別れ。そして再会の約束
幾重にも石を敷いて固められた街道、周囲は新緑に染まる草原が広がり、小高い丘に建てられた風車小屋の羽根が風を受けて風を切る音を立てている。
目的としている街が視界の遠くに見え出した頃、周囲には街道沿いに旅商人たちが布を敷いて商品を広げた露店が並び、忙しく街道を行き交う人の数も増え始めた。
その街道に桃色の髪を風に泳がせ八面玲瓏な顔立ちに紫水晶の瞳があしらわれた少女と、白銀にブルーマールが映える髪と左眼の碧眼が美しい輝きを放つ少年が歩いている。
不可解なことと言えば外見に刀傷や病で痛んだ様子もない閉じられたままの右眼の少年の尻から生えた白と黒の毛並みの大きな尻尾が、わさわさ揺れている様が行き交う人の目を引いた。
その隣を歩いている桃色の髪の少女が少年の視線の先を見るたびに、わなわな震える度に手に持っている節くれた杖に括られた鐘が、からん♪ からん♪ 小気味の良い音色を響かせた。
その鐘の音色をいっそう大きく、からん♪ と響かせると宝石の様な紫水晶の瞳が潤み出した。
「痛てぇ」
「ふぇ、えっ……えぐっ、……ふぅえーん」
「なにも泣くことは無いじゃないかぁ、俺と離れるのが嫌なのか? ……痛ぇっ」
小気味良い鐘の音色が、からん♪ と鳴り響いて少年の頭上に落ちた。
「さ、ささ、さっきっ! 他の女の子見てましたっ。い、今も、もっと前も……えぐっ」
「うーん? 大きな街の近くに敷かれた街道は行き交う人が多いから自然に眼に入る。それは仕方がないことだ」
「違うもん! そのあとに見比べていましたっ。あの子とあの人とその子と私をっ」
紫水晶の瞳を擦っていた白い手から細い指が伸びた。
「確かに見えたけど……アウラが指差すから今も見てる。それと余り人を指差すのは感心しないなぁ」
少年の碧眼が弓の様に反れ微笑みの表情を作り出した。
「示した人たちの特徴を三つ挙げてくださいっ」
「えっと……。綺麗、可愛い、やわらかい匂いがしそう。アウラに全部が当てはまる」
「もう一つ!」
「三つ、て言ったじゃないか」
「も、もう一つ追加ですっ。よく思い出してみてください。覗き魔さんが見比べていたところをっ」
「思い出してもいいのかぁ?」
「むっ……。やっぱりダメですっ」
アウラは眉間を寄せ頬を膨らませた。
「じゃぁ仕方がない。忘れよう」
「し、仕方がないってどういうことですかっ! 仕方がないってっ。直ぐに忘れてくださいっっ」
「見たんじゃなくて見えたんだ。視界に入ったんだから仕方ないだろ? 俺はなにを見比べてたのかなぁ? さて忘れた」
「……むむ、胸を見比べてました。……あの人たちの胸をジィーっと見て、私の方をちらっと見て……くすって笑ってましたっ。こ、これっていったいどういうことなのでしょうか?」
「そんなに怒らなくても」
「お、怒ってませんっ。ただ破廉恥極まりない覗き魔さんの視線を咎めているだけですっ」
「もっと破廉恥なことしたじゃなかったけ? 俺たち五回も」
「なっ! 誤解を招くようなことを言わないでくださいっ。キ、キキ、キスしただけじゃないですか。封印を解くために仕方なく……、そ、それに六回ですっ」
「そうだっけ?」
「もうーバカっ知らないっ。一回目は風狼さんと遭遇したときに覗き魔さんに突然、奪われたんですよっ。ファーストキスだったのに……。に、二回目は神殿て封印を解いたときで三回目は、そ、その……決闘の後あとで膝枕してたとき……です。四回目は道中で私が謎の組織に浚われて、覗き魔さんが砦まで助けに来てくれた時に封印を解いときと封印を戻したときの六回ですっ。北の神殿ではソルシエールさんが戻しちゃったけど……。全部で六回ですっっ! ……わ、忘れな、いでください。わ、忘れないで……。ふぇーん」
アウラは怒りの形相から、へにゃりと顔を崩し紫水晶の瞳を潤ませて、怒りの余り引っ込んでいた涙が堰を切って再び止め処もなく溢れ出し頬を伝った。
目的地だったシュベルクの街はもう目の前に見えて来ている。
北の神殿に向かう前、アウラの羊たちと一緒に騎士に預けたままの山羊を引き取りに来た少年とは、もうすぐお別れだ。
現状を鑑みると何処の街に行っても厄介者扱いをされる山羊飼いの少年が、受け入れられるわけもなくシュベルクに定住出来るはずはないのだ。
「忘れませんから……。魔術をもっと勉強して私が描いた魔物を創り出したという魔法陣と解除して、生まれた魔物を退治するまできっと、それが私の使命ですから……。王都の学園に行って魔術をもっと……もっと上手く使えるようになって、覗き魔さんの右眼も元に戻してみせます。そしてあなたを討ってみせます。……私、は忘れませんから絶対。……だからあなたも夢を叶えて戻って来てください。……私を討ちに、そして私の所に、私を……、必ず迎えに……」
時折、嗚咽を交えながらアウラは言葉を紡いだ。
「アウラは約束を覚えてるか?」
「約束? 覚えてます」
「俺は約束したから何処にも逃ない と。それに俺たちは切っても切れない絆で結ばれている。お互いに仇同士だ」
「仇が絆? 私たちだけの絆……」
少年がやわらかい笑みをアウラに向けた。
「アウラの思いと使命、俺の思いと夢の先でまた会おう、約束だ。俺たちの行く先は繋がっている」
「……」
「返事は?」
「……は、はいっ」
アウラはゆっくり頷いた。
少年が山羊を引き取りにアウラの住んでいる家に行くと、驚いたことにそこは貴族が住む立派な屋敷だった。
なんでもアウラが街を焼かれ天涯孤独になったときに、当時ひよっこ騎士と言っても由緒ある武門の爵位もちの家系に生まれたランディーの口利きで彼の遠縁にあたる元伯爵の養女として屋敷に入ったとか。
老伯爵も跡目を譲ったあと孤独な隠居生活を送っており、その寂しさからランディーが連れてきたアウラを養女にしたいと申し出たらしい。
屋敷の門には槍を持った衛士が左右に立ち、屋敷内のは執事とメイド長の二人と数人のメイドたち、コックなどの小間使いたちが老伯爵の周りの世話と屋敷の管理を任されていた。
好々爺な老伯爵がアウラから事情を聞くと少年に暫く屋敷に滞在して傷と旅の疲れを癒してから旅を再開してはどうかと計らってくれた。
アウラは喜んだが、それでも別れの日はやってくる。そんなに遠くない未来に……。
三日後……朝。
街を背に少年が山羊たちを連れ広い野へ旅立っていく姿をアウラは溢れ出る涙を堪え、その背中を静かに見送った。
足下ではプラムも尻尾を時折揺らし名残惜しそうに少年の尻を見送っている。
少年との絆。少年と自分の想いは同じ想いなのだから何時か必ず再び会うことになるだろう。
少年が街を出る前に話してくれた彼のもう一つの夢。
“大きな船を手に入れて世界を周る”そう言えば少年は夢を叶えるために山羊飼いになったのだと言っていた気がする。
何故? 航海にでるために山羊飼いなのか? と少年の思考を疑ってみた。
少年は何処か多くの人とは違う尺度から物を見ている、というかなにを考えているのか、アウラには今一分らない。
ドラゴンに育てられたのだから、普通に育った人間と感覚や思考が違うのかもと思えばなんとなく頷ける。
でも……なにゆえに山羊飼い? 随分、小さくなった少年の背中を見てアウラはそう改めて思った。
少年の消えそうになる姿を見ていると山羊飼いと過ごした短い間に起きた出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡った。
出会い方があれだったのが、どうにも腹立たしい。と思ったところで大切なことを聞くのを忘れていた。
「あっ! プラムどうしよう……私」
「クゥゥン?」
シュベルクまでの道中もいろいろあり過ぎて忘れていた。そんな暇も無かった。
少年が屋敷に滞在していたときには彼を送り出す際に旅の祈りをして無事を願おうと思いその儀式の踊りが、余りにも可愛くないので新しい振付を考えるのに夢中になて山羊飼いの少年と碌に話す事ができなかった。
振付が決まるとプラムに何度も噛まれ、尻の布が薄くなった少年のズボンを当て布で補強した。
丸みがある尻部に苦戦しながらも動き易さも考え、生地が重ね縫いされた丈夫な縫い代を中心に尻の丸みを模って切り抜いた当て布を股から腰へとズボンの厚い生地に縫い付けると、当て布がハートのように見え、なんとなく嬉しくなってしまいズボンの裾を床に下ろし得意げにハート型になった当て布部分を見て重大なことに気付いてしまった。
少年がズボンを履けばハート型になった当て布部は逆さまになってしまうことに気づいてちょっぴり切なかった。
本当にいろいろあったけど、最後に気付いたことはショックが大き過ぎる。
「プラム? 私……覗き魔さんの名前を聞くの忘れてた……」
「ウォン」
見えなくなった少年の背中を思い出しながら再開した時に必ず聞こうと強く思う。
陽は今日も昇り始めている昨日とは違う今日がまた始まる。だけどあの覗き魔で物知りでちょっぴり風変わりな山羊飼いの少年が居ない今日の始まりだ。
再会の約束……二人は必ずまた会える。
二人の想いは深く強い絆で繋がっている使命と想いと夢の先で交わっている。
だって……。
名前も知らないあの少年とは仇同士という二人だけの深い絆で結ばれているのだから……。
おわり。
★からんちゅ♪魔術師の鐘★ ~グランソルシエールの禁術書~
最後までのご拝読アリガタウ。




