一族会議
「議題は儂が愚息である東三の処置。題目に疑義あるものは問え。さもなくば黙せよ」
擦れてはいるが、その声は朗々として、部屋全体に響き渡るほどによく通る。
見た目には似つかわしく無い威圧感が画面越しに伝わってきた。
東三氏について姦しく言い合いをしていた全員が黙りこくる。
これが三ツ橋グループの総帥である三ツ橋宗二郎。
御年百二十歳にして、なお君臨し続ける男。
疑義を問う彼に、誰一人として声を上げない。
東三氏がいないことを気にする素振りも見せない総帥は、淡々と言葉の続きを吐き出した。
「沈黙により疑義なしと断じ、会議を始む。東三の処置について各々の意見を述べよ」
そう言われて真っ先に発言をしたのは、長兄である透一郎氏だった。
「現状の維持を望みます。橋俵はまだ若く、社の頭に据えるよりは一度、東三の下にて働かせた方が、彼にも良い経験になろうもの。急激な変革は現状を打破するために有効な手段でありますれば、しかし、同時に危険を伴う諸刃の剣。釈迦に説法とは存じ上げますが、東三の奴めに今一度の機会をお与えくださいますよう、切に願い申し上げます」
発言にも順列があるのだろう。
その言葉に対して最も反論があろう橋俵氏は黙したままであり、続いて言葉を発したのは、次男である威次氏だった。
「兄よ。愚弟は使えん。今までが上手く行っていたからと言い、俺たちの言葉に耳を貸さず、経済の変化にすら付いて行けない。胡坐を掻いた結果がこの様よ。過去を踏襲することに終始し、未来を見通せ何だ不能者。東三を異動、降格させることにより、三ツ橋グループに勤める全てに、たとい本家の人間であろうとも間違いを犯せばこうなるのだと知らしめる必要がある。ひいてはそれがグループ全体への引き締めに繋がり、三ツ橋を富ませる。総帥。能力こそが全てなのです。女性が会社のかじ取りをしてはならないなどと、そのような偏見はお捨て頂きたい」
三男である東三氏が居ない為、続いては三ツ橋の名を持つ一士が語る番なのではあろうが、ここから先はそこまで序列に差は無いらしい。
黙していた橋俵がここで声を発する。
「お二方。あまりに私を低く見過ぎていると思います。仮にも総帥によるご推挙を頂いた身。私の能力をお疑いになることは、ひいては総帥のご判断がお間違えであったと評することになるのでは無いでしょうか」
これに対して鼻で笑ってあしらったのは三葉女史だった。
「虎の威を借りて、よくも言ったりと思いますね。自身の弁では無く、総帥の後ろ盾をもってしてお二人を咎めるとは。低く見過ぎていると貴方は言いますが、低いからこそ総帥は御しやすいと判断されたのでは無かろうか」
「言葉が過ぎるだろうっ」
相手が格下と見るや、席を蹴立てて立ち上がる橋俵氏に対して、三葉女史は下から睨めつける様にして彼を見上げる。
「憤るということは図星を突かれたのでは?」
「あなたに対して謝罪と訂正を求める!」
「子供の様に癇癪を起こして、みっともない」
「貴様―――ッ!?」
机に拳を叩きつけ、今にも噛み付きそうな橋俵氏だったが、しかし。
「座れ橋俵。女は囀るな。耳に障る。不愉快極まりない」
叫ぶような言い争いの中、一振りの刀が通るようにして喧騒を斬り捨てる。
橋俵氏と三葉女史は凍ったように口が動かない。
朗々と紡がれた言葉を発したのは、宗二郎総帥その人だった。
「誰もが賢しらに言葉を飾る。心根を語るがいい。儂を仰ぐ橋俵が据えられれば、三ツ橋グループの勢力図がさらに儂へと傾く。透一郎。貴様が東三を擁護するのは、儂か、あるいは威次に対抗する為に、比較的、扱い易いアレを取り込もうという腹積もりであろう」
「いいえ! いいえ、決してそのようなことは―――」
言い訳をあげ連ねる透一郎の意見などは聞いてもいないであろう総帥は、続けて威次氏に向かって告げる。
「威次も同じか。頭に据えるのが女でさえ無ければ貴様の考えに乗っても良かったのだがな。能力のある人間を取り立てるという自論に拘り過ぎた。儂のことを頑なだと貴様は言うが、ならばこの期に及んでまだ女を擁立させようとする貴様もまた、己自身の考えに囚われていないとなぜ言える」
威次氏は総帥の言葉に呻き、黙する。
そして、宗二郎氏は哀れな者を見る様に。
「橋俵。儂は別にお前で無くとも構わない。愚息どもの誰にも靡いていなかったお前を選んだだけであり、能力の有無については二の次。思い上がって儂の名を出すなどと、弁えるがいい。周囲に儂の審美が澱んでいると言わせる気か」
「も、申し訳ございません……ッ」
冷や汗を流しながら、テーブルに額を付けて謝罪する橋俵氏。
しかし、宗二郎氏は既に三葉女史へと矛先を向けていた。
「女。ここにお前の席を設けてやったのは偏に、一士が懇願したからだ。発言を許可した覚えはない。次にその口を開けば、ここから出て行くことはおろか、その首、すげ替える物と知れ」
総帥の言葉に顔を蒼白にした三葉女史は、謝ることすら出来ずに自失する。
そも謝罪ですら言葉を発した時点で、彼女自身の進退は窮まると、ぼくですら理解できた。
総帥の言葉は、彼女に対してだけのものであったはずにも関わらず、以降は誰も話そうとはしない。
総帥から見えていないぼくですら、彼に気圧されているのだから、出席している彼ら彼女らの気持ちはいかほどのものか。
反論など出来るはずもない。
もう決定は下されたようなものだと、ぼく以外の誰しもがそう思ったはず。
いや。
ひょっとしたら、それはぼくだけだったのかもしれない。
総帥は意外なことに、最終の決を採る前、ここまで一言も話さなかった一士に対して「お前はどうか」と意見を求めて来た。
ぼくは驚いたけれど、ぼく以外の反応は冷ややかなものだった。
いつも通りのことなのだろう。
一士に向けられる視線は冷たい。
なんの能力も無い。
ただ総帥のお気に入りであると言うだけでここに居る存在。
「御前の望むままにするのがよろしいかと、ぼくはそう思います」
そうして、総帥はその意見に満足そうに頷き、最終の決を採ろうした。
その時。
「なにか、これは」
誰もが黙りこくる中、訝し気な声を上げたのは、総帥だった。