中編
シュンの父。
スタッヅ・オルフェウスは、何度も前述したように、"国一番の剣士"であった。
"一騎当千"とは、彼のためにある言葉のように思う。右に出る者はもちろんのこと、左に出る者もいない。後方には数里の差をつけトップを独走していた。
『その一振りは天の暗雲を両断し、その一突きは山を貫く。』とまで言われた。
さすがに少々大袈裟な表現だが、事実を述べるなら、剣一本で暴れ馬の制圧くらいはかるくやってのけたらしい。
その名声たるや、下中央において、知らぬ者はいないと思われる。話によれば、中央のどこぞの王家が、彼を欲しがって金塊を山のように積んだこともあるとか。当然ながら、断ったようだが。
とにもかくにも、シュンの父は凄いのである。
そのことは、幼き日のシュンも重々承知していた。もちろん、父から直々に剣を教わったのだから、その実力も理解していた。
だから、わかるのだ。成長した今の自分の実力でも。
『父さんには勝てない』と――――――。
◇
「ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバイなー・・・・・・ヤバっ」
「うるさい。」
指定された部屋への案内を断り、二人は歩いている。
歩きながら、暗い顔でブツブツ言い続けていたシュンの腹を、神楽が殴った。うっ・・・と小さく呻いて、黙りこむシュン。神楽は呆れた声で言った。
「さっきからどうしたの?暗い顔して。この数十分間で何かあったっけ?」
「どでかいことがあっただろうが・・・・・・。」
「・・・・・・あったっけ?」
「試験が・・・・・・なんだっけ、と、トキウミさん?」
「ん、時海さん。時海さんと戦うことになったねぇ。――――――・・・ああ、そんなこと?」
「そんなこと、ってお前なぁ。」
「だって、戦うだけでしょ?」
「・・・・・・・・・・神楽ぁ、お前、あの人が戦っているところって、見たことあるか?」
「いんや、無いけど。」
「だろうな・・・・・・。」
シュンはため息をついた。神楽は、わかってないのだ。時海さんがどれだけ強いのかを。
(いや、まぁ、俺だって、実際に見たわけじゃあないんだけども。)
見なくともわかる。時海さんの強さは、自然体からも溢れ出ていた。それなりに訓練を積んだシュンでさえ、萎縮するほど。
(うぅー・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・。)
シュンは頭を抱えて、溜め息をついた。
「・・・・・・・・・。」
神楽は、そんなシュンの横顔をじっ――――――と見詰め、おもむろに、
「えいっ。」
「っ!!」
シュンの左腕にしがみついた。しかも、指と指をしっかりと絡ませながら。
これには、シュンが慌てた。しかし、表情に変化は無い。――――――いや、赤らんでるか。赤らんでるな。肌の所為で色の変化が見にくいが、確かに、シュンは赤面していた。
「ちょ、おい、神楽!いきなり何なんだよ。離れろっ。」
「おやおやぁ?照れていらっしゃるのですかぁ?」
「馬鹿、お前自分の立場とか周りの目とか、ちょっとは考えろよ!」
「ふっふ~ん。」
当然ながら、神の司のこの行動には注目が集まっていた。あからさまに嫌そうな顔をする者もいた。
神楽は周りを見回して、不意に、ニヤニヤ笑いを消してシュンを見上げた。
「そんなことを気にする私は、私じゃないよ。周りが何と言おうが、どう思おうが、知ったこっちゃ無いね。周りが邪魔するならソレを蹴散らして、でかい障害があるならソイツを乗り越えて、私は私のためだけに生きるんだ。ね、シュン?あんたってさぁ、私のために護り人になりたいんだっけ?」
ニヤリとイタズラっ子のように笑った神楽に問われ、シュンは視線をそらした。
「・・・んなわけねぇだろ。誰がお前なんかの為に、故郷を捨てんだよ。」
「だよねー。それでいいんだよ。シュンはどうせ、シュンにしかなれないんだから。それに、」
簡単すぎる試練ほど、つまんないものはないでしょ。―――――――と、そう言われ、シュンは頷いた。
「ん・・・・・・そうだな。」
神楽は得意気に笑った。
「そうでしょう?」
「おう。・・・・・・わかったから、離せ。」
「やーだ。」
「・・・・・・・・・。」
二人は立ち止まった。シュンが睨むように見下ろし、神楽が面白がって見上げる。しばらく、見詰め(睨み)合い――――――――――
「てやっ。」
「あっ。」
遂に、シュンの腕が拘束を逃れた。
「ちぇー、ケチー。」
「うっせぇ。」
「でも、元気出たでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
シュンは答えなかった。しかし、その顔から憂いは消えている。それを見て、
「頑張って受かってよね。」
「最善は尽くす。」
「よろしい。」
フフン、と、神楽は偉そうに笑った。
◇
その夜。
神楽にあてがわれた部屋をノックする者がいた。
「はい、どちらさんでしょ?」
「はぁい、神楽。入ってもいいかな?」
「お、アレンさん。どうぞー。」
「おっ邪魔っしまーす。」
机に向かって本を読んでいた神楽が振り返ると、寝間着姿のアレンさんが部屋の中にきていた。協会のトップである十二聖者が、このような時間にただ一人で、気軽に出歩けるはずがないのだが、神楽は普通に彼女を招き入れた。ただ、
(側近たちも大変だろうなぁ。)
と思っただけだ。
アレンさんは何の遠慮もなくベッドに腰掛け、神楽は本を閉じ椅子に横掛けになった。
「どうかしたんすか?」
「いやぁ、別に。ただちょっと、昔を思い出しつつ積もる話でも~と思ってね。」
「なるほど。」
神楽は嬉しそうに笑った。
三年前――――――神楽が、この協会に併設された学校に在籍していた頃、よくこうやって、二人で夜中まで話し込んだものだった。アレンさんは既に聖者であったが、まるで同窓の友のように。
それから二人は、しばらくの間とりとめもない雑談に興じたのである。
「―――――――――ところで、ねぇ、神楽?」
話題の切れ目に、アレンさんが仕切り直した。声音がちょっと変化して、(ああ、ここからが本題か。)と神楽は思った。
「ん?なんっすか?」
「なんで、あの子にしたの?」
「あの子?・・・・・・・・・ああ、シュンのことっすか。」
「そうそう。」
アレンさんはニコニコと頷いて、うーーーーん、と唸って黙り込んだ神楽の返答を待った。
「なんでだろうなー・・・。なんでか・・・・・・なんでかって聞かれたら、そうだなぁ・・・。・・・何となく?」
「なんとなく、ってあんたね・・・。」
「いや、だって・・・・・ああ、んん、わかってますすいませんまじめにはなします、はい。」
アレンさんのニコニコ顔に、少しだけ呆れが混ざったのを見て取り、神楽は態度を改めた。真剣な話――――――特に、自分の気持ちや在り方に関することで、真剣に話すことは、神楽の苦手とするものだった。だから、“何となく・・・。”で押し切りたかったようだが、アレンさんには通用しなかった。
さっきより長い沈黙のあと、神楽はようよう、口を開いた。
「態度が、ね・・・・・・。」
「態度?」
神楽は小さく頷いた。
「態度がさ・・・・・・今まで会ったどの人とも、違ったんだよね。男では・・・初めて。」
嬉しそうに目を細め、どこか遠くを見ながら思い返す。
「最初に会った時、アイツ・・・・・・私を見て、驚いているようだったんだけど、イマイチよくわからなかったんすよね。ここしばらく一緒にいてわかったんすけど、あいつは反応が薄い。自分では驚いてるつもりなのかもしれないんだけど、横から見てると何にもわからないんすよね。それが・・・面白くって。それに、」
私の容姿を見ても、何の反応もなかった・・・・・・。と、神楽は心底楽しげに、呟いた。
「見てくれがこういうのなのは、生まれついたものだから仕方ないし、これを見て人の心が変動するのもわかってます。嫌だけど、しょうがないから、今まで利用し続けてきたんすけどね・・・・・・。アイツぐらいっすよ、色仕掛けが全く通用しない男。」
「色仕掛けっておいおい。聖職者の言葉じゃないね。」
「あれ、人のこと言えますか?」
「・・・・・・・・・・・・ヴ、ヴンッ。―――――それで?」
神楽は、わざとらしく咳払いし話を促したアレンさんを、少し笑って、今度はしっかりとその目を見ながら話し始めた。
「たいていの男って、私の顔を見て、職を知ると、歳とかに関係なく、下僕か従者みたいになっちゃうんすよね。まったく、情けない。」
「うんうん、本当に女々しいよね。」
「同年代の男なんて特に!」
「そうそう。わかるわーそれ。」
「そーゆーのが全く無かったんすよ。だから・・・・・・だから、いいな、って。こいつだったら、私の道連れとして・・・・・・一緒に長い旅をしても、飽きないんじゃないかな、って。」
そう思ったんすよ―――――――と語った神楽の顔は、本当に穏やかで嬉しそうであった。アレンさんはそれを見て、
(うん、これならいいかな。)
と思った。




