壁画の伝言
この辺りでは見ることの無い珍しい石の神殿は、何処かの石切り場から切り出して来て造られた大きな石積みの神殿を中心に崩れ去った石の街跡が見て取れる。
人が置き去りにした街の石の神殿と石造りの家は、所々苔むしていて崩れている所が目立っていた。
先客たちが泥足で歩いた跡が残されているが、その数から少人数が調査していた形跡も読み取れる。既に先客たちの気配は既に無いが足跡はそう古くはない。
調査中、ランディーたちの接近を逸早く察知して立ち去ったと思われ、ランディーが調査の指示を細かく出して最後に言った。
「これから調査に移るが、我々より先に神殿に隠されていると思われる偉大なる魔女の禁術書の場所を嗅ぎ付け既にここに来た者たちがいる。まだ近くに潜んでいる可能性が高い。それに後を追って来ている者たちもいるかも知れない見張りは厳に、その他の者も気を抜くなっ」
「「はっ」」
「グランソルシエールが残した禁術書は、これまでその存在を知られながら今日まで一度も確かな場所の情報が明確に示された事の無い代物だ。何故、今になって集まる情報がこの神殿に集中するのか謎も多い。或いは意図的とも取れる。警戒は厳にせよ」
ランディーは言葉を一度きり騎士たちを見渡した。
「残された記述と口伝から察するに禁術書を隠したのは、天才魔術師ソルシエール本人であるらしい。ならばどんなブービートラップが仕掛けてあるか分からない心して掛れよいな。怪しい物には決して触るな。報告の上、指示が下るまで軽挙は控えよ。それでは調査に移ってくれ」
騎士たちは、それぞれ細かな指示の確認をしながら調査を始め出した。
調査出発前の小会議で現地調査期間は最大で五日と決められたが、神殿到着時に持ち込んだ食糧と予備装備の数量から調査期間は最大で三日と改められた。
先客の動向調査に時間を裂いた事と泥濘に進軍を阻まれ予定より、大幅に到着が遅れた事が原因だった。
予想以上に泥濘に手間取り、身を軽くする為に予備装備を大幅に捨てたことが大きく影響している。
アウラと山羊飼いの少年はランディーの言い付けで邪魔をしないよう崩れた石積み民家跡の石を椅子代わりに座っていた。
騎士隊ではないアウラと少年に今はまだ仕事はない。
アウラの仕事はトラップかも知れない魔法陣等魔術に関する痕跡が見付かった時だ。
ただ待っているだけというのは思う以上に退屈なもので、自分でも気付かない内にアウラの視線は、ぽかんと口を開け辺りを見渡しては首を捻る少年を観察していた。
「覗き魔さん? 落ち着かないようですね?」
「うーん……この神殿なんだけど何処かで見たようなぁ? 気がするんだけど……、気のせいだよなぁ? アウラ」
「私に聞かれても……。神殿なんて基本的には何処も似たような造りですから、覗き魔さんの気のせいかも知れませんね」
「アウラはこの神殿を見た覚え無いのか? 北の街に住んでたんだろ? 確かグリンベルだっけ?」
「グリンベルは、ここよりもっと西方に在りましたから、この辺りまでは放牧には来ていませんでしたから、こんなところに街があったことすら知らなかったです」
「そっか。もっと西か近くにあったのなら行ってみたかったのに……。アウラが生まれた街に」
「……今は、――もう行ってもなにもないです。焼かれてしまいましたから……」
アウラは眼頭が熱くなるのを感じ紫水晶の瞳を瞼の奥に隠した。
「……どうかごめん」
「……いいえ」
暇を持て余すあまり話し出したのはいいが故郷の話になるとやはり辛い。
「グリンベルにも神殿はありました。教会が来る前から使われていなかったみたいですけど、神殿には綺麗な壁画が描かれていて綺麗に管理されていたみたいです。放浪の絵描きさんがよく立ち寄る姿を覚えてます」
「壁画? あっ! 思い出した」
隣に座っていた少年が突然立ち上がった。
視線を上げると陽の光を浴びた小年の白銀にブルーマールが映える髪が光を通し青く輝いて見える。
「ちょ……なに? いったい何処に?」
少年がアウラの手を掴み、引きずる様に神殿の方に歩き出した。
「思い出したかも知れない。この神殿の壁画を見れば分かる多分」
「勝手に入ったらランディー様に怒られますよ」
調査をしている騎士たちを気にした風もなく押し退け、少年はズカズカと神殿の中へと入って行く。
「何事かっ」
調査をしていたランディーが声を荒げたが、少年は神殿の中央まで行き立ち止まった。
「やっぱりそうだ」
少年が神殿の高い天井と高い壁一面に描かれている壁画を獲物を探す鷹のような鋭い眼で見渡している。
アウラも少年の眼が辿った軌跡を追うように神殿の中を見渡した。
外見に幾分崩れた所があったが神殿の中は綺麗な状態を保っている。
「急にどうしたのですか?」
「この壁画を覚えている。この神殿を守っていたのはあの風狼だ。母さんに連れられて、ここで風狼に会ったことがあった」
「それがなにか? ……もしかして覗き魔さんはお母様の冤罪を晴らそうとしているの?」
「うーん? それもあるけどアウラはグランソルシエールの禁術書を探しているんだろ? グリンベルの悪魔を討つために」
「そうですけど……。べ、別にどうしてもという訳じゃ……」
アウラは胸の中に広がり始めたキリキリとした痛みを感じ、誤魔化すように語尾を濁した。
仇を討ちたい気持ちはあるのに、少年に嫌われないかと咄嗟に嘘を吐いてしまった。
彼にとっても魔術師の術を知っている自分は仇かも知れない。それでありながら、風狼と遭遇した時は、自分の危険をかえりみず助けようとしてくれた、この何処までもお人よしの少年に対する何処か後ろめたい気持ちと、少年に抱き始めたまだ自分自身にもなんだかよく理解出来ない気持ちに締め付けられているようで苦しくなった。
「でも……確か覗き魔さんは北には――」
「アウラ。グランソルシエールの禁術書はここに眠ってる」
「えっ? なにを根拠に……」
少年の突然の言葉に驚きと疑念を抱いた。
少年の断定的な言葉は少年の北に来た覚えは無いと言っていた記憶に反し、グリンベルと離れているとはいえ北方には来ていたのだ。
もしそうだとすると少年の与り知らぬところで、彼の育ての母親であるドラゴンがグリンベルを襲った可能性が無くは無いのだ。
魔獣は人を、人間を食料としか思わない。食物連鎖の頂点にあるであろう賢い竜族もそれは同じなのである。
「ほらあそこを良く見てみろよ」
アウラの気持ちなど知る由もなく少年は戦に赴く騎士たちの様子を壁一面に描いた壁画の一点を指差している。
「何処? なにがあるのですか?」
アウラの紫水晶の瞳が壁画の表面を彷徨わせた。
「見えないのか? 右の縁から七分目、上の縁から三分目辺りに描かれた騎士が持つ旗を見てみなよ文字が書かれているだろ? 俺はこの壁画に見覚えがある。そして俺はやっぱりここに来たことがある」
アウラには旗どころか描かれている人物たちが小さな虫程度にしか見えない。
周りに集まった騎士たちもざわめきながら、少年が指差した辺りを探し始めた。
「いったいどんなことが書かれているの?」
アウラの紫水晶の瞳が持ち前の好奇心で輝き出した。
「俺には壁画に描かれている文字が読めない」
少年が騎士に羊皮紙と羽ペンを借りると壁画に描かれた見字を書き始めた。
『nauthiz・parth・teiwaz・nauthiz』
少年が書き終えた羊皮紙を向けられ、アウラは少年の書いた文字を読み上げる。
「nauthiz・parth・teiwaz・nauthiz」
もう一度読み返す。
「ナウシズ・パース・テイワズ・ナウシズ」
「読めるか?」
ざわめいていた騎士たちは息を呑んで見守っていた。
「……」
アウラが幼い頃から興味を持ち今では読みなれた文字。
「……」
アウラは持っているだけの知識を頭の中で組み立てる。
「解りました。だぶんこれはソルシエールが残したメッセージです」
アウラは桃色の髪を揺らし顔を上げ、紫水晶の瞳を輝かせながら薄桃色の小ぶりで形の良い唇が 偉大な魔女からのメッセージ壁画の伝言を読み上げ始めた。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!><b




