた。


「とりあえず今は、ここをはやく出ましょう。」






 彼はそんな私を見上げて曖昧に微笑み、軽々と私を持ち上げ、侯爵の私室を後にした。





 

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