偽りの真実 前編
綺麗な桜色の長い髪を後ろで乱暴に麻紐で纏め、紫水晶の様な瞳の美女が薄い夜着の様に透ける羽衣を纏って立っていた。
髪の色といい瞳の色といい、よく見れば面影もアウラに似た女性だ。
アウラと決定的に違ったところは、羽衣の襟元が今にも襟を押しのけ弾けそうなほどの豊かな胸が谷間を覗かせていることだった。
「グランソシエール? 貴様、寄りにも寄ってたいそうな虚言を吐く」
「本当さね。私の名はソルシエールさ」
「グランソルシエールといえば五百年ほども昔の人物だぞ。それを知って名を騙っているのかね? 御婦人」
「そうさねぇー? 今の私は五百歳をゆうに越える人妻さね。いや? 旦那は風狼だから狼妻と言うべきかな?」
ソルシエールが首を傾げた後、左右に回し騎士たちを見た。
その名を聞いた周りを囲んでいる騎士たちは動揺の色を見せている。
「魔術で不老の術でも編み出したのか? まさに神をも冒涜する禁術だな」
ランディーが問い掛けた。
「魔術にそんな都合の良い物があると思うっているかい? 坊や。そうさねぇー若さの秘訣を教えてやろうか?」
ソルシエールと名乗る人物は紫水晶ののような瞳を踊らせながら妖艶な笑みを作り出した。
「恋することさね。私は若い時から毎晩のように風狼の唾液を吸っていたからね。寿命の長い聖獣や魔獣との交わりと相互理解が体質改善の第一歩なのさ」
ソルシエールはそう言うと神殿の中に視線を移した。
「おや? 扉が開いてるね。あんた達が壁画のメッセージを見つけて解いたのかい?」
「いや、壁画の文字を見付けたのはこの少年だ」
ランディーが少年を指差した。
「メッセージを訳したのはアウラだ。今、おばさんの描いた魔法陣を解析している。俺と同じ年頃の羊飼いの女の子けど……。それにしてもおばさんアウラに似てるなぁ」
少年は微笑みを浮かべてソルシエールの顔を見た。
「そのアウラとかいう小娘は、そりゃ美人に違いないねぇー。面白い! とするとその小娘は最後の苦難に挑んでるんだね。さて解けるか解けざるか高みの見物といこうか。あっはははっ」
ソルシエールが大仰に笑った。
「はぁー。……でさあ、あんた達は禁術書を欲してこの神殿に来たんだね?」
ソルシエールが眼光を研ぎ、再び周りを見渡した。
鋭い眼光を受けた騎士たちはその鋭さに思わず後退りする。
「如何にも禁術書を求めてここに来たのだがね」
ランディーも眼光炯炯を送り返した。
「まぁあんた達は運がいい。今日の私は機嫌がいい初めて私の残したメッセージを見付けてくれたんだし見逃してやるとするか。折角残してやったと言うのに五百年もの間誰も見付けてくれないのも寂しいもんだよ。まったく現在の魔術師も 生き残りの魔術師は脳無ばかりかねぇ? はぁー」
ソルシエールは呆れた顔をして大きな溜息を吐いた。
「見付けて欲しいなら最初から隠さなければいい」
少年はソルシエールに向いそう言った。
「そうもいかなかったんだよいろいろ事情があってね。まぁ大人の事情というやつさね」
ソルシエールは視線を落とし再び小さく溜息を吐いた。
「質問があるんだが宜しいかな?」
ランディーがソルシエールに問い掛けた。
「試しに言ってみな騎士殿。けれど答えるかどうかは分からないよ」
「何故、近年になって禁術書が隠された場所の正確な情報が出回るようになったのですか? もしかすると張本人、つまりソルシエールであるというあなたが情報を自ら流しているのではと疑っているのだがね」
「その通りだよ。流しているのは私たちさね」
「私たち? あなたの他に誰がなんのために」
「風狼だよなぁ」
少年は呟いた。
「勘のいいガキどもだねぇ。嫌いじゃないよ、いちいち説明する手間が省ける。その通りだよ」
ソルシエールが一度息を吐くと言葉を続けた。
「近年、私たちが遠い昔に北の大地に閉じ込めた魔物たちを解放し、その力を我が物にしようとしている奴らの行動が目立って来ている。それどころか新たに魔物の軍勢を創り出し世界を我が物にせんと企む魔術師とその一団を誘き寄せるためさね」
「貴女程の魔術をお持ちなら、待たずとも打って出ればよいだろうに」
「騎士殿よ。貴殿たちはその一団を知っているのか?」
「知っております。我々もその存在を討つために魔術を集めております故に」
「毒を以て毒を制するか」
「眼には眼を歯には歯をですかな……我々流に言えば」
「で?」
「と申しますと」
「その一団の尻尾を捕まえたのかい?」
「お恥ずかしい話なのですが、まだ……」
傍で話を聞いていた少年が言葉を挟む。
「隠れて尻尾を出さなければ餌を捲いて誘き寄せればいい。餌が上等だから直ぐに飛びつくし餌に飛び付き、のこのこやって来る奴らを山間に引き込み延ばした軍を各個撃破するってことかなぁ」
「まったくほんとに勘のいいガキだねぇ」
ソルシエールは桜色の髪を掻いた。
「魔術のことでお聞きしたいことがあるのだが宜しいですかな?」
「また質問かい? おしゃべりな男は嫌いだよ。何度も親切に答えて貰えると思っているのかい? まあいい言ってみな」
そう言いながらもソルシエールが答えてくれる事を分かっているのでランディーがやれやれと肩を竦めた。
「魔術で本当に魔物等創り出せるのでしょうか?」
「創り出せる。理論上はね」
面倒臭そうにソルシエールが答えた。
「五百年ほど前、私たちは遠い昔に神々と人が呼んでいた者たちの力を借りて魔術を発展させた。魔術は強力だが陣を用するのに時間が掛り過ぎる事が難点だ。魔物はこちらの準備が整うまで待ってはくれないからね。陣を用いなくとも行使出来るように魔術を発展させる過程で平行して考えられていた事は、魔物並の力を持った 魔法生物(魔物)を創り出し陣を完成させるまでの護り手、使い魔として術者を護り切ることだった」
「それも大変な思い付きだったのでは?」
「まあねぇ。だから土地の豊穣や天候、商売、魔除け等、人々の生活や習慣に深い関わりを持っていた 風狼たちの力を借りたのさ。結局、魔術では魔物に生命、知性まで与えることが出来ず頓挫したけどね。生命は生まれ出もので創り出すものではない。まぁその前に禁術書に残した魔術が完成したんだけどさ」
「今になって魔物を創り出そうとする者が現われたのですかな」
「騎士殿もご存じのように魔物を封じ込めた魔術師たちはその後、追われる身となり、放牧者に扮して辺境に逃げる事になったのは周知の通りだと思うが、その混乱の際、完成していなかった魔術の殴り書きや写本やらを残して来たからね。今のこの状況はどこぞの馬鹿者が偶然見付け出し、ろくでもないことをおっぱじめたんだろうさ」
「……」
「どうしたんだい? 騎士殿」
ランディーが難しい顔をして考え事をしているようだった結んでいた唇を開いた。
「もし、その魔物を創り出すという魔術を完成させた者がいたとしたら……驚きますかな?」
「そりゃ驚くさね。神々の力を借りても創れなかった代物だよ?」
「……七年前、グリンベルという街が滅びましてね。その時のことは世間には魔物ドラゴンの仕業と言うことにして形が付きましたが、その後の調査で街とその周辺に見たこともない魔物の焼け溶けた死骸と魔法陣が発見され魔術が用いられた形跡と多数の異なる魔術痕も街中に残っておりその結果、魔術師によるものだと断定出来ました。しかし公への発表は先に述べた通り、魔物の頂点に君臨しているドラゴンの仕業としたのですよ」
「何故、隠蔽を?」
「当時、魔物による被害が増え出していましたし、王国や教会の威信は失墜する一方で魔物に対峙する力として極秘裏に集めた魔術書と魔術師を使った魔術の導入が検討されていましたからね。反対派に対して魔術のイメージを損ねる訳にはいかなかったのです」
「ふんっ。魔術師を恐れ狩った教会がねぇー。自らの沽券に関われば忌み嫌った魔術を今度は利用しようと言うのかい? まったく都合のいいことをしてくれるね……。まぁいいか今は話の続きだね。騎士殿がいうグリンベルの事件、その時の魔物が魔術によって創り出されたものだと?」
「そこまで断定はできませんが恐らく。……そしてその魔法陣からは今も魔物が何時現れるか分からない。魔法陣は未だに生きている」
「……にわかには信じられないねぇ」
天才魔術師と呼ばれたソルシエールはその自負からか渋い顔をした。
「魔術を使ったと思われるその人物はこの神殿に来ています」
ランディーの言葉に少年は笑みを消し話を聞いている。
「今より高度な魔術を要した私たちの暗号を解き、その上まだ完成半ばの殴り書きの一部のロジックを基に魔術を完成させたと言うのかい?」
「はい当時、若干八歳の少女が」
「それじゃまるでアウラが街を焼いた犯人のように聞こえるな? ランディー」
微笑みを消していた少年は険しい表情を見せた。
「ああそうだ。彼女はその夜、表紙に現在の魔法陣とは違った陣の描かれた古めかしい魔術書を抱えて街に戻って来たんだよ」
少年は時間が氷り着いた錯覚に囚われ体を強張らせた。
アウラの下へ行こうとしたが体は意思に反して動かない。働く思考は脳裏に育ての親であるドラゴンの面影を作り出し、またアウラの姿を作り出した。
少年はただただ呆然と立ち尽くしていた。
まるで時間に置き忘れられた人形の様に……。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!><b




