表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

グリンベルの悪魔

 闇の中にギラリと光る鋭い眼光、月明かりに浮かぶ銀色の体躯、岩をも噛み砕きそうな鋭く大きな牙を剥き出した巨大な狼が伏せていた。


 更に遠くから近付いてくる大地を掻く蹄鉄の音が近付いて来ている。


 膠着状態が続いく空気は静かに破られ巨大な体躯に見合わない俊敏な動きで襲い掛ってきた。


 少年が少女を抱え転がる。


「しまった。羊たちが……」


 少女は解読を既に終え異様なまでに集中し小さな声で呪文らしき古語を紡ぎ出している。

 

 少女には辺りの様子も少年の声も届いていない。


「くそっ……」


 巨大な狼が大きな口を開いたが群れを襲うことはなかった。その大きな口から人が使う言葉が飛び出した。


「小僧、久しいな」


「……」


「憶えておらぬようだな? それも無理からぬことか。ドラゴンの奴が(わし)のところに連れて来たのは随分前のことだ。小僧よ、お主の母親のことは風の噂で耳にした。あのドラゴンは逝ったか残念なことだ」


「……!?」


 少年の腕の中でもそもそ動きながら口から発する古語に合わせ、懸命に杖を振り鐘の音を奏でている。


「終わりました。最後に封印解放の言霊を詠唱して……、あの……その、く、くくく、唇に……くく、口づけをして頂き、わ、私が覗き魔さんの首筋の紋章に口づけを与えると封印は、と、解けるはずです」


 少女は封印を解く準備が整ったことを告げ顔を赤らめ俯いた。


ansuz(アンスズ)perth(パース)nauthiz(ナウシズ)othila(オシラ)fehu(フェイヒュー)teiwaz(テイワズ)sowelu(ソウェイル)uruz(ウルズ)

(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き、完全なる力を)


 少女は杖を振り鐘の音に呪文を乗せた。


 からん♪ と軽い鐘の音色が響せ、胸のあたりで杖を握っている拳に被せ震えを抑え込むように手の平で包んだ。


 そして静かに瞳を閉じその瞬間を待った。


「あっ! 思い出した。お前は北の風狼(ウォルプス)だ」


「北の? うぉるぷす?」


 少女は胸に嫌な違和感を覚え眉間を寄せた。


「なに、呑気に眼を閉じてんだ?」


「……」

 少年の言葉に少女は頬を膨らませ唇を尖らせた。


「すまんな小僧、折角の再会だったが、五月蠅い奴らが来た様だ。長々話している暇はなさそうだ。気になった事だけ言っておく。お主、母親の循鱗を上手く引き出せてない様だな、その戒めを解けば扱うに容易いが、戒めは易々と解かぬ事だ。何のための戒めか良く考え、“彼女”の封印でも溢れ出す循鱗の力を自身の意志で使える様にしておけ、封印を解くのはそれからだ良いな」


 巨大な狼が身を翻し背を向けた。


「惜しかったな小僧たち。邪魔をして悪かった。ではまた機会があれば話そう小僧よ。お主の母の昔話をな」


 風狼が失笑の混じった声で言うと巨大な身体を軽快に走らせ闇の中に消えていった。


「惜しかったですね? 覗き魔さん」


「だから、なんだっけ?」


「封印の解き方聞いてませんでした?」


「君も聞いてなかったのか? 風狼が言ってたろ無闇に解くなと」


「覗き魔さんから口づけ出来るのは、初めて封印を解く呪文を唱えた時だけですよ? その後は首筋の紋章にするだけです」


「そんなことは一言も言わなかったじゃないかっ!」


「言いませんでしたからっ! それより私たちも逃げた方が良いのでは?」


 直ぐ近くまで来ている馬鉄の音が、風狼に森へ逃げ込んだことを知って追うのを諦めたのか、手綱を緩めたようだ。


「その必要はないと思うぞ。馬の鳴き声が聞こえるだろ? おそらく騎士の一団だ」


「あっ! あの……、覗き魔さんは確か、北を訪れたことはないと言っていませんでしたか……」


 少女は胸に(つか)えていることを言葉に変えた。


「言ったが風狼を見て思い出した。ごめん。でもグリンベルという街は思い出せない。もしかして母さんが本当に君の街を? しかし母さんが街を襲った覚えはないし襲う理由が見当たらない」


「そうですかぁ……。ならいいんです。北と言ったも広いですから、出来ることなら覗き魔さんのお母様でないことを信じたいです……」


「ありがと、俺もそうでないことを願っている」


 少年が満面の笑みを浮かべ少女の顔に近付け肩を掴んだ。


 杖に括られた鐘が、からん♪ と音を奏でる。


「うむっ……」


 少女は身体を強張らせた。


「なっ、ななな、なにをするんですかぁーっ! い、いいい、いきなりっ……」


「なにってキスして欲しかったんじゃないのか?」


「バ……」


「バ?」


「バババ……」


「バババ?」


「バカっっ! 初めてだったのにぃーーーー! プラムっっ」


 少年の尻にまた尻尾が生えた。




 焚火の灯りを見つけてか少女の怒鳴り声を聞き付けてか鎧を着けた軍馬が一騎近付き、二人と羊の群れの傍まで来て止まった。


 兜と楔帷子で身を固めた偉丈夫(いじょうふ)たちがマントを翻し馬上から見下ろしていた。


「怪我はないか? 君たち」


 まだ若い張りのある声で近付いた騎士が二人に声を掛けた。騎士団の隊長と思われるその男が跨いでいた鞍を後にし、側に控えた男に手綱を渡した。


 騎士が兜に手をやり取り去ると長めの金色の髪が現われた。


 金髪金眼の騎士は近くにいた副官と思われる中年の騎士を呼び二言三言指示を出している。


 若い騎士が向き直ると少女の前で膝を折り少女の手を取った。


「さ、触らないでください」


 少年に尻尾が生えて直ぐ膝を抱え地面に座り込み顔を伏せていた少女が騎士の手を払った。


「随分、冷たいじゃないかアウラ。久しぶりだな」


 アウラは顔を上げ若い騎士を見て表情を華やかせた。


「ラン、ディー様?」


 騎士が再びアウラの手を取り、その甲に口づけをした。


 アウラの顔が火が点いたかのように赤みが差す。


「魔獣に襲われていたのが君だったとは、怪我はないかい?」


「はい。襲われましたが怪我はありません」


「魔獣は何処へ?」


「森を飛び越えて逃げました」


 アウラは森の方を指差した。


「たいしたものだ羊飼いの魔除けと言うのは、いや流石アウラと言うべかな。まだ歳は十半ばだというのに魔術書の解読が出来るのだからな」


「は……、いえ……。わ、私の方こそランディー様には貴重な古語魔術目録と書物を見せて頂いておりますので、そのお陰かと思います」


 少し考えアウラはそう答えた。


「いや君の役に立てて嬉しいよ。間接的にでもアウラを守れた様な気分になれる」


「そんな……、わ、私の方こそ感謝しています」


 アウラは少年の方を、ちらっと横目で窺った。


「アウラ。例の件は考えていてくれるのかな?」


「はい。学園の件ですね? お願いしようかと思ってます」


「アウラの様な才色兼備の人材を紹介出来るのなら、私も鼻が高い」


「ランディー様……。そんな事」


「本当の事だ。実際、魔除けの術を扱える羊飼いは少ない貴重な人材だ」


「……」


「アウラ。君も知っている様に近年になって、魔物たちの活動が活発化している。君の様に魔術を扱える存在は魔物たちと対峙して行く上で、一騎当千に値する可能性を秘めている」


 ランディーに顎をやさしく持ち上げられ、端整な顔がアウラに近付く。


「……ラ、ランディー様」


 アウラは顔を横に向けランディーの視線を避けた。


 ランディーが動きを止めて言った。


「失礼した。先程から君の視線が間を置かず向けられる彼に妬いてしまった様だ。まったく大人げない。良ければ彼を紹介してくれないか?」


「私も昼間に出会ったばかりで彼の名前を知りません」


 アウラは少年の方に視線を遣った。


 少年は尻に生えた尻尾と格闘している。


「ただ彼が山羊飼いとしか……」


「山羊飼い? それは興味深い。落ち着かない瞳の原因は、それだね?」


「……」


「山羊飼いは魔物を扱う」


 戦場を生業にする騎士の鋭い洞察力で心中にある動揺を見通されているようで落ち着かない。


 アウラは心の揺れを誤魔化すように話題をすり替えた。


「ランディー様? こんな所まで先程の巨大な狼を追ってこられたのですか?」


「いや。ある古語魔術目録の情報を聞き付けてね」


「古語魔術目録がですか?」


「そうだ。北の古い神殿に隠されているらしい。調査に向かう道中、魔獣と遭遇して捕らえようとして逃げられた」


「何故? 魔獣を捕まえようとなさったのですか?」


「個人的にだが、あれを魔獣などと呼ぶには(いささ)か疑問があってね」


「疑問?」


「断言できないがあれは遠い昔、神々に数えられた神と言うべき存在だ」


「神々? ですか……」


「我々が信仰する唯一無二の『神』が寄こした魔物を祓う力を持つ聖獣だ」


 アウラは騎士の言葉に違和感を感じた。


「……しかし過去に教会は――」


 野太い男の声がアウラの言葉を搔き消した。


「隊長殿。我が隊の野営準備が整いました」


 近寄って来た男がきびきびとした引き締まった動きでランディーに告げた。


「御苦労、休んでくれ」


「はっ」


 間を置かず、また男が近付き報告を行っている。


「伝令。これより隊長会議を始める、各小隊長は速やかに騎士団団長の下に参集せよとのことであります」


「直ぐに行く」


 ランディーがやれやれと言った様に肩を竦めマントを翻しアウラの方を振り向いた。


「北の神殿に眠る古語魔術はグランソルシエール(偉大な魔女)の禁術書だそうだ。この情報が本物なら、君の願いが実現出来るかも知れない。魔物は勿論のこと君の故郷を焼き払い家族とその全てを奪ったグリンベルの悪魔を討つ魔術が見つかるかも知れないな」


「ほ、本当ですか?」


 アウラは思わず綻んだ。


「本当だ。見つかった暁には君に解読の手伝いを頼みたいと思っている」


「はい是非、私にやらせてください。ランディー様」


「解読が出来たその時には、君の積年の思いは成し遂げられるだろう。そのために君は魔術を知りたがっていたのだからな」


「……は、はい」


 アウラは思い出したかの様に茫然と立ち尽くした。


 アウラの討ちたくて止まなかったグリンベルの悪魔(ドラゴン)かも知れないドラゴンの力を宿した少年は直ぐ傍にいるのだから……。


 To Be Continued

ご拝読アリガタウ

次回もお楽しみにっ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ