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後編

 ―――――それから、再来週の火曜日。

 つまり、試験日。

 協会の広い闘技場の入り口で、シュンはがちごちに固まっていた。

 隣に時海(ときうみ)さんが立っているのが原因である。彼の腰に下がっているのは、シュンにとって見慣れない、細身の剣だった。黒い鞘は艶やかに光っている。鍔は丸く、くすんだ金色をしていた。

(初めて見るな・・・・・・。)

「これかい?」

 心を読まれたように声を掛けられ、シュンは思わず飛び上がった。

 時海さんは、ふふっ、と微笑んで、剣に手をやった。

「見たことないだろうね。これは、相国、って言う、ここよりずっとずっと東にある島国のものだから。“刀”っていうんだ。片刃で、切れ味と丈夫さを兼ね備えている剣なんだよ。」

「へぇー・・・。そうなんですか。」

 情報をもらっても、まったく緊張は解れないシュンであった。むしろ、

(こんな細い剣を扱うなんて・・・どんな戦い方をするんだろう・・・。)

 と、余計に警戒するはめになった。

 カチカチになってるシュンを見て、時海さんは少々、見損なうような思いでいた。

(ふむ・・・・・・感覚は鋭いようだけど。実力だって・・・まだまだ未熟だけど、そこら辺のやつには負けないだろうに。――――自信がないのかな?慎重すぎるきらいがあるな。感覚が鋭いだけに、警戒しすぎるのかな。)

 抜け目無いなのは美徳だが、思い切りが無いのは欠点である。

 そう思いつつ、時海さんは壁の時計を仰ぎ見た。時刻は12時59分。あと1分で、試験開始だ。

(何にせよ、実際に戦ってみないことには分からないからね・・・さて、どうだろうなー・・・。)

 シュンは先程からずっと、床を見て固まっている。

 

 コーン・・・コーン・・・コーン・・・


 1:00を知らせる鐘の音が鳴り、シュンは顔を上げた。

「さ、時間だ。――――行こうか。」

 時海さんが微笑む。シュンは静かに深呼吸をして、それから、

「―――――はい。」

 腹をくくったように返事をし、時海さんに続いて闘技場に入った。



                       ◇



 試験は、協会内にのみ公開されて行われる。

 無謀な外部受験者の登場を面白がってか、聖者の側近・近衛隊長である時海 双燕(そうえん)の登場を珍しがってか、見物人の数は膨れ上がり、闘技場いっぱいを埋め尽くしている。

 シュンは、闘技場の中央から、人に埋もれる見物席を見回した。

 人だ。人。人ばかりが目に入る。

 不躾な視線がいろんな感情を伴って、四方八方から突き刺さり、シュンは頭が真っ白になった。基本的に、視線には慣れていないのだ。

 拍動がやけに大きく聞こえる。身体中が熱っぽい。視界が狭く感じる。――――本当は、そんな自覚などシュンには無かった。

 ただ、シュンは俯く。

 その彼の耳元で、時海さんが囁いた。

「さぁ、始めるよ。」

 その声につられたように、シュンは少しだけ顔を上げ、どうにか、時海さんに合わせて深くお辞儀をした。

 スッ・・・・・・と、水を打ったように静まり返る場内。

 2人は距離を取り、向かい合った。

 それを見計らい、聖者アレンが見物席の一番見晴らしの良い特別席で、立ち上がった。

「只今より、神の司護り人試験を開始する。試験者、時海双燕。」

「はい。」

「受験者、シュン。」

「はいっ。」

「互いに全力で試験に当たられよ。―――――では、始めっ!」

 凛とした声が、戦いの火蓋を切って落とした。

 ワンテンポ置いて――――――――――2人の間の距離が一瞬で詰まり、

 ギィィンッ

 甲高い金属音が場内を揺らした。

 シュンは、何も考えずに動いていた。極度の緊張感が、そのまま鋭くなって、刃に繋がっているような気がする。狭くなった視界には敵しか映らない。強く脈打つ拍動は、全身に血を巡らせ、感覚をより鋭敏にしてくれていた。

 ある種のパニック状態を保ったまま、シュンはただひたすら、意識を無くしたように、時海さんに向かい続けた。



                    ◇



 かなり緊張しているようだ。

(うわー、シュンってばガッチガチじゃん。何やってんだか・・・。)

 神楽は、アレンさんの隣にお行儀良く座り、闘技場を眺めていた。中央では、シュンが俯いて突っ立っている。遠くから見ても、そうとう緊張していることが窺える。

(大丈夫なんだろうな・・・?)

 なんだか、自分まで緊張してきてしまった。

「―――――始めっ!」

 アレンさんが宣言し、試験が始まった。

 場内に立っていた2人の距離が、まばたき1つで縮まった。

 ギィィィンッ

 耳障りな金属音。そこから始まる怒濤の剣戟。互いに引かない、互角のやり取り。

 時海さん相手に粘るシュンを見て、場内が少しどよめいた。それだけで、どれほどシュンが期待されていなかったかが推し量れる。

(ふふん、私の推薦した剣士なのよ?そう簡単に負けるわけがないじゃーん。)

 神楽はこっそり、自慢するように鼻を鳴らした。



                    ◇



 あぁ、やっぱり、やってみないことには分からないな。

 時海さんは、改めてそう思った。

 まだ若い青年剣士は、戦いが始まるとまるで別人のようになった。

 緊張で強張っていた顔が、そのまま戦いに向かう真剣な顔になって、もはや回りの観衆も見えていないようだ。

(私が相手になって、良かったな・・・。)

 他の協会の剣士では、相手にならなかっただろう。そして、彼の本気も見られなかったに違いない。時海さんは自分の判断の良さに心中ほくそ笑んで、意識をシュンに戻した。

 ハザーヴ王国特有の剣と剣技。砂漠を歩くからか、剣自体にはあまり重量が無いようだ。しかし、それを補う体重の乗った攻め方。思い切りの良い踏み込みと、身体全体で覆い被さるように切り込んでくるのが特徴的だ。

 しかし―――――

(回避が、遅いっ。)

 斬撃を受け流した時海さんが、回避しようとしたシュンの肩口を、一息速く斬り裂いた。

 すかさず攻め込むが、追撃はあっさり迎撃され、また、一進一退の攻防に戻る。

(何かがおかしいんだよな・・・。)

 時海さんは、シュンの攻撃を軽く受け流しながら、考える。

(回避は遅い。けど、迎撃は速い。回避のタイミングは合ってるのに、どうして避けられないんだろう?・・・・・・ここはひとつ、試してみようか)

 そう思った時海さんは、頭を狙って繰り出された突きを紙一重で躱して―――――少しだけ躱しきれずに、頬に赤い筋が入ったが―――――懐に飛び込んだ。

 低い体勢から一気に伸び上がり、喉元目掛けて刀を突き出す。

「っ!」

 シュンが息を飲んだ。

 避けられるタイミングではない。普通の剣士なら、自分のミスを恨みつつも為す術なく殺られてしまうところだ。

 しかし―――――

「っ。」

 ―――――今度、息を飲んだのは、時海さんの方だった。

 体勢を大きく崩しながら、シュンが蹴りを放ったのである。長旅用の堅いブーツは、咄嗟にガードに入った時海さんの右手を蹴飛ばし、その反動で、シュンは尻餅を付きつつも距離を取った。

 普通の剣士・・・それも、協会に属する剣士なら、確実に取らない回避方。故に、時海さんも対応が遅れてしまった。

(ふぅん、面白い・・・・・・。今の窮地を脱したか。やはり、反応速度はかなり速いな。)

 なれば尚更、何故、普通の攻撃を避けられない?

 疑問に思ったまま、再びシュンと向かい合う。

 完全には避けきれず、ワイシャツの襟が斬り裂かれ、シュンの首からは血が出ている。

 しばらく睨み合う―――――と、おもむろに、シュンが剣を床に突き立てた。

 突然の奇行にざわめく場内。

 時海さんも、思わず目を見開いた。

 シュンはそんな周りの様子など歯牙にも掛けず、淡々と、コートを脱ぎ捨てた。深い青色の、新品なのにボロボロになってしまったコートが、無造作に丸められて床に落とされる。それから、シュンはブーツを脱ぎ、靴下を脱いでコートの横に置く。ズボンの裾を、ワイシャツの袖を折り曲げ、服に向かって小さく呟く。


「Don't interfere.」


 “邪魔するな”――――――――その言葉を聞いたのは、時海さんだけだっただろう。

 すっかり軽装になったシュンを見て、時海さんは納得した。

(あぁ・・・なるほどね。砂漠の服は軽いからな・・・。)

 回避が遅れる理由はそこにあったのか。

 ようやく疑問が解け―――――時海さんは、その理由と行動に、笑いが込み上げてきた。

 笑いを堪える時海さんの前で、シュンはきちんと剣を構え直して・・・・・・それから、片手を放して頭をポンと叩いた。―――――ちょっと不満げな顔になる。が、すぐに気を取り直したように、剣を持ち直す。

 さぁ、仕切り直しだ。

 緑色の瞳が鋭く光って語っている。

 時海さんは目を細めた。

(ここからが、本領発揮・・・・・・ってところかな。)

 シュンの気配が、よりいっそう濃く強くなっている。それに合わせて、時海さんも刀を握り直す。

(少しだけ―――――本気で、いかせてもらおう。)

 時海さんは、息を深く大きく吸い込み、細くゆっくりと吐いた。呼吸法は武道の基礎だ。ギアを入れ換える。

 ざわめいていた場内が静まった。

 2人の気配の濃さに圧されているのだ。

 耳を貫くような沈黙―――――その中で、

 パチンッ

 我関せず、と言いたげな身勝手な音が、一瞬、場内を支配して、

「!」

 シュンの頭上から青い物が降ってきた。

 唐突なことに動きを止めたシュンだったが、すぐに片手を頭に伸ばした。青い物―――――青色の帽子―――――を掴み、深く被り直す。

 シュンは笑った。

 不敵な笑み。これさえあれば、俺はもう無敵だと、そう言うような笑い。

 時海さんも笑い返した。まだまだ若いのには負けないぞと、そういう気持ちを込めて。

 そして、再び―――――今度は、瞬きひとつさせないうちに、2人の距離が縮まった。



                    ◇



「神~楽~~~?」

 アレンさんが、頬を引きつらせて神楽を振り返った。神楽は、片手をかるく上げた状態のまま、平然と笑った。

「手助けじゃないよ?ただの御届け物さ。帽子にはなんの仕掛けもないし、渡した以外には何もしていない。―――――問題、ある?」

「・・・いや、」

 アレンさんは頭を振って、悪戯っ子のように笑った。

「まったく、何の問題もないね。」

 反らした目線の先は、闘技場の2人。

 まるで踊るように剣を交える2人を見ながら、

「・・・・・・楽しそうにやりやがって。」

 と呟いた。

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