虫取り行こうぜ!
お久しぶりです。
秋乃「最近暑すぎじゃない…?」
香月「水分補給しっかりな!」
章「塩分も忘れずにな」
蝉の鳴き声が増えてきた今日この頃。
休日、舛田秋乃は自分の部屋でゲームをしていた。
すると「ピンポーン」とインターホンが鳴る。
家には母が居るので、秋乃は気にせずゲームを続ける。
少しすると、部屋のドアが叩かれた。
「秋乃、友だち来てるわよ」
「ええ? ……今行く――」
誰だろと秋乃は思いながら、セーブをしてから部屋を出る。
玄関に向かって、チェーン越しにドアを開けると、そこには田端香月が居た。
「香月じゃん。何してるの?」
「誘いに来た!」
「……何の?」
「この格好見ればわかるだろ?」
と香月は左肩に虫かごを提げ、右手に虫取り網を持っている。
服装も半袖短パンで、頭にはキャップを被り、柄を後ろにしていた。
「あ〜……分かりたくないけど、わかる」
「なら話は早い。一緒に行こうぜ!」
「遠慮します――」
と秋乃はドアを閉める。
向こう側で「おい! 閉めんな! 開けろ!」と香月が吼えるので、秋乃はまたチェーン分ドアを開けた。
「暑いじゃん、いいって……」
「そんなこと言わずに! 楽しいって!」
「いやいいよ」
「てかさ、まずチェーン外してくんね? 何でチェーン越し? オレ不審者とかじゃないよ?」
「外したら終わりだと思ってる」
「終わりってなんだ終わりって――!」
二人が玄関で騒いでいると、秋乃の後ろに母がやってきて口を挟む。
「――ちょっと、近所迷惑になるからやめてくれる? それと、休みの日家にばっかり居るんだから、たまには外行ってきたら? こうして誘いに来てくれてるんだから――誘われるうちが華よ」
母に言われ「そうだそうだ」と虫取り網を掲げる香月を見てから、秋乃は「はぁ」と小さく息を吐き、それから「わかったよ」と呟いた。
「テレビ消してくるから、ちょっと待ってて」
「よっしゃー! 熱中症対策もしっかりな!」
「……はいはい――」
変わらずやる気の香月に、秋乃は早く帰れればいいなと思いながら、テレビを消しに自分の部屋に戻るのだった。
テレビを消して香月と合流した秋乃は、自分だけ連れ回されるの嫌だなぁと思いながら、香月に訊く。
「章は誘わないの?」
「何言ってんだよ。これから誘うに決まってんだろ?」
「来るかなぁ」
「来るかなぁ、じゃなくて、連れ出すんだよ――」
ニヤリと口角を上げる香月を見て「うわぁ最悪」と呟きながら、おれだけじゃなくてよかったと秋乃は内心思うのだった。
*
平井章の家に着いて、香月がインターホンを押し、秋乃は後ろで待っていた。
『――はい』
「あ、章居ますか? 田端香月です、香月って言えば伝わると思います」
『ああ、章の友だちね、ちょっと待ってねーー』
インターホンが切れて少しすると、足音が近付いてきて、恐る恐るドアが開かれる。
「……なに?」
秋乃同様、チェーン分ドアを開けて、章が隙間から顔を覗かせた。
今まで寝ていたのか、所々はねている髪を軽く整え、章は眉間に皺を寄せて香月を見る。
「よっ、これから虫取り行くから、章も来いよ」
「だる……」
「だるい言うなよ――てか章もチェーン外さないのなんなの? 秋乃もさっきチェーン外さなかったんだけど」
「え? あー……外したら終わりだろ」
「理由も一緒かよ! 何が終わりだよ! 始まりだろ!」
ドアの前で吼える香月に、章は「うるさいうるさい」と注意しながら、秋乃に気付いて言った。
「……あれ? 秋乃もいんの? 珍し」
「仕方なくだよ」
「仕方なく?!」
秋乃の返答に驚きながらも、香月は章に続ける。
「仕方なくでもなんでも――、一緒に虫取りしようぜ!」
「二人で取れよ、外暑すぎ、出たくない」
外に出る気はないようで、章はドアのチェーンを外す気はないようだ。
そんな章に「そんなこというなよ」と香月は続けた。
「この夏、オレたちと最高の思い出作ろうぜ!」
「何で虫取りだよ、小学生かよ」
そう怪訝な顔をする章に、香月は「ちっちっち」と人差し指を振って言う。
「わかってないな……。小さい頃は無邪気に取っていた虫だが、珍しい虫は高値で取り引きされるらしいじゃないか……! これすなわち、小遣い稼ぎでもあるのだ!」
「……なるほど?」
香月の説明に、今まで行く気を見せなかった章も少し考える仕草を見せる。
それから納得したのか、香月に言った。
「その話、乗ろう」
「よっしゃー! じゃ、熱中症対策しっかりしてこいよ!」
「了解――」
さっきまで渋っていたのに、それが嘘だったかのように章はドアを閉めて部屋に戻っていく。
そんな章を見て、取れなかったら意味ないのでは……?と秋乃は思ったが、それを言ったら帰ってしまうかもしれないので、心に留めておく秋乃だった……。
*
準備を終えた章を迎え、三人は公園に来た。
至る所から蝉の鳴き声が聞こえてきて、夏を感じる。
「……さて、目的地に着いたわけだが――。虫取り網、オレしか持ってないの?」
「虫取りしてこなかった人生なもので……」
「近所の子どもにあげちゃったな」
と秋乃と章が答える。
香月は「なら仕方ないか」と呟いて、改めて虫取り網を掲げて言った。
「それでは、虫取りを開始する! 各々気になる虫がいたら、隊長であるこのオレに声をかけること。虫取り網を持って参戦するからな!」
「いつから隊長になった?」「今だけでしょ」とごにょごにょ話す二人に、香月は「やるぞー!」と一人気合い十分に探し始めるのだった。
それぞれ木を見たり、秋乃はベンチで休んだり、香月は蝶々を追いかけたり、章はもう飛んでいるトンボを見て「季節間違ってね?」とツッコんだり……。
「――はーっ、全然捕まらん!」
「おれたちにはまだ早かったんだ……」
「虫取りに早いも遅いもねーだろ」
一旦三人でベンチに座って休憩していると、少し離れた所で子どもたちの声が聞こえた。
「なんか居るぞ!」
「ほんとだ! レアかな? すっげーでけー!」
と子どもたちは虫取り網でつんつんと突っつく。
それはかなり大きいのか、子どもたちは背伸びをして虫取り網を伸ばしていた。
その様子を見て、香月は「よし」と呟いて秋乃と章を見る。
「……子どもたちが諦めたところで、横取りしよう」
「大人げないね」
「オレたちだって子どもだろ? 関係ないね」
「そういうことじゃなくね――?」
そう三人がごちゃごちゃ言い合っていると、子どもたちは中々それが取れないのか、諦めた様子で首を振り、木から離れていった。
「よし、今度はオレたちの番だな、行くぞ!」
待ってましたと言わんばかりに香月は立ち上がって、子どもたちが居た木に向かう。
秋乃と章も香月の後を追って、木に向かった。
「……何かいた?」
「だいぶデカいぞ! 売ったら相当な額になるんじゃね?!」
秋乃の問いに、香月は木を見上げて鼻息を荒くする。
確かに、枝と枝の間に何かが丸く固まっているように見える。
香月は虫取り網の端を持ち、思い切り下から網を突き上げた。
香月が伸ばした虫取り網は、見事それに命中する。
「いったッ――!?!」
「「「え――」」」
返ってきた言葉に三人が固まっていると、それは枝の間からスタッと降りてくると、ゆっくり立ち上がって、虫取り網が当たったであろう腰辺りを撫でた。
「酷いでござる……結構な力だったでござるよ……」
と枝の間に居た忍者は、悲しげな声で続ける。
「せっかくの休み、なぜこのような仕打ちに遭わなければいけないでござる……」
「忍者さんだ――何してるんですか? 虫かと思いましたよ」
「すいません、結構な力でやっちゃいました……」
秋乃と香月に言われて、忍者は痛む腰を撫でながら口を開いた。
「ずっと学校に居るのも疲れるでござるから、こうしてたまに公園に来るのでござるよ。外の空気は良いでござるな――」
うんうんと頷きながら空を眺めてから、忍者は三人に視線を戻して訊く。
「ところで、何故田端殿はそんな網を持っているでござる?」
香月は「あぁ」と虫取り網を見てから答えた。
「虫取りに来たんですよ! 高値で取り引きされる虫を捕まえて、小遣い稼ぎしようと思って!」
フフンと鼻から息を吐く香月に、忍者は「なるほど」と手を叩いて頷いた。
「それはいい考えでござるな」
「でしょう!」
「忍者さんは木の上で何してたんですか? 虫探してたんですか?」
「ふっふっふ」と笑う香月の横で章が訊くと、忍者は「探してないでござるよ」と続ける。
「拙者、いつも狭い空間や高い所に居るでござろう? だからか、木の上など、地面よりも落ち着く気がしてな。だから木の上で眺めていたでござる――子どもたちが無邪気に走り回っているのを見ると、平和を感じるでござる」
そう言ってから、周りで走り回る子どもたちを見て優しく微笑むと、忍者は三人に向けて言った。
「暑いでござるから、水分補給をしっかりするでござるよ。じゃあ、そろそろ拙者はまた学校に戻るでござる。レアな虫が捕まえられるといいでござるな。では――」
一方的に伝えると、忍者は身軽にジャンプして木に上がり、そのまま木の枝と木の枝の間を縫って走っていく。
残された三人は顔を見合わせて、思わず言っていた。
「すごい、マンガで見たことある走りしてる」
「忍者さんってホントに忍者走りするんだな!」
「……やっぱり本物なのか……?」
それぞれ驚きと発見、そして疑問を口にする三人なのだった……。
そしてその後、何も捕まえないで帰るわけにはいかないと、香月は虫取り網を振り回していた。
「何か入れー!!」
「あんなんで入るか?」
「入らないんじゃない――?」
章と秋乃はベンチに座って、蝶々を追いかけ回す香月を見て話す。
「捕まえられたとして、どのくらいの値段になるかだよな」
「……そういう問題?」
「そうだろ?」
真顔で「違うのか?」と首を傾げる章に、秋乃は本当に稼ぎにきたのかと内心驚いていると、香月が二人を呼ぶように叫んでいた。
「秋乃ー! 章ー! 野嶋捕まえたー!」
「「は?」」
二人はポカンとしてから、少し離れた所にいる香月の元に向かう。
近くに行くと、香月は虫取り網で捕まえていた。
捕まえていた、というか野嶋 朔の頭に虫取り網を被せていた。
「――何してんだお前は」
「香月、野嶋は虫じゃないよ。人間だよ」
と章と秋乃が言うと、頭に虫取り網を被っている朔が口を開く。
「田端は俺を虫みたいな存在だと思ってるってこと……? 最高だね。なんならもっと強く被せてきても大丈夫だよ!」
何故か目を輝かせる朔に、章は周りを見渡してから言った。
「湯川はいないのか――? こういう時の湯川だろ」
「犀は本屋に行ってるよ。一緒に行くってついて行こうとしたんだけど、お前は邪魔だから公園で虫の気持ちでも考えとけって言われて」
と朔は「ははは」と小さく笑って、額にかいている汗を軽く拭ってから続ける。
「夏の虫はどんな気持ちでいるんだろうって考えてみたんだけど……、この暑さに正常でいられるわけないし、それでもこの暑さの中で鳴き続ける蝉たちは、きっと自然に虐められて嬉しくて『ありがとうありがとう』って鳴いてるんじゃないかなって思って――。なんか、シンパシー感じちゃった」
虫取り網を被ったまま口角を上げる朔に、章は「なわけないだろ」とツッコんだ。
「鳴くのはオスの蝉だけで、求愛行動だぞ。だから暑さに喜んでるわけじゃないからな? あと普通に熱中症になるから、早く帰れ」
「そうだったっけ、はは、暑さにやられたかな」
「野嶋の頭が暑さにやられる前に、早く解放してあげないと――」
秋乃が虫取り網を外すと、朔は少し残念そうな顔をして呟く。
「もう終わりか……」
「そういう遊びじゃないからね。香月もダメだよ、虫取り網なんだから」
「ごめんな野嶋……。あまりにも虫が捕まらないから、ついボケに走っちまったぜ……危ない危ない」
そう香月は額を腕で拭うと、諦めるように続けた。
「そろそろ帰るかぁ、虫も捕まらないし……」
「早く帰るべきだったろ、忍者さんに会った後に」
「確かに、それもそう」
と章と秋乃が顔を見合わせて頷くので、香月は「なんだよ」と少し拗ねたように口を尖らせる。
「なら早く言えよな〜――てか、野嶋も嫌なら嫌ってちゃんと言えよ?」
香月が朔に言うと、朔は「大丈夫だよ」と満面の笑みで答える。
「むしろドンと来いだよ、久々にこういう扱いされて嬉しかったし、ありがとう」
何故か嬉々とした顔でお礼を口にする朔に、香月は若干引きながら言った。
「……おぉ、じゃあ、また学校でな!」
「じゃ、また」
「ちゃんと水飲めよ――」
そう三人は朔に別れを告げ、公園の出入口に向かって歩き始める。
「……久々に野嶋の狂気を感じたわ」
「わかる、普段は隠してるだけなんだなって思った」
「普段も隠せてるか怪しいけどな」
とツッコみつつ、章がちらりと後ろを見ると、まだ朔は立ち尽くしていた。
熱中症にならなきゃいいけどな、と思いつつ章はまた前を見る。
そして三人は背中に蝉の声を受けながら、公園を後にするのだった――
その後。
犀「…ちゃんと帰ったか?」
朔「帰ったよ。水分補給もしたし、安心して」
犀「そうか、ならいい――」
自分で言っておきながら、朔がちゃんと帰ったか少し心配していた犀でした。




