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幽霊は見過ごす

 あまりの出来事で、脳に染み入るまでにほんの数秒の沈黙。

 呼吸音すらしない無音の中で真っ先に悲鳴をあげたのは、三葉女史だった。

 続いて「父さん!」と席を蹴立てて入口へと向かったのは透一郎氏のみ。

 ―――いや。

 顔を青ざめさせつつも、長兄とほぼ同時に立ち上がっていたのは一士だった。

 動揺していたのだろう。

 扉へと振り返った時、自身が掛けていた椅子の脚に引っかかったのか、たたらを踏んで尻餅をつく。

「邪魔だ!」

 そう言って透一郎氏は鬼気迫る声を発し、倒れた一士を押し退けて部屋を出て行った。

 並んだ八つの部屋の内、透一郎氏は一番奥の左手側に駆けつける。

 彼は扉のドアノブ部分を捻るが開かない。

 中から鍵が掛かっているらしい。

「父さん! 開けてくれ!」

 動揺しているのだろう。

 この呼びかけは不自然に思えた。

 映像で見た宗二郎氏は頭に矢が突き立っている。

 生きているはずが無い。

 ここでは先ほど部屋に入れていた猪原秘書を頼るべきだ。

 鍵を持っているはず。

 しかし、ぼくはここで思い直す。

 もしも、あのベッドの上で寝ているのが、与名さんであったなら。

 平静でいられるはずが無い。

 会議室で最も入り口から離れて立っていた猪原秘書は、全員の最後尾にいた。

 しかし、誰も彼女に対して鍵を出すようには言わない。

 困惑によって思いつきもしないのだろうと考えていたが、透一郎氏の叫びに自身の勘違いを知る。

「誰か! 早う東三を見つけて来んか! ここの鍵は警備を任されるようになった奴しか持っておらん!」

 猪原秘書は鍵を持たされていないのか?

 先ほど故障を直しに行った時、部屋の中に猪原を招き入れたのは総帥本人となるわけだ。

 そう言えばここに来るまでの車中で見せられた映像では、杖をついてはいるものの自身の力で立っていた。

 ぼく以外の人間は誰も疑問に思っていない様子を見るからに、この家のことを、総帥の寝室を訪れたことのある者は誰しも知っているということか。

 長兄の透一郎氏に叱咤された中で、一士だけが反応できていて、廊下を駆け出そうとしていた。


「な、なんの騒ぎだ、これは?」


 そこへ階段を上がって廊下に現れたのは、右目を青く腫らした東三氏と与名さん。

 そして、ぼくがいつも体を借りている彼女―――内浦打海うつらうつみの三人だった。

 内浦は眠たげに、その三白眼を擦り上げ、如何にも不機嫌だと言わんばかりに、東三氏の尻を蹴り上げている。

 彼の目元にある痣も、おそらくは彼女の仕業によるものだろう。

 蹴られているにも関わらず、東三氏は怯えるばかりで、彼女に対して怒鳴りもしない。

 気持ちはわかる。

 寝起きの彼女に逆らおうなど、ぼくだったら絶対にやらない。

「いいから鍵を出さんか!」

 長兄の剣幕に気圧された東三氏は、「ひっう」と年甲斐も無い声を上げながら、背広の懐にあるポケットから、一つのボタンが付いたリモコンのような物を取り出した。

 ひったくるようにして、それを奪った透一郎氏がそのボタンを押すと、扉の鍵が開く音がする。

 ピッキング対策だろう。

 車のリモコンキーと同じで、電波か赤外線を飛ばして開錠するようだ。

 透一郎氏によって乱暴に開かれた扉。

 押し入るようにして中にへ入る。

 と。

 そこには。

 パソコンで流れていた映像と寸分変わらない惨状があった。


 串刺しになった総帥が、その洞になったその目から、血を溢れさせていた。

 まるで死んでしまったことを恨めしく思い、泣いてるようにも見えた。


 誰しもがその無残な死に様に息を止める中。

 心停止を知らせるモニターの電子音だけが。

 耳鳴りのように鳴り響いていた。

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