封印解放
外はざわめきを増していく。納戸の中は暫しの間だけ二人だけの世界となり静かな時間が流れている。
その短い時間がアウラにはやたらと長く感じた。
少年の口から更なる衝撃が放たれるまでは……。
「アウラが俺の住んでいた街を襲った魔物を創り出した魔術師だ」
「えっ!? うそ……。そ、そんなのうそですっ! わ、私知らない、ですっ。魔物なんて創り出してないっ」
アウラは動揺の余り身体を震わせ視線を泳がせた。
「俺は母さんの力を使ってアウラを討つ。アウラは禁術書の魔術を使ってドラゴンの循鱗を持つ俺を討てばいい」
「そ、そんなこと……急に言われても……、私、分からない。私、どうしたらいいか分からない……」
「今のアウラじゃ禁術書の魔術使えないのか? もしかして」
アウラは静かに首を横に振った。
「禁術書に残されている魔術に関わらず、今では失われている魔術は強力でした。その魔術を行使するには複雑で繊細で正確な魔法陣を描くことです。その作業に時間を費やす面倒な陣を用いず発動させるための言わば、短縮手法と適応される強力な魔術の魔法陣が書かれていました。使えるかどうかはやってみないと分かりません……」
アウラは咄嗟にそう言った。
ソルシエールの残した魔法陣を解いた時から本当はもう分かっているのに……、私には禁術書の魔術が使えることを――。
街の仇は討ちたい。でもこの少年は討ちたくない。
私は魔物など創り出した覚えはない。しかし、この少年のいうことは信じるに値する。
少年は長い旅の間に世界を見て周り、この国の文明ではない。いや原典に記された黙示録以前の旧世界の文明や知識も有し突拍子のない世迷言だと思えたことも、少年の言ったことは現実に起こって来たのだから……。
もし私が魔物を創り出したことがあるとしたのなら私は……この少年の仇。
少年が言い切った『討つ』という言葉が心に突き刺さる。
傷を負った時に感じる痛みとは違う切ない痛みが胸を締め付け広がって、アウラは視線を落とし少年の碧眼から瞳を逸らした。
落としていた視線を外に向けたとき紫水晶の瞳が窓の外の視線と交わった。
「誰かいるぞ! 先日、我々の邪魔をした女だ」
外を見回っていた鎧の男がアウラの桃色の髪を見つけ声を張り上げた。
その声を聞くが早いか、壊れかけた納戸を蹴破って白銀にブルーマールの髪が飛び出した。
少年が伸ばした手にアウラは手を伸ばそうとして一瞬、戸惑いその手を引いた。
「早く来いっ! 俺はアウラ以外の誰かに討たれてやるつもりはない。だからアウラも俺以外の誰かに討たれることは許さない」
少年の研ぎ澄まされた刃物の様な眼光がアウラの紫水晶の瞳を見据えていた。
差し伸べられてに手にゆっくり近づけ、そして引いてしまう。
「さあどうしたアウラ。生きて、生き抜いて俺を討てっ。母さんではなく俺をだ。俺がアウラの街を焼き払ったグリンベルの悪魔だっ。生き延びて俺を討てアウラっ! 頼むっ、立ち上がってくれっっ! アウラっ」
アウラは少年の碧眼を見据え、伸ばしたまま差し出されている手を掴んだ。
アウラは少年に手を引かれ裏口へと走った。
禁術書を抱えた腕に持っている節くれた杖に括りつけられた鐘が、小気味良い音色を響かせている。
「逃げたぞっ裏口に回れ、男も一緒だ」
少年が急に停止し壊れた窓縁に足を掛けると半身を翻し、アウラの手を取り体を引き上げた。
外に出ると崩れた民家を縫うよ様に、からんからん♪ と音を響かせひたすら逃げる。
「駄目だなぁー。先回りの先を大声で叫ぶなんて」
少年が先程とは別人の様に、いや何時もの少年に微笑んでいた。
「何処に逃げれば……」
「そんなの分からない」
アウラの残す鐘の音は石の塀に反響し、上手い具合に騎士達を攪乱してくれているようだ。
アウラの手を引いた少年はまるで川を流れる木の葉のように、騎士達のいる場所をことごとく避け瓦礫の街中を走り抜けた。
「はぁはぁはぁ……。やっぱり……駄目だぁ、撹乱して……も、街の外に出ることが出来ない。数が多過ぎる。このままじゃランディーたちが戻るまで持たない」
「どうしたらいいのでしょう? 私たち無事に逃げ切れるの?」
「方法はある」
「どんな方法ですか?」
「封印を解いてくれアウラ」
「はぁはぁはぁ……嫌、です。はぁはぁ……。そ、そんなこと、出来ないです」
「封印を……解く方法が嫌なのか? キスするから」
「そっ、それは……そのぉ――そうじゃなくて、もし覗き魔さんの言ったことが全て本当なら、私たちにはもっと複雑な事情が――」
二人は外見の残る石積みの廃墟に逃げ込み呼吸を整えながら話した。
逃げ込んだ部屋にある放置され埃の覆った木の机が乱暴に弾き飛ばされ、石の壁に叩きつけられ大きな音を立てて砕けた。
「いたぞ。包囲して追い詰めろ」
咄嗟に部屋の窓から外に逃げ出し一心不乱に走って、路地に逃げ込んだものの、次第に敵の騎士達が続々と集まり出して二人を包囲し出した。
「鼠を燻り出せ。鉄砲構えぇぇぇ。てぇぃー」
指揮官の指示を受け銃騎士達は素早く構え、火打ち式の銃口が火花を噴き出し乾いた音を響かせた。
二人の隠れた石壁は着弾音と砕けた石が土埃を上げた。
「アウラ。こうなったら潔くチューしよう」
「チ、チューって……。せめて『封印を解け』とか『キスしよう』とか、少しは真顔になって言ってくだいっ! ……納戸の中にいた時にしていた真剣な顔で……」
こんな状況でも顔を赤らめてアウラは言った。
――石壁が悲鳴を上げ砕け散る。
「アウラ。封印を」
「わ、分かりましたっ。は、はは、始めますね?」
「じゃぁいただきます」
「まっ、待ってくださいっ。そ、その前に……」
「その前に?」
「ansuz・perth・nauthiz・othila・fehu・teiwaz・sowelu・uruz」
(秘め事を受け取りなさい。戒めを放ち所有者の下に導き完全なる力を)
禁術書の手法は覚えたてでまだ慣れてないからと少年に告げ、アウラは現代語の混じらない古語で全て構築された呪文を唱え、アウラは節くれた杖を振った。
杖に括りつけられた鐘が小気味良く、からん♪ と音色を響かせる。
少年の左首筋に六芒の檻にドラゴンが囚われた様を模したモチーフの紋章が現われ、七色の輝きを放ち始めた。
――間を置かず着弾が土埃を撒きげる。
「の、のの、覗き魔さんっ! そ、その……く、くく、口づけを頂けますか……」
アウラは俯いてそう言うと持っていた杖を自分の肩口に凭れ掛けさせ、瞼で瑞々しく揺らいでいた紫水晶の瞳を覆い隠し、胸の前で指を絡める様に手の平を組み、形の良い薄桃色の唇を薄く開いてその時を待った。
少年に肩を掴まれたアウラは体を強張らせた。
重なっていた指をいっそう強く絡め、覚悟を決めたそのとき唇にやわらかな感触が重なったとおもったら直ぐに離れた。
「えぇぇぇ――い。しぶとい鼠どもめ! 突撃し捕獲せよ。抵抗あるなら討っても構わん」
――業を煮やした指揮官が最後の命令を下した声が聞こえた。
唇に残る温かい感触は名残惜しいが次第に薄れていく。
アウラは絡めていた指を外し、両腕を開くと少年の背中に腕を回し爪先立ちで背伸びをした。まだ少年の温かさが残る唇を七色の輝きを放つ六芒の紋章へと近付け紋章に口づけを与えた。
――二人の隠れた場所に近付いた騎士達が腰の剣を抜く音が聞こえ、二人を囲み切っ先を近付けられている。
首筋の紋章の輝きは光を増して解き放たれ、少年は七色に輝く光に呑まれるように光の闇へと姿を消した。
溢れ出した光は今にも斬り掛からんとする騎士たちを弾き、アウラも包み込んで宙へと浮かび膨れ上がった。
七色の光体は少年の体内に戻るかのように形を変えながら、輝く粒子が薄い宝石の様な形に変化し、折り重なり紡ぎ合った巨大な翼と水晶石の塊のような鱗を全身に纏ったドラゴンが陽の光を浴びて七色の光を放っていた。
気付かぬ内にアウラはドラゴンと化した少年の鼻先に座って居た。
アウラの体ほどもある眼は、全てを焼き尽くす炎のように紅く、その中に爬虫類の様な縦長の黒い瞳が開いていた。
その瞳に見詰められた時、これまでの疲れが一度に吹き出したかの様に体が重くなっていくことを感じると次第に意識が遠のき始めた。
意識が途切れる寸前にアウラが見たのは炎のように紅い眼を厳つい瞼で薄くしたドラゴンだった。
薄くなったドラゴンの眼は、やさしさに満ちていてまるでアウラが知るあの少年が微笑掛けているように見えた。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!><b




