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雷鳴と悲鳴

 東に大きく迂回し精鋭の騎士隊と共にアウラと山羊飼いの少年が山間の野に入って半日経った。


 風の止んだ山間の野は蒸し暑く地面は膿んでいる上に、重い荷物を持った大人数で歩いているのだから余計に泥道を捏ねてしまい歩き難いことこの上ない。


 昨日までの雨が嘘の様に太陽は忌々しくも揚々と輝いている。風は吹かず空気は淀み、湿気を含んだ空気が身体に纏わり付いて余計に体力は奪われていく。


 まだ半日しか歩いてないというのに足元は泥濘でいねいに絡め取られているようで、やたら足取りが重く感じる。


 放牧では長い距離を平気で歩くアウラだが辛くて仕方ない。そこに隊から振り分けられた自分の持ち分の重い荷物を持っているのだから尚更だ。


 それでも鎧や剣などの重装備をした上に食料や水、天幕などの荷物を背負った騎士たちよりは遥かに身軽な方だ。


 それでもアウラは心の中で呟いた。


(私、女の子なのに……)


「アウラ。もうへばっているのかぁ? もっと荷物を持ってやりたいが俺にはあいにく腕が二本しかない。残念だ」


「そんなことっ見れば分かりますっ」


 少年を睨み頬を膨らませたが思い直した。少年は既にアウラの分の荷物を半分ほど持ってくれている。


 少年に割り当てられた荷物せある獣の皮を縫い合わせて作った大きな子供ほどもある水筒を背負い。胸にはアウラの荷物を掛けて、両手には街で騎士から渡された予備の火打ち式の銃を持っているのだ。


 今の自分と言えば……。水の入った小さな水差しと肩掛けになった分厚い書物が入った革袋が二つ。


 それでも少年はぬかるみ、じゅくじゅくに膿んだ地面から、ずぽずぽ足を抜き進んでいく。彼の体はそんなに大きくないのに何処にそんな力があるのか分からない。


 鍛え抜いた屈強な騎士たちでさえ、見るからに疲れ初めているというのに……。そういえば細い見た目の割に引き締まった身体をしていたことを思い出し、昨夜の少年部屋での出来事を思い出しアウラは急激に顔が熱くなることを感じた。




 山間の野は広いと言っても平地に広がる野に敷かれた街道ほどもない。


 軍を裂き精鋭だけで北の神殿に行くことになったが、それでも降り出した雨で泥濘の道無き道を想定し、重い鎧と鎧を着けた軍馬は大方、街に残して行くことになった。


 雨を避けて来たものの、山脈から延びた雲の足は速まり追い付かれ一行は補給をした街で結局足止めを食らう羽目になったのだ。


 あの時、山羊飼いの少年の言葉に耳を貸して正解だった。


 少なくとも野営のテントで強い風を伴った豪雨をやり過ごすのは難儀なことである。


 自分が予想していたより雨が酷く、あのまま川沿いを北に上って行ったらどうなっていたか分からない。


 シュベルクの街もあの二人の騎士が水門を閉める様に忠告しに行ったのだから大丈夫だろう。


 ほっと溜息を吐きながら騎士たちが借り切った宿の自分に当てがわれた部屋の窓から槍のように降る雨を眺めていた。


 黒い空が光出したと思ったら遅れて雷鳴を轟かせ始め、光と雷鳴の間隔は徐々に狭くなって来ている。


 その内に光と同時に轟音が轟き、暫く耳を両手で押さえていたが、だんだんと心細くなって来る。


 光と轟音の間に自分の悲鳴が混じり出す。


 音が止んだその隙に机に置かれている蝋燭が立つ燭台を手に部屋を出て一抹の不安はあるものの、暗闇を裂く光が射し込む部屋と轟音を聞きながら一人で部屋に居る事には耐え兼ねる。


 アウラは雷鳴が止んでいる間に、小走りで隣の部屋の少年の下に向い扉を開いた。


 扉を開いた瞬間、窓から一際大きな轟音を響かせ雷鳴が轟き、暗闇を裂く光が部屋の様子を照らし出した。


「……」


 アウラは轟音が聞こえない程の光景が飛び込み、頭の中は真っ白になった。


「『きゃぁー』と叫ぶべきなのかなぁ? この場合……。何時かのアウラみたいに」


「きゃぁ――――――」


アウラが少年の姿を見て悲鳴を上げた。


「気にするな。これでお互い様てことだ」


「な、ななな、何故、服を着てないんですかっ! 覗き魔さん」


「俺の部屋だし別にいいじゃないか。それに今覗いているのはアウラの方だろ? まぁいいか減るもんじゃないし……。でもそんなに見詰められると恥ずかしいなぁ」


 アウラは顔を真っ赤に染め上げて少年の一点を見詰めて固まってしまった。





「顔が赤いぞ。アウラ熱でもあるのか?」


 昨夜の出来事を思い出していたアウラは不意に掛けらた声で我に帰る。


 びっくっと驚いた拍子に転びそうになった時、少年の手が支えてくれた。


「あ、ありがとうございます? って? あの……覗き魔さん銃は?」


 少年が両手に持っていたはずの銃がない。


「上」


 アウラは少年が指差した方に視線を向けた。銃は宙で一瞬止まり、ゆっくり半回転しながら落ちてくる。


 少年がなにをしようとしているのか、はたまたなにが起こっているのか分からず、ぽか―んと口を開けたまま少年に視線を戻した。


 けれど少年は微笑んでいて上に放り投げた銃を見ていない。


 アウラの体を支えていた両手を離すと少年が天に向け腕を伸ばす。銃は計ったように少年の手に戻った。


 少年がアウラの顔を見たまま微笑んでいる。何時ものように。


「今、なにをしたの?」


 アウラは唖然と少年を見て尋ねた。


「特になにをした訳じゃない。ただ他の人より――」


「先頭の様子が変だぞ」


 二人の傍を歩いていた騎士に声を掛けられると同時に先頭の騎士たちが一斉に伏せだした。


 水面に波紋が広がる様に先頭から順に前にいた騎士たちが伏せていく。


「もう少しで神殿だというのに忌々しいな」


 ランディーが苦虫を噛み潰した。


 ややなだらかに下った場所に小さく神殿が見えている。草で緑に見える地面の一部が帯状に黒い。


「斥候を出せ」


 ランディーの指示で斥候が蛇のように野を這う姿勢で神殿の方に向かった。


「ランディー様。どうなされたのですか?」


「先客が居るようだぞ? アウラ」


 ランディーの代わりに少年が答えた。


「そのようだ。草原が荒れている」


 陽も傾き掛けた頃、ランディーが放った斥候が戻り報告を寄こした。


「人影は確認できませんでしたが神殿に入ったと思われる痕跡多数確認、既に神殿を後にした模様です」


 ランディーが報告を受け、山羊飼いの少年に意見を求めている。アウラは首傾げ少年とランディーの会話を聞いていた。


「陽が沈み掛けているこの時間だ。君ならどうするね? 少年」


「もし先客が居ると仮定して考えるなら夜を待って襲撃すれば先手を取れる。相手はまだこっちの存在には気づいてないだろうし……」


「君は進めと言うのだな?」


「違う。闇はこっちらの動きも隠してくれるが、言い換えればこちらもなにも見えないってことだ。闇は向こうにも味方しているからだ」


「覗き魔さん? それはどうしてなのです? 有利になるなら夜襲すべきではないの?」


「アウラ。確かにそうだけど、でも闇は向こうが張った罠も隠してしまう。陽が落ちる前に調査済みなら、罠の位置を把握もできるけど今となってはもう遅い。闇雲に夜襲を掛けるのは危険なんだぞ」


「少年、君の言うことにも一理ある。夜襲はせず朝を待って再調査するとしよう。全隊っ、野営の準備に掛かれっ。警戒は厳にせよ」


 少年の意見に賛同したのかランディーが野営準備の指示を出した。


 To Be Continued

ご拝読アリガタウ。

次回もお楽しみにっ! ><b

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