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葛藤

 東の空が僅かに白み始め夜の終わりを告げている。しかし夜陰は払われても変わりに分厚い雲に覆われ太陽の姿は見えない。


 山の裾野に広がった草原には、山からせり出し始めた暗雲が太陽の光を遮っていてまだ薄暗い。


 アウラは羽織っていた二重に重ねた毛布をそのままに立ち上がった。


 晴れた日中は沐浴が気持ちいいほど温かいと言うのに、春のこの季節は夜が更けていくにつれて冷え込み寒くなるし明け方は尚更冷え込んでくる。


 山裾に広がる平原は尚のこと良く冷え込みも格別だ。これだから野宿は好きじゃない。


 視線を平原に巡らせば昨夜まで広く見えた草原には、騎士団の野営テントがあちらこちらに張られ狭く見えた。


 山の頂上に目を向けると昨日、少年が言ったように雨の気配が見て取れる。眠気の残る頭で考え事をしながら、山に掛った黒く重なる雲をぼんやり見た。


 ランディーの言葉がアウラの心を締めつける。


 私はいったいどうしたいのだろう。


 偉大な魔女(グランソルシエール)の禁術書が、もし北の神殿で見つかればグリンベルの仇討ちが出来る力を手に入れられ、グリンベルの悪魔を打ち破る強大な魔術を知ることが出来る。


 手に入れた魔術書に記された魔術の習得。と言ってもそれが並大抵ではないことも分かっている。


 少年の言うことが本当なら、彼の預かり知らぬ処で起きた事件なのか? とも思う。


 ただ少年の記憶に無く知らないだけ……。


 もしかしたら少年は原典や古伝記等に記されている究極の魔物ドラゴン(オプティマール・モンストル)の称号は母だけが持つに相応しいという自負から、他のドラゴンの存在を否定しているのではないだろうか? と考察してみる。


 もし少年が言うようにドラゴンと呼べる唯一無二の存在が彼の母だけだとするならば、彼を討たなければならない。


 ……討ちたい。


 しかし少年の母、ドラゴンは既に死滅していて、少年は母(ドラゴンの力)を発揮する循鱗という得体の知れない物を体内に宿しているだけで、全ての元凶であるドラゴン自体はもうこの世に存在していないのだ。


 それでも討ちたい。


 直接的ではないものの滅してしまいたい気持ちが、胸中の何処かにあるのも確かなことだ。


 出来ることなら彼の体内から循鱗とやらだけを取り出す方法はないだろうか? もし出来たとして、この少年が素直に循鱗(母)そのものである循鱗(じゅんりん)を滅されると知ったらどう思いどう考え、どうするのだろうか? 


 いや考えるだけ愚かなことかも知れない。


 滅されると知りながら「はいどう」ぞ。と差し出してくれるわけがないのだ。


 大切な形見(母) を……。


 風狼と遭遇したあの時、危急を脱する為に循鱗を封印を解こうとし、心の何処かで迷いながらも、グリンベルの悪魔を討つその日のまで生き延びるために仇かも知れない循鱗の戒めを解こうと決めた。


 あの時、循鱗が放つ光の中に浮かび上がったドラゴンの姿は、おぞましく自分が思い描いていたそれとは違い実に美しい姿とドラゴンが放つ虹色の輝きから伝わてく来た。


 その感覚は幼い日々に抱かれた母の乳房のようで柔らかく温かった。まるで母の腕の中に抱かれているような安らいだ気持ちと温かくやさしい感触が風狼の恐怖を取り去ってくれたようにも思えた。


 少年が話してくれたように、我が身を投げ打ってまで究極の魔物であるドラゴンが魔物の群れから人間如きを護るために、この世に数多存在する内の極僅かな一握りの人間たちと街を守った理由はなんだったのだろう。


 少年だけを連れて逃げることなど循鱗を少年に与えていたとはいえ、少年の母が真の姿を持ってすれば雑作もなかっただろうに。


 ドラゴンは何故そこまでして人々を守ろうとしたのだろう……。


 いやきっとそうではないのだ。彼女は、ドラゴンは自分が拾って育てた愛する可愛い我が子を守ろうとしただけなのだろう。


 ドラゴンとはいえ母なのだから当然のように思える。

 

 アウラはまだ毛布に包まっている少年に眼を遣った。


 少年がもぞもぞと毛布の中で動いている。


「も、もう……、桃、食べられない。あっ……」


「……」


「おはよう。起きていたのかアウラ……だっけ? ふぁ――、あれ?」


 少年が毛布の中から顔を出し動こうとして置かれた状態に気付く。


「お、おはようございます」


「う、動けない。……ああそうか俺また夜中に縛られたんだけ?」


 少年は毛布に包められ毛布の上から縄で縛られている。


「の、覗き魔さんが夜中に抱きついてきたりするからですっ」


「ごめん寝ぼけてたんだ。母さんの夢を見て、だからあれも事故だ」


「随分、事故が重なりますね? わざとじゃないんですか?」


 アウラは目を細め少年を睨んだ。


「良かった。元気なアウラだ」


 少年がやわらかな笑みを向けている。


「えっ?」


「昨夜、なにかあったのか? あの騎士と」


「そ、そんなに気遣わなくてもいいですよ。聞こえていたのでしょ?」


「……良く分かったなぁ」


「覗き魔さんは今、名乗ってもないのに私の名前を呼んだじゃないですか」


「ああ、そうだった」


「聞こえていたのなら聞かないでください」


「なんて言うかなぁ? うーん……。俺は元気な方のアウラ好きだ」


 少年の言葉に、どきっと胸が跳ね、早い鼓動を打ちだした。


「なっ、なにを……。と、突然……」


 弾んでいるはずの胸が今度は急に締め付けられ、きりきり痛み出してきた。


「だから縄解いてくれないかなぁ?」


「なっ……どの辺がだからってなんですかっ! まったくもうっ」


 飄々とした少年の態度が、なんだか無性に腹が立つ。


「解いてください。なにもしないから、ほんとなにもしないから」


 なにもしないと言って自分は安全なんだと主張し、逆に不信感が出てしまっていることに少年は気付いてないのだろうか? と思いながらアウラはしぶしぶ少年を戒めている縄に手をやった。


「前にも言ったけど……、俺はこんな趣味を持ってない。どっちかって――」


「うるさいですっ。騎士様たちは、まだ寝ておられるのですからねっ」


 アウラは少年ていた縛った縄を解きに掛った。


「心配するな俺は逃げたりしない」


「……」


 先程とは違う感じで鼓動が跳ね上がった。この少年は自分が考え葛藤していたことを、その内容を少年は察している。


「に、逃がしません……」


「俺は逃げない。逃げる理由がない」


「……」


「もし万が一に母さんがアウラの故郷を襲った犯人だったら、アウラ、お前に討たれてやってもいい」


「な、なにを言って――」


「俺は母さんもアウラも大好きだ。だからどちらかを失うことになるのなら代わりに俺が討たれてやる。二度も母さんを死なせたくないからな。だけど俺には成し遂げたい想いと夢がある。それが済んでからだ」


「そ、そんなこと急に言われても私はどうしたら……」


「アウラにも成し遂げたい想いがある。故郷を焼いたグリンベルの悪魔を討つというう強い想いが。しかし知らない間に母さんの言われ無き呼び名も増えたもんだなぁ」


「……覗き魔さんが成し遂げたい想いって? 夢って?」


 少年の口から発せられる言葉が怖い。恐らく自分と同じことだろう。だから本当は聞きたくはない気持ちでいっぱいだ。


 それでも聞かずにはいられなかった。


「成し遂げたいことはアウラとあまり変わらない。俺は街の皆と母さんを殺した魔物を生み出した魔術師たちを倒したい。夢は、えっと内緒だ」


「今、なんと……?」


「魔術を使って魔物を創り出した魔術師たちを倒したい」


「じゃあ……私たちは敵同士なのですね? わ、私はちょっとだけですけど魔術が扱えますし……、それに少なからずドラゴンを憎んでいます」


「それはまだ分からない」


「でも魔術師たちを倒すって……今」


「アウラ? お前は魔物を創り出したことがあるのか?」


 アウラは勢い良く首を振った。そんな記憶は無いし自分はそれほどの魔術の知識と力を持ち合わせていない。


「今の私に、そこまで出来る力はないです」


「なら味方だ。俺の封印を解く術を知っているのは今のところアウラだけだからな。いざとなったら解いて貰わないとアウラを守ってやれないからな。それに俺は魔術師を全てを倒したい訳じゃない」


「……」


 封印の解き方を思い出して自分の顔にみるみる赤みが差していることが分かるくらい頬が熱い。


「アウラが俺の力と母さんの力が必要ならば貸してやる。約束だ」


「ありがと……。でも私は……、私はっ! の、覗き魔さんを討つかもし知れないっ」


「母さんがアウラの故郷を焼いたのならアウラの思うまま好きにすればいい。俺はアウラの味方だからな」


 そう言って少年は快活に笑った。


 分厚い雲に覆われた空が、アウラの心を覆っている深い闇が少しだけ明るんでいるような気がした。


 To Be Continued

ご拝読アリガタウ。

次回もお楽しみにっ!><b

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