終幕
「―――――そこまでっ!」
シュンの首を斬り落とさんと突き出された刀が、アレンさんの声に反応してピタリと止まった。
刃先がほんの1mmほど、首にめり込んでいる。冷や汗がシュンの頬を伝って、床に落ちた。
「双方、剣を納めよ。」
その言葉に刀が引っ込められて、時海さんからの重圧が消える。
シュンは息を荒げながら、何も考えずにヒュンっと剣を斜めに斬り払って、鞘に納めた。
「~~~~~~」
「~~~~~~~~~~~~~~」
「~~~~~~~~~」
時海さんがアレンさんと何かを話している。しかし、シュンの耳には入ってこなかった。
足元がふわふわしている。
風邪をひいた時のように、身体中が熱い。
視界が歪んで、まるで蜃気楼を見ているようだ。
今すぐ倒れ込んでしまいたかったが、最後の気力でそれだけは堪えて、時海さんに合わせてふらふらとお辞儀をし、歩き出す。
汗が全身から噴き出してきて、すごく疲れていたが、それ以上の充実感と郷愁を、シュンは感じていた。
額を拭うようにして目元を覆い、さりげなく拭き取る。
(―――――――もっと・・・・・・。)
闘いたかった。
知りたかった。
闘っておけば良かった。
知っていれば良かった。
(父さん・・・。)
闘技場から出て、薄暗い廊下に入ると、すっ、と熱気が引いていった。遠く背後で喧騒が聞こえ、初めて拍手をされていたことに気が付く。
時海さんが振り返り、シュンに足並みを揃えた。
「シュン、ご苦労様。いい勝負だったよ。」
「―――ぁ、ありがとうございます。」
「さ、疲れただろうけど、もう少しだよ。早速、任命式に移るから、服を直して。」
「あ、はいっ・・・・・・・・・・・・はい?」
シュンは思わず聞き返した。
「任命式・・・です、か?」
「うん、任命式。―――――――あれ、聞こえてなかったのかい?」
「なにを、ですか?」
「あー、じゃあ、改めて。――――――――シュン、君は合格だ。君は、神の司の護り人として、認められた。私が認め、アレン様がお認めになった。・・・・・・条件付きだけど、ね。」
そう言われて――――――――――シュンはようよう、思い出した。
(そっか、俺・・・・・・試験を、受けていたんだった。)
いつの時からか、シュンはすっかり『試験』だとか『結果』だとか、そんなことなど綺麗に忘れ去っていた。
「合格・・・なんですか?俺・・・・・・。」
独り言のように呟いたシュン。
時海さんは微笑んだ。
「そうだよ。とりあえずは、ね。」
その言い方に、何か含まれるものを感じ、シュンは時海さんを見上げる。
疑問の視線に答えて言うことには、
「条件付きだ、と、言ったよね。その条件を達成しないことには、正式に旅に出ることは出来ないことにした。しばらくここに留まってもらうということは、神楽には既に言ってあるし、了承も得てあるから、安心するといい。それで――――何をやってもらうかと言うと――――まぁ、ちょっとした修行だね。聞けば、数年のブランクがあるようじゃないか。それに、まだまだ君には伸び代があると見た。それとあと――――重たい服にも、慣れてもらわなければいけないからね。」
と。
その言葉に、シュンは、黙って頭を――――握った右手を左肩の辺りに置き、深々と腰を折る、ハザーヴ王国式の最敬礼で――――下げたのだった。
◇
「ハザーヴ王国、シュン。我々聖廉信仰協会は汝の実力を認め、神の司の巡礼に同行し、その御霊を護る任務を、汝に授ける。全身全霊を懸けて、任務を果たさんことを誓え。」
「はい、我が名に懸けて、任務を果たすことを誓います。」
「よろしい。では、護り人の証を―――――」
アレンさんは、跪いているシュンの元に手を伸ばした。シュンが顔を上げ、手を伸ばす。
渡されたのは、指輪だった。
不思議な光を放つ小さな石が、銀色のリングに嵌め込まれている。石には精緻な線が刻まれていて、聖廉信仰協会の紋章を描いていた。
シュンはそれを握りしめ、改めて、頭を深く下げた。
「汝に神の御加護があらんことを。」
「「あらんことを。」」
集まった神官たちが全員で復唱し、任命式は終了した。
◇
堅苦しい任命式を終え、聖堂内の空気が緩んだ。
シュンは詰めていた息を吐いて、立ち上がった。
「合格おめでとう、シュン。」
「ありがとうございます、アレンさん。」
「初・・・だよね、外部受験者で合格したの。」
「そうなんですか?」
「そうだよー初だよ~。初物コンビの誕生だね。」
と、アレンさんはニヤリと笑った。
「世界初の女・神の司。それも最年少と、世界初・外部からきた護り人。」
「・・・。」
「頑張れ。応援してる。」
「・・・はい、ありがとうございます。」
シュンは軽くお辞儀をして、踵を返した。
新たな護り人の誕生に、慌ただしく歩き回る人々の中を抜けて、聖堂を出る―――――と、
「よぉ、お疲れ。」
「・・・おう。」
扉のすぐ横の壁にもたれかかって、神楽がいた。
神楽はシュンの姿を認めると、すっ、と壁から身を離し、歩き出した。シュンも続いて、歩き出す。
しばらく、2人は何も話さなかった。
聖堂からいくぶんか離れ、人々の喧騒が遠くに消えた頃、ようやく、言葉が発せられた。
「―――――条件付きだけど・・・受かったぞ、神楽。」
神楽は立ち止まって、シュンを見上げた。そしてフワリと、心底 嬉しそうな顔で笑った。何故かはわからないけれど、その笑顔に、シュンはちょっとだけドキリとした。
「うん、知ってる―――――おめでとう。」
「おう。」
「これから・・・よろしくね?一応。」
「なんだよ“一応”って。」
「だって、条件を達成するまでは、ここから出られないんでしょ?」
「――――悪ぃ、足止めしちまって。」
「あぁ、気にすんな。元々、急ぐ旅じゃないんだし。それに、たまには母校に貢献する、ってのもいいことだしさ。」
「そう、か。」
「うん、そうだよ。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・――――そうだ。」
短い沈黙の後に、神楽が言った。
「私からのお祝いに、名前をあげるよ。」
「名前?」
「うん。だって、スタッヅ・シュルヴェインの名は、ハザーヴ王国に置いてきたんでしょ?」
シュンは久々に本名で呼ばれ、言葉を詰まらせた。
スタッヅ・シュルヴェイン―――――――シュンの本名であり、彼が故郷を出るとき、その場所に置いてきた名前である。
黙り込んだシュンに向かって、神楽は微笑み、近付いた。右手をシュンの胸元に当てる。
「スタッヅ・シュルヴェイン。改め―――――濬。その名は深き水の色。邪魔するものは何もない。ただ、己が思うままに、進む者の名。・・・・・・濬。」
「・・・あぁ。」
「改めて、よろしく。」
言うと、神楽は右手を離して、そのまま差し出した。
シュンはしばらく、その手をじっと見つめて―――――
「・・・こちらこそ――――よろしく。」
と、握り返した。
こうして、2人の旅路は、正式に幕を開けたのであった。
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
戦闘シーンは苦手です。
盛り上がらなくてすみません。
これからも精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします。




