第2話 迷走
本日2話目投稿です。前話を読んでない方はそちらからお読みください。
「お兄ちゃん……起きて、朝だよ」
「う、うぅん……おはようカナタ、ホムラ」
「おはよう……ねぇお兄ちゃんは今日学校に行かなくて良いって」
そういえばそうだったな。確か昨日は神凪イブキとかいう少女を助けるために暗殺者という危ない人物と戦って来たんだ。
だからとりあえず今日から三日間の間は大事を取って外出は控えるようにと、魔導犯罪対策課の刑事さんに言われてたんだっけ。
「それならなんで僕を起こしたんだよ……」
「早起きは健康のもとって言うじゃん」
『お兄様の健康を、カナタは心配しているということですよ』
「ホムラ? 確かに心配はしているけどそんなドストレートに言われると恥ずかしいんだけど」
「二度寝していいかな……」
勿論二度寝は却下され、妹と一緒に朝御飯を食べる。そして妹を見送った僕は、ソファーに座りながらテレビを見た。
「ニュースばっかだな……」
それでも見ていくと、とある番組で昨日の事件についての報道が流れた。
『昨日、魔導師による殺人未遂事件が起きました。被害者は二人の男女。一人は同じく昨日に事故を起こし、現在入院中の神凪財閥の社長、神凪ゴウジのご息女である神凪イブキで――』
あの時の少女だ。そうか、何か聞いたことがある名前だなと思ったら神凪財閥のご令嬢だったのか。
神凪一族は代々とてつもない魔導適正を誇る一族だ。この事から彼女が属性を四属性も使える『例外者』であることに納得がいった。
『解説の金崎さん。昨日、連続して起きた神凪財閥の事件について、どう思いますか?』
『知っての通り神凪財閥は、今我々の生活に欠かせない魔導技術の最先端を誇る世界有数の財閥です。それ故に敵対する相手も多く、命を狙われる事も多いのです――』
それがあの暗殺者か。
「……魔導か……」
僕は魔導が使えない人間だ。それ故か僕は魔導に対し憧れを感じていて、魔導を使う人に自分の理想を押し付けがちになる。
魔導は人のために使うべきである。人類の敵であるウイルスと戦うためにある。
そんな魔導が、人を殺すためだけに研鑽される事に腸が煮えくり返そうになる。
魔導が使えたい。魔導が使えない。未だにボヤけて覚えている遠い日に見た出来事が、僕の脳裏に過る。
何かを追い求めてひたすら魔導の勉強をしていた僕。精霊が現れないという絶望に陥った僕。それでも僕はいつか『最高の魔導師』になるために努力し続けてきた。
そして、最後に思い出すのは昨日の戦闘。
その瞬間、僕はいてもたっても居られずソファーから立ち上がった。
「……母さん! ちょっと学校に行ってくる!」
「えぇ!? ちょっと、貴方は最低でも三日間家にいないと駄目なのよ!?」
僕は母さんの制止を聞かず、急いで学校にいくための準備をして、家を出た。
◇
「すみません、遅れました」
ホームルームはとっくに終わり、既に一時間目の途中だ。それでも関わらず、僕は遅刻した旨を先生に言い自分の席に座る。
「お、おい八城……お前は昨日の事件に巻き込まれて家で療養しなくちゃいけないんだろ……?」
「大丈夫です、許可を貰えました」
と言っても、誰に許可を申請をしたわけでもなく、貰った記憶もない。強いて言えば自分に許可申請を出して、自分が勝手に許可を出したのが正しい。
「そ、そうか許可を貰えてるならいいが……」
僕が刑事さんに言われた事を破ってこの学校に来た理由。それは今日の午後に行う模擬戦闘実習をやるためだ。
それまではいつも通りに授業を受ける僕。その間、クラスメイトの訝しむ視線を受けながらようやく午後の実習の時間になった。
「えーそれでは二列に整列し、隣の人と模擬戦を行う。そして、勝利した生徒から順番にずれてローテーションで他の人と模擬戦を行うように」
魔導耐性があるジャージに着替えて、僕たちは先生の言う通りに列を並ぶ。
そしてふと、僕の対戦相手である隣の生徒を見ると、彼は僕を見て眉をしかめていた。
自慢ではないが、僕の対魔導師用の武術において、成績は学校内でトップにいる。そのため魔導が使えないにも関わらず勝ち続け、今では負け無しとなっていた。
だからだろうか、純粋な魔導師が魔導師ではない一般人相手に負けるという事にプライドを傷つけられた彼らは、僕と模擬戦をすることに忌避感を感じていたのだ。
「よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
お互いに例をして、構える。
僕はいつも通りに武術の構えを。対して目の前の相手は手のひらをこちらに向けているだけ。
これじゃ次に何をしようと丸わかりだ。
「ウンディーネの『水球』!」
「ふっ……!」
手のひらを相手に向け発動する魔導は、大抵一直線に進む遠距離魔導の可能性が高い。
相手の手の内を読んでいた俺は、一気に相手に詰め寄り、相手の首筋に向けて手刀を放つ。勿論寸止めだ。
「なっ……ま、参りました……」
「ありがとうございました」
呆けなかった。
「では次!」
『よろしくお願いします』
相手の魔導は拙く、流石に比較をするのは酷だが先日戦った暗殺者よりも錬度が低かった。
「次!」
「よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
これまでは相手が出した魔導に対しその都度対策を考えながら戦ってきた。これにより多少は接戦になって、一応はちゃんと試合になっていた。
「つ、次!」
『よろしくお願いします!』
だが昨日の戦いにより、僕は相手の動作によってどのような魔導を使うのか予測できるようになった。僕が今まで培ってきた魔導に対する知識が、ここに来て役に立ち始めたのだ。
全てが読める。全てが見える。
今まで必死だった分、現在の状況は余裕をもって見られるようになった。
あぁ駄目だ、予測しやすい。
腕ごと振るうな。自分が出したい魔導をわざわざ相手に言うのかお前は。
そこはもっと簡略化出来る筈だろ。
指を使え。大振りな予備動作は代わりに指で動作しろ。相手に悟らせるな。
あぁイライラする。
魔導が使えない僕と違い、お前たちは魔導が使えるんだろう?何故もっと上手に使わない?何故もっと扱えない?
何故何故何故何故何故何故何故何故。
「全員掛かってこいやぁぁぁぁぁ!!」
何故僕は魔導が使えないんだ。
◇
いつの間にか放課後になっていた。
下校する生徒。彼らは僕を見つけるとコソコソと話し合い僕から逃げるように学校を出ていく。
先生から今日の模擬戦闘実習についてお叱りを受けた。あくまで授業、あくまで実際の戦闘に関する予行演習。あそこまで圧倒的にやるのは授業の体裁に背く等々。
その他に親から電話が来て、僕が無断で授業に出席したということも含めて怒られた。
僕は一体何に焦っていたんだろうか。
僕は一体、昨日の戦闘で何を掴んだだろうか。
『くすくすくす……』
呆然と帰る僕に、笑っている少女の声は聞こえなかった。