偽りの真実 後編
アウラは薄暗い灯りが点る地下室で眼を覚ました。
少年が地下室を出てどれくらい経ったのだろうか、切れることのない淡い明かりの部屋で長時間過ごしたせいもあってか時間の感覚が麻痺しているようだ。
時間の麻痺している中、集中して不休で禁術書を読み終えると急激な睡魔に襲われ眠りの世界へと落ちて行った事ことを思い出した。
故郷を滅ぼしたグリンベルの悪魔を討てるかも知れない禁術書に記された内容と、少年が教えると言っていた真実とはなんなのかを考えてみた。
彼が自分に教えてくれる真実といえば……。
あの少年と自分の間にあって共通する重大な真実といえば最早考えるまでもない。
少年が語りこれから知るであろう犯人が明らかになると言うのに弾んでもおかしくない心が少しも弾まない。
その代わりに嫌な胸の高鳴りが広がってくる。
真実を、或いはグリンベルの悪魔の正体を教えると言った少年の言葉がやたらに胸に引っ掛った。
少年は何時どうやってグリンベルの悪魔の正体を知ったのだろう? と疑問を感じながらも何時の間にか少年の言うことに疑いを持たず、あの少年が真実を教えるというなら事実を告げるのだろうと信じきっている自分自身に気付く。
不意にアウラの脳裏に地下室を出て行った時の少年の姿が浮かんだ。
何時もは微笑みを浮かべる少年の表情は見た事も無いくらい硬い表情を作り出し獲物を狙う獣の如く眼光鋭く矢を射る視線を向けられた時、どんな恐怖とも比べ様のない戦慄と恐怖、どんな出来事とも代えられないグリンベルの街を焼かれ家族と全てを失った時の様な悲しみ、今まで味わったことのない切なさが入混じり自然に涙が零れ出した。
階段を方に向き直った少年の背中が何処かに消えてしまいそうで寂しくて悲しくなった。
アウラはグランソルシエールの禁術書を胸に抱え、地下の階段を上り神殿の薄暗い礼拝堂に出たのは夜が明けて間もない頃のようだった。
明かり取りの吹き抜けになった窓から差し込む僅かな朝陽がやたらに眩しく感じる。
朝とはいえ不気味な程の静けさが、更にアウラの胸の不安を加速させた。確か少年は軍隊がこちらに向かっていると言っていた。
少年の気配を感じ取る力は風狼の一件と天候を読み切ったことで承知している。心の奥であの少年が間違うはずがないのだと信じており、だから余計に胸に引っ掛かる。
真実を、グリンベルの悪魔の正体を教えると言った少年の言葉が……。
正確な時間の感覚が麻痺しているとはいえ、食事が運ばれて来た回数でどれくらい時間が流れたのかアウラは過ぎた時間を追った。
神殿に着いたのは二日前の昼前の事、壁画の伝言を見付けたのは、その日の陽が沈むより前、神殿の地下に降りて暫くして夕食が運ばれた。
次の食事の朝食を山羊飼いの少年が運んで来てくれたが次の昼食を運んで来たのが、少年ではなく少し残念な気持ちと胸の奥が何故来ないのかと、ムカムカする感情を覚えた。
食事を終えて幾時か過ぎ少年が水差しを差し出してくれた時、ソルシエールと出会った。
その日の夕食を運んで来たのも少年ではなかったが、食事を運んでくれた騎士に外の様子を聞いてみると特に変わったことはないと言っていた。
少年が感じた気配はもしかするとソルシエールのものだったのかと一瞬、思ったもののすぐさま心の中で首を振ったことを覚えている。
山羊飼いの少年は軍隊が動き出したと言った。彼が違えるはずがないのだと……。
アウラはそう思った。
神殿の外も静かだ野営の天幕をそのままに騎士たちの姿が見えなかった。
アウラは一人置き去りにされてしまったのかと不安に駆られた時、神殿の柱の陰に人影が揺らいだ。
白銀にブルーマールが映える髪を朝のやさしいい光が透かし淡いブルーが幻想的に揺らした碧眼の山羊飼いの少年の姿をアウラの瞳が捉えた。
アウラの中に、この上ない安堵感が広がっていく。
「ランディー様と騎士さん達は?」
アウラは唇を震わせ潤んだ紫水晶の瞳を少年に向けた。
「夜が明ける前、狼煙が見えた後、早馬が来てここに向かっていた援軍が敵と鉢合わせ交戦中と報が入った」
何時も弓のように反らしている少年の碧眼は笑みを浮かべていない。
「それでランディー様と騎士さん達は、おられないのですね?」
「敵は軍を裂いて幾手かに分かれ神殿を囲みたいようだから、ランディーは囲まれる前に打って出たのさ。アウラが禁術書を解読中だったし、ここを戦場にするのは旨くない」
これまでアウラも戦や魔物に街が襲われたりする度、話を多々聞いていたことがある。
自分に起きた過去と重なり心で怖いと思いはするものの、自分の知らない場所で起きる出来事が何処か対岸の火事のように思っていたことについと気付いた。
自分のいる場所が何時戦場になってもおかしくないことを覚悟していたとはいえ、いざ本当に自分のいる場所が戦場になるなんてことを身近に感じるとその恐怖は尋常じゃないものだ。
神殿に残された不安とまじかに近付いている恐怖がアウラの華奢な身体を震えさせた。
「こ、ここは大丈夫なのでしょうか?」
「なんとも言えない、が。ランディーは無闇に散らばった軍を裂かず、まず援軍と交戦状態に入った街道上の敵を自分が率いている隊で背後から奇襲を掛けて敵を挟んで抜くつもりらしい。退路の確保、そのために援軍の加勢に向かった。まぁ正解だと思うぞ。その内援軍を引連れて来て、ここの護衛に全力を上げるさ」
「ソルシエールさんは何所に行かれたのです?」
「ソルシエールは敵の部隊に魔術師が交じっていたことを知っていて、気になる場所があるからと言ってここを後にした」
「ほ、他の敵はこっちに近付いてるの? ランディー様たちは間に合うの?」
アウラは細い桃色の髪と紫水晶の瞳を不安そうに揺らした。
「敵はすぐ傍まで近付いて来ているし、間に合うかどうかはランディーの手並み次第だからなぁ? 俺たちは兎に角隠れて様子をみよう」
「うん」
アウラは震える細い肩を抱いて小さく頷いた。
崩れながらもまだ外見を残している石壁や石造りの民家の間を、迷路の様に通路が敷かれている場所に入り石造りの民家に二人は身を潜めた。
部屋の中に入った二人は木の扉が片方傾いている納戸を見付け中に入った。
傾いた扉の隙間からは窓が見え、その窓から外の様子が伺えた。
狭い納戸の中、アウラと少年の体の距離は自然に近くなる。
こんなにも近くに少年の息使いを感じたのは風浪の件以来の事だが、その時とは違う緊張感がアウラの体を強張らせ顔を赤くした。
心臓が飛び出してしまうかと思うくらい早鐘を打っている。
少年の眼光炯炯を外に向ける横顔が、隙間から差し込む光の中に見えた。
何時もは微笑みながら間抜けなことを、のんびりとした口調で話す少年とは別人に見える。
風がなにかを揺らす音にも神経を尖らせて警戒する少年の姿に小さな胸が、ドキっと跳ね上がった。
「なにか臭う」
少年が小さな声で呟いた。
アウラは少年と密着していた体から距離を取ろうと動いた。
「アウラ? ここは狭いからじっとしていろよ」
「でも……、あ、あの……そ、そんなに、私に、臭いますか……」
アウラは赤らんだ顔を羞恥で更に赤くした。
思えば宿を出てから数日の間、風呂に入ってない。水に浸した布で身体を拭いただけである。少年は獣の様に聴覚も嗅覚も優れているのだから、自身では気になっていない体臭に気付かれているのかと心配になってくる。
「あぁ臭う。嫌な臭いがする」
アウラは少年を突き放す様に体を離そうと少年を押しのけたが、狭い納戸の壁に阻まれた。
「うん? どうしたんだ」
少年が張詰めた表情を解き、やわらかく微笑んだ。
「あ、あの……そんなに……その……に、臭いますか……私……」
「……」
少年が首を捻って暫く無言になっていたが何かに思い当ったように、はっとした表情をするとすぐさま微笑みを戻した。
「きゃぁ!?」
不意に引き寄せられたアウラは少年の胸に顔を埋める格好になった。
「臭い嗅がないで、ください。恥ずかしいです……」
「ほら俺も臭う。気にすることはない」
「き、気にしますっ……。お、女の子なんですから……」
「そうじゃない。嫌な気配が近付いて来るって事だ。アウラが臭う訳じゃない。アウラは何時もやわらかい良い匂いがする」
「も、もぅ、バカ……」
アウラは火が吹き出しそうな程赤らめ俯いた。
「来るっ残念だがランディーたちが戻る前に外堀を埋められた。数も多い、見付かるのも時間の問題だ」
「私たちどうなっちゃうんですか?」
「俺は殺されるだろうな? アウラは辱めを受けるかも知れない」
「そんな……」
アウラの紫水晶の瞳は不安に震え潤み出した。
「嫌だよなぁ? 俺は嫌だ。殺されるのもアウラが辱めを受けることも」
「嫌ですぅ……そんな、辱めなんて、そんなの……私まだ――」
「アウラ封印を、循鱗の封印を解いてくれ。アウラに見せてやるグリンベルを焼き払ったと語り継がれている悪魔の力を」
「えっ? それ、どういう……こと、なのです? 覗き魔、さん」
恐れていた言葉を発した少年にアウラは顔色を失なった。
To Be Continued
御拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!><b




