決意
暫しの沈黙が流れたあと少年は腰を上げて神殿の中へ入って行った。
「先ほど私が述べたことはアウラは知らない。彼女はグリンベルの悪魔を討ちたい一心で魔術を学んで来たのですよ。そうして羊飼いという過酷な職業を続けながら今も魔術を独自で学んでいる。家族や友人、グリンベルの人々の仇を討つという強い意志が、当時今にも壊れそうだった彼女の心を支え、それは今も彼女の生きる支えになっている。それでも君はアウラに真実を告げるのかね?」
「心配ない。……ただアウラの傍に行きたいだけだ」
少年は静かに言い言葉を続けた。
「ランディー……、お前はアウラを利用してるのか? 魔術書を解けるアウラを」
「私は騎士だ魔物から国やこの国に住む大勢の人々を守る義務がある。そのために利用できるものは人であれ物あれ私は利用するさ。……しかし私がアウラの過去を隠し見守り続けたことも事実だ」
「ランディーお前馬鹿だな? アウラは確かに仇を討ちたがっている。でもそれだけじゃない。アウラは今はきっとそれだけを支えに生きている訳じゃない。だからアウラは微笑むんだろ? 泣いたり怒ったり喜んだりも出来るんだろ?」
「彼女と出会って間の無い君にアウラのなにが分るというのだっ、彼女の苦しみが君には分かるというのかね」
「分るさ、少なくてもランディー、あんたよりは。今のアウラはランディーや今の街の暮らしが、きっとアウラを支えてるに違いない。……アウラは強大な魔術師になれる可能性と魔術の才能に溢れていても、慈悲深い羊飼いのやさしい一人の女の子だ。俺はそれでいい。それだけでいい。微笑んでくれるならもっといい」
少年は満面の笑みをランディーに向けた。
「君はよく微笑むのだな」
「微笑むさ。この微笑みは母さんが死の間際にやっと作れた最高の笑顔だからな」
少年はランディーに背中を向け地下に下りる階段に身体を向けた。
「まさか魔法陣の解読を止めに行くのかね? ……ならば仕方あるまい」
ランディーが腰の剣を鞘から抜き出した。
「安心しろ止めに行く訳じゃない。約束を守りに行くだけだ」
「約束? なんのだね」
「思い出したから、だ。それと俺の思いを果たすために」
「アウラとなにを約束したのか知らないが、共に旅をしてここ数日、君を見てきた。君にはアウラに貸せる力など無い。勘の良さと体力はなかなかだがね」
少年は止めていた歩みを進め出した。
「あっ! 例の奴らの動きがついさっきから慌ただしくなって来たから、じゃあ後は宜しく」
「さてと私も行って来るかねぇ。現役のグランソルシエールの顔を拝みにさ」
ソルシエールはそう言って桜色の髪を揺らした。
「貴方にそっくりの綺麗な娘ですよ」
ランディーが抜き身の剣を鞘に納めた。
「あら、やだ。綺麗だなんて人妻……違った狼妻に向かって罪な男ね騎士殿。そんなに似ていると言うなら案外、六百年程前の旦那との間に生まれた私の子孫かも知れないさ。アウラって娘は」
ソルシエールは少年の後を追って神殿に入っていった。
アウラは持ち込んだ資料の書物と地下室の壁に納められていた膨大な書物を開き魔法陣と格闘している。
「ぴきゃー!?」
アウラは不意に訪れた脇腹の違和感に何とも言えないかわいらしい悲鳴を上げた。
少年が地下室に入って来た事にまったく気付かなかったし、それ以前に少年は地下室にいるものだと思っていた。
「がんばってるなぁ? アウラ」
少年が水差しを差し出してアウラの肩を軽く叩いた。
「覗き魔さんの封印を解読してから、魔術書や魔法陣の術式が頭も中に流れ込んで来る様に不思議と解るのです。……まるで鐘の音が頭の中に心地よく広がるように流れて来るようになったって感じかな? もう半分くらい解読しちゃいました。えへへ」
アウラは紫水晶の瞳を弓の様に反らし形の良い小ぶりの唇から舌を出した。
「案外、簡単なのか? ソルシエールもたいしたことないなぁー」
少年がわざとらしい乾いた声で階段の方に言葉を向けた。
「覗き魔さん? 誰に向かって言ってるのですか? ってソルシエールかぁ! てへ。なーんてもしソルシエールが生きていて聞かれてたら怒られますよ。もうこの世にはいませんけど」
アウラは白い小さな拳で自分の頭を、こつんと叩いた。
「そうソルシエールに言った。今日のアウラはなんか変だぞ? 『えへへ』とか『てへ』とか、熱でもあるのか?」
アウラの額に少年の手に平が当てられた。
「疲れているのかも知れません。……私」
アウラは顔を赤らめると少し甘えた声を出した。
「根を詰めるからだ」
少年は何時もより引き締まった声で言った。
「私……。怖い」
アウラの紫水晶の瞳が潤みだし不安の意を示した。
「アウラはいったいなにが怖いんだ」
「グリンベルの悪魔を討てるかも知れない魔術を世に解き放ってしまうことやその魔術を使って自分の復讐のために、この力を手に入れようと思う気持ちが……、力を持ってしまってからのことを思うと怖くて……。それに――」
「アウラの成し遂げたいことをやればいい。俺はアウラは間違った魔術の使い方をしないと信じている」
「覗き魔さんっ! また根拠のないことを言っては駄目てしょ? 何時も何時もいい加減なことばかり……違うか。なんだか覗き魔さんが、そう言ってくれると何故か安心できます」
この少年の視線は何時も先を見通している。アウラはそう思っていた。
何時の間にかこの少年の話に心も引き込まれている。このブルーマールの映える碧眼の少年に……。
「そうか、それは良かった」
「それでも私。……覗き魔さんのお母様がグリンベルの悪魔なら討ちたいと思います。いえ討ちます」
アウラは瞳から溢れそうな滴を拭って微笑みを作り出した。
――本当は……討てないかも知れない。
「それでいい。その時は討たれてやる約束だ」
「逃がしませんよ?」
「それも約束した」
少年のもう見慣れた満面の笑みで答えている。
「あーあ、グリンベルの悪魔なんて見付からなければいいのに、私がお婆さんになって魔術なんて使えなくなってしまうまで」
「それは助かる。うむっ? じゃあ俺はアウラの傍から離れられないじゃないか? 俺の思いはどうなるんだ? 夢とかも」
「いいじゃないですかぁ? こんなに可愛い女の子とずっと一緒にいられるのですから悪くはないでしょ? ……なぁーんてね。それともぉーお母様の方がお綺麗でしたか?」
「うーん。そうだなぁ母さんはこの世で一番綺麗だった。アウラはこの世で一番可愛い、ってことでは駄目か?」
「駄目ですっ。私を両方一番にして下さいっ」
アウラは顔が熱くなっていることに気付き更に頬を赤らめた。
「欲張り過ぎは良くない」
「お二人さん仲が宜しいようで若いって良いわねぇ。遠巻きに将来の約束?」
「ひゃぁー!?」
アウラは突然現れた声の侵入者に驚き声を上げた。
ソルシエールがしゃがみんで二人の顔を近くで覗き込んで来た。
「……お、母さん?」
アウラの視線には同じ髪の色、同じ紫水晶の瞳があしらわれた顔が瞳に映り込んだ。
それはまるで鏡を見ているようでもあり、グリンベルで死んだはずの母がその場にいる錯覚まで起こりそうだ。
アウラの整った顔がくにゃりと歪め、拭ったはずの滴が湧き上がり溢れ出した。
「お母さん……」
アウラは暫くの間、ソルシエール豊かな胸で縋りつくように泣いた。胸に顔を埋めて泣きじゃくるアウラをソルシエールも実の子を宥める様にやさしく抱きしめた。
「残念だけど人違いだよ。私には今、子供はいないねぇ。似ているって聞いてはいたけどね。ここまで似ているとは思わっていなかったから私も驚いてるんだけどさ」
桜色の髪を後ろで麻紐で纏めた女性が答えた。
「……ご、ごめんなさい。貴方を見てつい母のことを思い出してしまって……」
「アウラ。この人がソルシエールだ」
碧眼の少年がその女性の代わりに名前を告げた。
「……? えっ! グランソルシエール? そんな……だってソルシエールて言ったら伝説の……、えっ!? 遠い昔の人物じゃ……」
アウラの涙顔はみるみる驚きの表情へと変わっていく。
「初めまして現役のグランソルシエールさん。私のメッセージはいかがですか?」
ソルシエールがアウラの覚書が書かれた羊皮紙の殴り書きを横目で見遣った。
「もう半分以上解読したのかい? あんたなら魔物の――」
ソルシエールの声を掻き消すように少年が声を被せた。
「アウラ? 偽りの真実と真実の中の真実、アウラならどっちが知りたい」
少年の碧眼がアウラを見詰めている。
「それは本当の真実を知りたいに決まってます」
「俺もその方がいい。なら真実を教えてやるから早く魔法陣の解析を終えろ」
「どうしたの? 急に怖い顔をして……覗き魔さんらしくないですよ?」
「重大なことで思い出したことがある。解読を終えたらグリンベルを焼き払った犯人を教えてやる」
「の、覗き、魔さん? それはいったいどういうことですか? まさか……」
「後で教えてやるさ」
硬い表情を残し少年は背を向けて地下室を後にした。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!><b




