第5話 覚醒
「シルフィードの『風刃』!」
「このガキは増幅方式しか使えないのか」
「はぁ!!」
「対してこのガキは魔導すら使えないとは」
呆れて物が言えないというような表情。
その失望に彩られた瞳が不愉快だ。
「ノーマの『土壁』にウンディーネの『水流』!」
イブキがその魔導使いの周囲に土の壁を作り、中に水を流し込む。
「ほう、三つの属性を使う『例外者』か!」
精霊とセットである人間は、一人につき二つの属性を使用することが出来る。しかしイブキはその中で例外に位置する『例外者』という人間で、彼女は二つ以上の属性を使用することができるのだ。
「更にトドメ! サラマンドラの『業火』!」
イブキは魔導使いが閉じ込められている壁に向けて超高温の炎を投げ入れた。
その瞬間、水が超高温の熱に接触して膨張。それは水蒸気爆発となって魔導使いを襲った。
「う、お……!」
その衝撃に吹き飛びそうになる僕だが、四つん這いになったことで何とか持ち堪えられることができた。
「……やった?」
『ちょっとそれフラグよイブキ!?』
シゼンのツッコミが聞こえるが今はいい。
アイツは今どうなって……っ!?
「いやはやまさか全ての属性とは……これまた面倒な」
なっ……無傷だって!? そこに現れたのは爆発を食らっても未だにピンピンしているディードの姿があって、先程の爆発にダメージを受けた様子がない。
「……やっぱりね」
「この程度で私に傷を付けられるとでも?」
これが、魔導使い同士の戦いなのか……。
魔導の使えない僕がとても着いていける戦いではないぞ、これは。
「先ずは……そこのガキを殺そうか」
「クソ……!」
ディードが標的を僕に変えたようだ。その魂胆は分かるぞ。この中で僕が一番戦力が低い相手だからな! これはマズイ、実にマズイ。昨晩戦った相手とはレベルが違う。
昨日のは相手の魔導を行使する指の動きで予測できていたが、今回の相手はそれをさせてくれない!
「そうはさせないよ! サラマンドラの『火炎』!」
「君の相手は後だ。『水球』」
詠唱短縮……属性の名前を言わない、ジェスジャーなどによる発動補正もしない高等テクニックだ。これのせいで僕は相手の使う魔導を予測できない。
ディードの水球がイブキの火炎にぶつかり、先程の水蒸気爆発のような衝撃が辺りを包む。それに加えて更に水蒸気が出たせいで周囲が見えない。
「神凪財閥のお嬢さんはそこで火炎ではなく、風刃を使えれば視界を奪われずに済むのに」
!? 男の声は後ろからだ!
「はぁ!」
「何!? く、『風壁』!」
クソ、意表はついたが直前にシルフィードの風壁によって僕の回し蹴りが届かない。だがそれで分かったぞ。ディードという魔導使いは接近戦に弱い!
「とんでもない反応速度だ。それにあの身のこなし、対魔導格闘術も相当な練度だろう……チッ面倒な」
あの表情、恐らくディードは僕に近付くのは適切ではないと判断した様子だ。僕にとって戦いづらくなったのだろうが、それはそれでやり方がある。
「ふっ……!」
『何!?』
僕はディードに向かって駆け出す。
それによって全員目を見開くが、それでいい。対魔導格闘術は本来ならば自衛用に学ぶ格闘術だ。しかし当然魔導を熟練していけば行くほど、格闘術をやる意味がなくなり、接近戦は想定しなくなる。
だが僕の場合、自衛用の対魔導格闘術を実践用に編み出したのだ。実践相手としては学校で組まされる生徒ではあったが。
そんな僕でも相手が遠距離に徹すれば近付くこともできない。
ディードもそうだ。アイツは遠距離に徹しようと僕から離れた。でも僕は、逆にアイツに向かって駆けていく!
『ちょっとどうするのあれ!?』
「……いや、そうかボクにやれっていうんだね?」
「何が知らんが向かってくるなら八つ裂きにしてやる!」
昨晩、僕は囮になってイブキのサポートをした。
ならば今回はその逆、イブキは僕のサポートだ。
「サラマンドラの『活性』、シルフィードの『風壁』、ノーマの『土装』、ウンディーネの『水膜』!」
「四重バフ!? クソが!」
イブキが僕に全ての属性の強化を付与してくれた。その事実にディードは顔を歪めて僕に風、水と二つの属性の攻撃を加えようとする。
しかしそれらの攻撃はイブキの施したバフによって防がれ、僕にダメージはいかない。
「喰らえ!」
「……!!」
重心を低く、腰を捻り、全て完璧なタイミングで出せたと思うほどの右ストレート。威力が桁違いとなったストレートはディードの横面に叩き込み、その男を吹き飛ばして見せたのだ。
「ぐ、うぅ!?」
「なっ!?」
だがディードは数メートル吹き飛んだだけで倒れなかった。
「手応えはあったはずだ……詠唱する時間もなかった!」
「まさか魔導なしのガキと増幅方式しか使えないガキに、これを使わされるとはな……」
そう言って彼が見せてくれたのは手首にある精霊デバイス。
『詠唱、間に合いました』
「よくやった」
「……まさか、代理詠唱……」
「よく気付いたな。よほど勉強したと見える」
代理詠唱。それは高校から学ぶ詠唱方法だ。
その名の通り、ディードは僕の右ストレートを防御するために代わりに精霊に詠唱させた。これがベテランの魔導使いというわけか……。
「はぁ……面倒、実に面倒……悲しいなぁこんな面倒が起きるとは」
空気が、変わった。
この様子……まさか。
「まさか……昨日の奴と同じ合成方式を使うつもりか!?」
「昨日の奴? まさかあの役立たずの同胞のことか? はは、はははは!! あの凡庸な合成方式と同じ扱いとはまだまだ魔導の何たるかを理解していないと見た」
「何が言いたいわけ?」
「知らないなら教えてやろう。そして身を以て理解しろ」
――合成。
「『嵐水迅の侵食式』!!」
その瞬間、ディードのデバイスを中心に得体の知れない魔導が周囲に駆け巡った。その魔導に身構える僕とイブキ。しかしいくら待っても僕たちに異常は見られない。
「な、何をしたんだ……?」
あまりの静けさに困惑する僕。
そんな僕に、ディードが笑みを浮かべた。
「こうしたんだ」
「……? ――ゴフ!?」
気がつけば、僕は殴られていた。
他ならないディード自身の手によって。
(見え、なかった……!)
そう、何も見えなかったのだ。
ディードが動いた時も、殴られた時も、傷の痛みも何もかもが。
「ゲン!? このぉ!! シルフィードの『風刃』!!」
イブキが僕の様子に気が付いて、ディードに魔導を放つ。しかし放った魔導はディードに当たることもなく、後ろに逸れていった。
「……この感覚は……」
「どうだろうか、狙いを定めるよりも先に魔導が発動して困惑しているのではないか?」
そのディードの言葉にイブキはまるで図星をつかれたかのような表情をする。一体どういうことだ。先に魔導が発動された? 何を言っている?
「ふん、合成方式を知っていても所詮はガキ。合成の侵食式は早かったか?」
「侵食式……?」
「冥土の土産に教えてやる。合成方式とは魔導師の持つオリジンを周囲に及ぼすのが本来の方式で、侵食式とは発動するのに必要な魔導なのだよ」
「なら、昨日のアイツは……」
「合成といってもあの同胞は想像力が足りん。まさか侵食式ではなくただの魔導の延長線上という認識だとは……未熟者め」
ならば今のこの状態もディードの使った侵食式の影響というわけか?
「その顔は私の侵食式を知りたい様子だなぁ?」
「……ッ」
「だがまぁ良いだろう、例え知っても貴様たちにはどうにもできん」
案外ディードという男は語るのが好きなようだ。
ならばディードの侵食式を知って対策を立てれば行けるか……。
「我が侵食式は周囲の速度を変える『自在変速』の侵食式だ。これで良いかな?」
対策を……何?
速度を変えるだと?
「貴様の速度を『遅くした』。私の速度を『早くした』。神凪財閥の令嬢には魔導の発動速度を『早くした』。これで分かっただろうか、いやこれで貴様たちは分からなくてはならん。この圧倒的な実力差というものを!」
意味は分かっている。だけど僕とイブキは頭の中で理解を拒んでいる。
速度を変える? つまりそれは魔導や工夫などの対策をしても意味のないものだ。感覚のズレというものは戦闘に置いて致命的だ。
それが、相手は自由自在に感覚を操れるだと?
「やがてそれが『最高の魔導師』に至る階段の一歩目となる。貴様らも習得しといた方が良いぞ『最高』になりたいのならな。いや、我が侵食式を見たからには生かしておけんか。そもそも、生かす予定もないのだがな!」
あぁ不愉快だ。実に不愉快だ。
僕は魔導が使えない。しかし相手は魔導が使えて、それを悪用している。挙句に『最高の魔導師』に近付いている? 気に食わない。こんな奴が『最高』に近付いているなんて。
「ふざけるなよ……」
「……何?」
「僕の嫌いな人物は、人々のために使う筈の魔導を悪用する人種だ。それなのにどうしてこんな奴がいる? どうして僕に魔導が使えない? ふざけるな……ふざけるなぁ!!」
僕がどういう思いで魔導を追い求めていたのか分かるのだろうか。
いつか見た人々のためにウイルスと戦った『最高の魔導師』のような魔導使いになりたいと思った。なのにいつまで経っても魔導は使えず、自身の理想が大きくなっていくばかり。
大きくなった理想は他人に押し付けるようになり、戦った相手が悪だと苛立ちを募るようになった。
こうじゃない。こうじゃなかった筈だ。
僕がなりたかったのはこれじゃない。
あぁそうだ。
僕は、俺は。
分かった、分かったぞ。俺がどうして初めて魔導使いと戦った時に高揚して、また戦いたいと思ったのは。
俺は、魔導を悪用する人間をぶちのめしたかっただけなんだ。
「は、はは……」
ウサ晴らしなんだ。ただの八つ当たりなんだ。
人々のためだと思いながら追い求めていた理想は、ここまで腐っていたんだ。
「気味の悪いガキだ……しかし貴様の命はここで終わる」
端から見れば今の俺は狂っているかのように笑っている筈だ。あぁ、何も違わない。俺は何も出来ないし、魔導は使えない。ただ相手との戦力差を認識してぶっ壊れているだけ。
ディードが俺に魔導を放つ。それを回避する術はないのだ。
俺の動きは遅くなる。イブキの動きも遅くなっている。ただディードだけは早くなっている。だから回避することはできない。
もう、何も出来る事は……。
『ようやく、マスターは私好みになった』
少女の声が聞こえる。
『まだまだマスターは歩いてすらいないよ』
酷く懐かしい感じがする。
『さぁマスター、共に行こう!』
俺は、どうすれば良い?
『求めたまえ、強く! いつも通りに! 私を!』
そうすれば、行けるのか? 今より先に。
『それがマスターの望みなら!』
なら望んでやる。
『あぁマスター! 良いよその感情だ!』
「何!?」
ディードの放った魔導が俺の体をすり抜けた。
その光景に、誰もが言葉を失う。
「覚悟しろよ、ディード。俺は今、猛烈に機嫌が悪い」
デバイスから、いない筈の声が聞こえる。
『おめでとう! おめでとう!
マスターが求める幻想の力への一歩目だ!
幻想はやがて人々に現実を教え、また幻想を求める。
それはやがて果てのない先を求める。
さぁ我らの願いを人々に見せる時だ!
我らの想いで、全ての世界を改変せよ!
私はアリス!
偉大なるマスターの精霊にして魔導の王!
さぁネクストステージだ、次の幻想へまた足を上げよう!
幻想はやがて人々に現実を教え、また幻想を求めるのだから!』