ハングラードの閃光
循鱗の封印を解放しドラゴンと化した少年が笑んだように思った後にアウラは何時の間にか意識を失っていた。
気が付くけば、なだらかに下った場所に小さく神殿が見える小高い丘に寝かされていた。その丘は北の神殿に来る途中に先客の動向を探るために進軍を止め野営をした場所だった。
「ウォン」
「プラム?」
暫く聞いていなかった相棒の吠える声とその他に近くで聞き覚えのある声が鼓膜を揺らした。
「気が付いたかね、アウラ」
「……ランディー、様?」
「アウラ、無事でなによりだ。囲まれる前に逃げられたのかね? あの山羊飼いの姿が見えないが彼はどうしたのだ」
「……それは」
アウラは言葉を紡がず神殿を指差した。
指が示された方向に敵軍を見事討ち破ったランディー率いる名も無き赤の騎士団と援軍は歩みを止め神殿の方を見遣った。
「あれが少年の言っていたドラゴンの循鱗の力なのか。あれが究極の生命体ドラゴンそのもの力。……圧倒的じゃないか敵軍が虫けらに見える」
「……」
「どうしたのだね? アウラ。もしかして彼がグリンベルの悪魔だったなのかな?」
「わ、分かりません……。でも彼がそうだと彼自身が言っていました」
「それが本当なら暫く旅を共にした連れを討たねばならんアウラの気持は察するが、もしそうするなら私も及ばずながら助太刀しよう。だが現段階では、まだ彼は我々と旅をした頼もしい味方だ。我々も神殿に向うとしようか」
ランディーが馬上に上がると片手を天に上げ神殿の方に振り下し、騎士団に進めの指示を出した。
「さあアウラ」
ランディーがアウラに手を差し伸べ、アウラの手を取ると馬上に引き上げる。
陽の光を反射した水晶群のようなドラゴンの鱗が神々しい輝きを放っていた。
「てぇっ――」
乾いた炸裂音と共に撃ち出された鉛玉がドラゴンの鱗に易々と弾かれる。
石弓の上に備えられた人の身程もある矢を極限まで引き、弾いた無数の矢がドラゴンの巨大な爪でまるで集る蠅をあしらうかのように払われる。
巨大な翼を一度、煽られただけで重い鎧を着込んでいる騎士たちは容易に地面から引き剥がされ吹き飛ばされた。
鰐の顎の様に鋭い歯が並んだあぎとが開かれ咆哮が上げると、空気を淀ませながら衝撃波が生まれ石造りの民家を崩し、鋭い爪を持つ前足を薙ぐと空気を切り裂き真空を生み出して石壁を両断した。
長い尾が振られる度に民家も壁も瓦礫へと変わっていく。
人間の騎士たちが近付き一太刀浴びせる事等到底出来るわけもなかった。
勇敢にも立ち向かっていた騎士たちは、手持ちの弾が無くなると終いには、腰に差していた剣や槍を闇雲に投げ付けるが届かず、空しく地面に落下するだけだ。
巨大な体の死角から何とか後ろに回り込み、届いた剣や槍は硬い鱗を通すことなく空しく宙を舞い地面に落下するだけで、その後ドラゴンの鋭い光を放つ紅い眼が向けられると、それだけで騎士たちは腰を砕き尻もちを着いた。
その猛々しさに気押され、これまでにも魔物を討ってきた屈強な騎士たちも後退りし始める。
「これが数多の魔物たちと一線隔した魔物の内の一つ、ドラゴンの力なのでしょうか? バルバロ指揮官殿」
「ターデンっ。魔術師どもはどうした? まだ来ぬのか」
「それが一向に来る気配はなく。魔法陣を描き魔術を使うには時間が掛りますゆえ……。それに要らぬ邪魔が入ったとの報告を受けております」
「えぇぇ――いっ魔術師どもはなにをしておるかっっ」
指揮官が怒鳴り声を上げた。
「指揮殿。我が軍は総崩れ、このままでは全滅します。ここは一度軍を引き態勢を整えることを進言致します」
側に控えた副官が苦虫を噛み潰し答えた。
「もう一歩でグランソルシエールの禁術書を手中に出来たものを。――全軍、たいきゃぁく」
司令官が忌々しげに言葉を吐き退却の命を出した。
「全軍、たいきゃぁく」
副官が復唱すると波紋が広がるように復唱の声が上がった。
「なっ!」
馬の手綱を引き指揮官が馬を退路に向け絶句した。
神殿に戻ったランディー率いた騎士団が退路を塞いでいたのだ。
「無用な戦いは避けたい。銃を下ろし剣を引け」
「貴様等には……あれが見えんのかっ! 悪いことは言わん、命惜しくば貴様等も軍を引け」
指揮官がドラゴンに向い剣で差し示した。
「すまんが生憎あれは知り合いでね」
ランディーの言葉に指揮官が肩を落とし持っていた指揮杖を捨てた。
アウラの紫水晶の眼が神々しいドラゴンの姿が映し出した。
今し方まで鋭かったドラゴンの紅い眼が微笑みを表わしているかのように薄くなった。
このドラゴンはどんな時も笑みを絶やさないあの少年で、グリンベルを焼き払った忌々しいドラゴンではない。
アウラは仇と言いながらもなんだかんだ言って、安全な場所まで自分を運び助けてくれたこのドラゴンをそう思おうとした。
確かにグリンベルの街を焼き払ったのは少年の母が残したドラゴン循鱗の力なのかも知れないが、もしそうだったとしても力を残した少年の母は、もうこの世にはいないのだ。
しかし少年の言っていた言葉が気に掛った。
少年の住み始めた街とその街を守る為に戦って死んだ原因である魔物の軍勢は、果たして本当に自分が創り出したものなのか? 幼い日からの記憶を辿るが自分が扱える魔術は魔物除けの小さな火を出すのが精一杯でとても魔物の群れなど創り出せたとは思えない。
その頃に魔術を学んだ禁術書にも魔物の創り出し方を記されていたという記憶も無い。
グランソルシエールが魔物を創り出そうとしたという記述も読んだ覚えは無く、あの時は少年が言った『アウラを討つ』という辛らつな言葉が心に突き刺さり切ない気持になったが、追い詰められ窮地を脱する為に封印を解き、循鱗を解放する為の少年の詭弁だったのかも知れない。
封印を解く方法が方法だけに……。
少年の詭弁だったのだと思えば少年の言葉が何処か心地よく思えた。
“俺はアウラ以外の誰かに討たれてやるつもりはない。だからアウラも俺以外の誰かに討たれる事は許さない”
アウラはあの時の言葉を頭の中で反芻した。
これって……ある意味プロポーズだよね? どちらかが看取るまで一緒にいようと言うプロポーズだよね? 死ぬまで一緒にいようという……。
まだ名前も知らないし覗き魔でエッチだし、悪気は無いようだけど変態じみているし、いったい彼の何処がいいのか自分でも分からないのに……。
でもでも、たまに本当にたまーにだけど、かっこいい時もあるのよね? などとお気楽なことを考えながらドラゴンの姿に変わった少年を見ていた。
アウラの視界に桜色の髪を後ろで纏めた女性の姿が飛び込んだ。
「まったく……何処かで見たような気はしてたんだけどねぇ。よくもまぁ次から次へと驚きが続くもんだよ。しかしあの時、循鱗の力を封じたガキがこの少年だったとはねぇ。私以外に封印を解くことが出来る人物と言ったら……まぁっここには一人しかいないか」
ソルシエールがアウラの方を向き、にやりと意味あり気な顔をした。
「ぶちゅーーとしたのかい? 小娘」
「ぶちゅ……、したというか……その、さ、されちゃいました、といいますか……」
アウラは顔を赤らむのを感じて俯いた。
「あははっ。そうだったその手順だったね。だけど……苦しそうだね」
「……く、苦しいというか、なんというか……その、は、初めてでしたし……」
アウラは指を絡ませながら、もじもじと体をくねらせた。
「あんたじゃないよ。あの少年さ」
「はいっ?」
微笑の意だと思っていた薄くなった紅い眼を何時の間にか巨大な厳つい瞼が全て覆っている。
大きな口からは弱々しく小刻みな息使いが漏れ出していた。
「力の反動さ。生物として構造的にひ弱な人間が循鱗を慣らしもせず、ドラゴン化という完全体の力を使ったからさ。これ以上あのまま放っておくと取り返しのつかない事になるよ。封印を戻してやりな」
「……封印を戻す? えと……封印の戻し方は?」
「知らないのかい? 知らずに封印を解いたのかい? やれやれだねぇまったく、じゃぁ私が戻すとするかねぇ――」
ソルシエールがドラゴンの姿をした少年に近付き封印の言霊を唱え始めた。
「perth・uruz・berkana」
(秘め事よ。力を戻しなさい)
ソルシエールの顔がドラゴンの姿をした少年の大きな口に近付いた。
「ソルシエールさんっ! だっ、だめぇーーーーっ!」
ソルシエールがこれから取るだろうと思われる行動に気付いたアウラは声を張り上げた。
そのときドラゴンの姿をした少年が突然、伏せていた地面から大きな顔を引き剥がし山々が重なる山間の方に振り向いた。
直後、地響きが鳴り大地と大気を揺らしている。
「こんな時に……全部乱せなかったか。結局イタチごっこになっちまった。いったいどれだけの魔法陣を用意したのかね? あの魔術師どもは」
ソルシエールが忌々しそうに顔を歪めた。
「ゴーレム?」
地響きと共に小高い山が数体の巨大ゴーレムに形を変えた。
「ふっふっふ、あはははっ……これで形勢逆転だ。遅いぞ魔術師どもっ」
ランディーたちに捕らえられた指揮官が不敵な笑みを浮かべ声を張り上げた。
ドラゴンの姿をした少年の体に青い稲妻が纏わりつき始め、纏わりついた稲妻は大きく開かれたドラゴンの咽喉元に集まり、チリチリ音を立て一点に収束された青い稲妻は磁場を生み、その中に刺々しい水晶群の様な大人の人間ほどもある鱗の結晶が一粒現われた。
「ドラゴンブレス!? ダメだっ! 今の状態でそれを使えばお前の体が! お待ちっ――」
ドラゴンはソルシエールの制止を聞かず、咽喉を真っ直ぐに伸ばしたと思うと咽喉元に現れた水晶の様な鱗の結晶を喉元に収束させた紫電ともども吐き出した。
吐き出された鱗の結晶は“ピキィィ――ン”という甲高い発射音を残し、凄まじい速度で飛び出した。
吐き出された鱗の結晶は大気との摩擦でオレンジの残光を大気中に引き、標的のゴーレム目掛け放たれた。
紫電一閃オレンジ色の閃光が空を裂き巨大ゴーレムを一掃して、鱗の結晶はどなくして大気との摩擦で燃え尽き消滅した。
まともに閃光を受けたゴーレムは跡形無く塵と化し、直撃を免れたゴーレムは閃光が纏った衝撃波を喰らって木端微塵に砕け散った。
閃光を放ったドラゴンから巨大ゴーレムの居た場所までの地面には、閃光から発せられた熱と閃光が纏った衝撃波で軌跡を刻んでいた。
ゴーレムの後ろに聳えていた山は裾野を残し消し飛んでいる。
「やれやれ地形を変えちまったよ。まったく加減を知らないガキだねぇ……でもまぁこれでこのジメジメした場所の日当たりと風通しが良くなるから良しとしておくさ」
ソルシエールが渋い顔をして頭を掻いた。
「……あれは、あの閃光は噂に聞いていた“ハングラードの閃光”」
ドラゴンが放った閃光を目の当たりにした騎士たちの中から、何処からともなく声が沸き上がった。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
いよいよ残すところ2話となりました。
次回最終話。
魔術師の鐘をお楽しみにっ!><b




