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事件は会議室では起こらない

 宗二郎氏は鋭い眼光を細めて、自身の秘書である「猪原」を呼ばわる。

「お傍におります」

「顔を見せよ」

 そう命じられた彼女は、パソコンの上部に埋め込まれたWEBカメラに、自身が映り込むようパソコン自体の向きを変えた。

「これでよろしいでしょうか」

「見えん」

「故障したのかもしれません」

「またか。そうなら早く直すがいい。愚図め」

「かしこまりました」

 そうして、彼女は幾つかパソコンの操作をしたけれど、総帥からはこちらの映像は見えないままのようで。

「向こうのパソコンの調子が悪いのかもしれません。様子を見て参ります」

 そう言って彼女はパソコンを、元の向きへと直し、部屋を出て行った。

 彼女の後を追って出ようと会議室の入り口まで来たところで、ぼくはその扉をすり抜けることを躊躇った。

 もしもこのまま後を追い、彼女が犯行に及んだ場合。

 今のぼくには何もできない。

 与名に止められている。

 ぼくは彼女に宣誓した。

 そも幽体である今は物に触れられない。

 ただ見ることしか出来ない。

 そんなのは苦しいだけ。

 そうしてぼくは扉の前で踏み留まって、振り返った。

 会議が中断しても、部屋の空気は張り詰めたまま途切れていなかった。

 現状、総帥側からは見えないらしいとは言え、こちらからは彼の姿が見えている。

 黙したまま動かない総帥が目の前のパソコンに映り込んでいるのだ。

 会議前だったならともかく、あれだけ罵倒された後で、誰が無駄口など叩けるものか。

 画面越しの総帥は全員を睥睨しているようで、射竦められた思いになる。

 誰しもが顔を俯けていた。

 叱責されていなかった一士だけが、宗二郎氏の目を見据えることが出来ている。

 猪原秘書が部屋に着いたようで、彼女の姿が画面に映り込む。

 色々と操作をしているのだろう、ベッド脇から体を伸ばして色々と試行錯誤を繰り返している様子が見て取れた。

 猪原秘書が宗二郎氏を殺すということは無さそうだった。

 緊張を逃がすように、肺に溜まっていた息を吐き出す。

 幽霊でも強張るといった感覚があるのだな、とわずらわしく思う。

 感情が無ければ、今、ここに立っていたとしても罪悪感は浮かばないだろうに。

 いや。

 気持ちが無くなってしまえば、彼女に対しての想いも消えてなくなってしまうのか。

 もどかしい。

 頭を切り替えよう。

 さしあたっては推理でもしてみようか。

 彼女に少しでも寄り添えるように。

 猪原秘書は与名の容疑者候補に挙がっていなかったというのもあるけれど、総帥の秘書が勤まるのだから、聡くはあるはず。

 衆人環視の中で殺害するなど愚かしい。

 必然、彼女は犯行に及ばない。

 そう信じたい。

 パソコンの設定が修正できたのか、カメラの前から猪原が退く。

 総帥は鷹揚に頷き、羽虫を追い払うように猪原へ向けて手を前後させた。

 少しして、カンファレンスルームへと彼女が戻って来る。

 入り口に立っていたぼくは、扉と彼女が自身を通り抜けたような感覚を得て、少し驚き、身体を左にずらした。

 総帥の眼力に縫い付けられているのか。

 彼女が部屋に戻って来ても、誰も振り返りはせず、その場に固まったままでいた。

 猪原がノートパソコンの後ろに立ち「直りました」その言葉と同時に、会議の参加者すべてが陰鬱な面持ちで画面へと視線を向けた。

 その時。

 窓側を向いているように見える総帥の目が、驚愕に開かれた。

 次いで。

 顔を庇う様にして両腕を交差する。

 そして。


 庇った左腕と右掌を貫き、その右目に矢が突き刺さった。

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