第1話 いつも通りの日常
※リメイクならぬリスタートです。設定やプロットを見直し、完全に別作品になりました。
詳細は作者の活動報告をご覧ください。
夢を見た。過去の記憶から再現された懐かしい夢だ。
当時はまだ小学校低学年に上がったばかりの頃だった。
記憶は曖昧で、だからこそ分かる当時の憧れ。
それは曖昧であればあるほど、憧れは漠然となり、長続きする。
巨人達の戦争を見た。
片方は化け物の様相をしており、もう片方は鎧を纏った巨人だった。
逃げろと、幼い自分に叫ぶ大人たち。
死にたくないと、誰かに祈る人々たち。
そんな光景を無視して、僕は目の前の光景に目を奪われた。
当時の記憶は曖昧で、だからこそ目を奪われた。
逃げる時に頭をぶつけたのか、ジュクジュクと頭から流れ出る血で、フラフラした。
それゆえか、今見ている光景は幻想か何かと錯覚した。
それゆえか、今見ている光景は物語から飛び出た光景みたいだと錯覚した。
逃げる人々、叫び声を上げる人々。
もう嫌だと泣く人々。必死で、絶望な様相。
その中で僕は、恐らくこの世界でたった一人だけ、その光景をまだ見ていたいと思った。
◇
「適性検査はゼロ……やっぱ無理なのかな……」
一つの紙切れを見つめながら、ハァ……とため息を吐く僕。
僕の名前は八城ゲン。恐らくこの世界でたった一人だけ、魔導を使えない人間だ。
遥か昔に起きた世界規模の変革により、人々には精霊と名乗る存在が現れた。
それはある種のAI。つまり自我が芽生えた人工知能。
ありとあらゆる機械に適応するAI。
それから何千年もの時間が流れ、やがて精霊と共存していた人類は、進化を経た。
魔導と呼ばれる、超常現象を操る技術が誕生したのだ。
正式名称は超越現実機能。略称『ORシステム』。
だが科学者以外の人々は、もっぱら『魔導技術』と呼んだ。
それは理想に対する憧れかは分からない。
今じゃ世界は、魔導を中心に回っていた。
魔導は人々の生活に貢献し、そして。
――魔導は、人々に外敵に対する力を授かったのだ。
それは進化した人類と同時に現れた、敵。
通称『ウイルス』。AIである精霊を食らい、人々の文明を壊す害悪。
それに対抗するため、人々は未来ある若者に育成を施す。
そのうちの一つが『魔導館学園』。
僕が入ろうとした学校であり、入ろうと思っても入れない学校の名前だった。その証拠が今持っている適性検査の紙だ。普通の高校に入る事は出来ても、魔導に関する学園は無理だと書かれていたのだ。
「本当にどうしようか……」
幾らため息を吐き出しても、何も解決しない事は分かっているが、吐かずに入られなかった。
もういっそ諦めろと、毎回僕の適性検査に付き合ってくれる先生方の声が頭の中に繰り返される。
「おーいカラオケ行こうぜー!」
『行けませんよ? 貴方は家に帰って受験に励まなければなりません』
「えーいいじゃんー」
『ダメな物はダメです』
クラスメイトの一人とその精霊との会話が聞こえる。
その会話を聞きながら、僕は腕につけているデバイスを見つめた。
僕が魔導を使えない理由は至って単純で、単に僕のデバイスには精霊が生まれていないのが原因だった。
本当は、魔導を覚える小学校低学年の時に生まれるはずだった精霊が、生まれていない。
国の法律で付けていたこのデバイスは最早、ただのブレスレットも同然だった。
魔導を使う為の神経はある。魔導を使う為の知識もある。
なのに魔導を発動するための精霊が存在しない。
「……家に帰るか」
重たい足取りで家に帰る僕。そして家に帰り親に適性検査の通知表を見せると思うと益々憂鬱になる。
太陽は夕日に沈み、辺り一面がオレンジ色になるのを見ながら僕は家に向かった。
家に着きリビングに入ると、妹が「お兄ちゃん、おかえりー」と僕に目を向けずに言った。
僕ではないという可能性もあるが、妹は頭がいい。恐らくこの時間に帰るのは僕一人だけだと分かっているのだろう。そして、その後に妹の精霊が『お帰りなさい、お兄様』と言う。
「ただいまカナタ、ホムラ。お母さんとアカネも」
察しの通り、ホムラはカナタの精霊で、アカネはお母さんの精霊だ。
「あら、お帰りなさいゲン」
『ゲン君。今日はシチューだよ』
「やったね。丁度シチューを食べたい気分だったんだよ」
「それはタイミングが良いわね」
さて、ここからどう通知表を見せようか。そう考えていたがきっかけは向こうから来た。
「……ねえお兄ちゃん。適性検査の結果、出たんでしょ?」
「……流石カナタ。やっぱ頭いいよお前」
「は? いや、だって私も今日適性検査の結果が出る日だし。ってか同じ学年でしょ?」
「ごもっともで」
僕とカナタは兄妹でも、同じ年の双子だ。
だから学校も同じだし、学年も一緒で中学三年生だ。ただしクラスは違うけど。
「見せて」
一言且つ簡潔。これ以上無い要求内容だろう。
「見せる前に、カナタも見せろよ?」
「えー? 見るの?」
「不公平だろそれ。毎回お前の適性検査の通知表見せてくれないじゃん」
「まぁ、今日はいいんだけどね」
そうして見せて貰ったのは、カナタの適性検査。
やはり僕と違って、カナタは精霊があるから魔導も使えるため、魔導に関する学校に行ける。
だけど僕が目を見張ったのは、カナタが志望する学校の名前だ。
「カナタお前……『魔導館学園』って」
「へへーん。実はね、お兄ちゃんが魔導館学園に行くって言うからさ私も行こうかなって」
そこには屈託の無い笑顔で報告するカナタがいた。
カナタは、僕が一切魔導が使えないと分かっている。分かっているからこそ、僕が魔導に関する学園に入れないことも分かっているわけで、他人が見ればまるで僕に対する当て付けだと言うだろう。
しかし、別にカナタは悪意があって、僕と同じ学園に通いたいという訳ではない。ただこれまでと同じ、僕と一緒に学園に通いたいと思っていたのだ。
「必死に勉強したんだよ? 幾ら私が頭いいからってこの学園の適性検査に、大丈夫って保障を得るの大変だったんだよ?」
「だからこれまで適性検査の通知表を見せなかったのか……」
「サプライズだよーお兄ちゃん。さぁお兄ちゃんのも見せて」
その言葉を聞いて、またもやため息を吐く僕。
結果は分かっているのだろうに。それでも妹は毎回適性検査の日に僕の通知表を見ようとする。
「……あちゃー今回もダメだったかー。でも大丈夫だよ! まだ後何回かあるって!」
これもまた同じ言葉。何故かは分からないが妹は、僕が今回はダメでも次回は大丈夫だと自信満々に言う。それは身勝手な言葉なのか、それとも同情の言葉なのかは分からない。
「魔導以外はかなり優秀じゃん! 後は気合で魔導を出すだけだよ!」
『ふぁいと、です。お兄様』
「まぁ、そうだよね次回もまた頑張るよ」
妹の精霊であるホムラも励ましてくれる。ここ最近、この二人の言葉により僕は前を向けていけた。
それでも、毎回この適性検査を見たお母さんは、僕の進路について心配してくる。
それが心からの心配であることは分かっているが、それでももう少しだけ頑張りたい。
「それじゃあ、風呂に入ってくるよ」
それが無理な話だと分かっていても、ギリギリまで頑張りたいんだ。
◇
何とか立ち直ったお兄ちゃんは、風呂に行くといってリビングから出た。
私はそのお兄ちゃんの後姿を見て、言いようの無い苛立ちを感じた。
「…………」
『カナタちゃん……やっぱりお兄様の事は……』
「ううん、ダメ。お兄ちゃんは大丈夫なの。絶対魔導を出せるようになるから」
それでも出せないのはきっと、何かきっかけが足りないからだと思う。
思い出すのは、十年前の出来事。それは未曾有の災害で、人類が危機に陥った大事件。
――超巨大ウイルス襲来事件。
ウイルスは通常、人間と同程度ぐらいの大きさが殆どだ。
一番大きくても、魔導の極地である巨人『デウスマギカ』の二十メートルを超えるウイルスは存在しない。
――そう、思っていた。
あの事件に現れたウイルスは、全部で二十体。
その殆どのウイルスは、ほぼ四十メートルを超える巨体を誇り、その内約一体は百メートルを超えていたのだ。あれで失った『最高の魔導師』達は100人以上。今や残っている『最高の魔導師』は12人にまで減った。
それからだ。お兄ちゃんの様子がおかしくなったのは。
それまでの記憶を失い、魔導を使う事が出来なくなった。
小学校低学年で覚える前に使えていた魔導が、使えなくなっていたのだ。