名も無き赤の騎士団
高らかと打ち鳴らされる銅鑼の音に騎士たちが慌ただしく動き出した。
部隊に向けた出立の合図である。その銅鑼の音はピッチを早め音の間を詰めていく。
「アサー。マイルは居るか」
ランディーが二人の騎士を呼び寄せた。
「「ここに」」
既に騎乗していた二人の騎士がランディーの方に手綱を引いき馬の腹を蹴り走らせた。
全く同じ軌跡を描くように揃った動きで馬を向ける一連の動作は訓練の賜物なのだろう。その動きには一糸の乱れもない。
二人の騎士はランディーの前まで来て馬を止めた。
「「どの様な御命令でしょうか」」
声まで揃っている。
アウラと少年は好奇の視線で二人の騎士に視線を釘付けにした。
「二人に重要な任務を与える」
「「光栄であります」」
また揃った。
アンディーの傍に立っているアウラと少年の首もそろって横に傾く。
「これから二人に与える仕事は非常に名誉な任務である」
ランディーが唇の端をやわらかく吊り上げている。
「「光栄であります」」
「是非お前たちに任せたい――お前たちにしか出来ない任務だ」
「「光栄であります」」
「聞きたいか?」
「「光栄であります」」
「よかろう。お前たちの任せる」
「「光栄であります」」
ランディーが更に唇を吊り上げている。
「美しき姫君の――」
「「護衛でありますか」」
「そう逸るな」
「「光栄であります」」
「美しき姫君のお供を――」
「「了解であります」」
「まあ聞け。美しき姫君のお供である愛くるしい瞳のか弱き羊たちと四角い瞳の山羊たちを伴い、今から聞く話をシュベルクの駐留軍まで行き伝令せよ」
「「光栄で……あり、ます……」」
「私の隊の中で洗練された連携はマイルとアーサー。君たちの右に出る者はいない我が隊で一番である。羊たちを追っての伝令任務に、その議長を、その力を借りたい。それに君たちの馬は我が隊の中でも屈指の駿馬である。臨機応変にも必ずや堪えられると確信している」
「「光栄であります」」
ランディーが金髪を揺らし、金色の視線を少年の方に向けた。
「少年っ。雨は何時降る」
少年が碧眼の瞳を弓の様に反らし唇の両端を動かした。
「この辺りは早ければ夕方。長ければ四、五日安定しないかもしれない。街まで歩いてどれくらい掛るのかなぁ?」
「街まで歩いて行けば陽が昇ってから陽の入りまでくらいだ。個人差はあるがな」
「地形は?」
「大きな起伏はない。程なく行けば丘の間をと丘を削って石を敷いたおおよそ真っ直ぐの街道も走っている」
「アウラみたいだ」
からん♪ と少年の頭上で鐘が響く。
「って……痛たいアウラ。それと川は? どんな流れになっている」
ランディーは苦笑いを浮かべたが、すぐさま表情を引き締めた。
「街道沿いに北の山脈から流れる川と、ここを流れる川とが街の手前で合流していて、川幅は徐々に広がってはいるが合流先と川下は然程広がってない」
「もっと詳細な情報が欲しい」
「分かった。ただ我々も間もなく出立するのでな。余り時間がない。君の言う事に納得がゆけば、我々が取る進路を変更し雲を大きく迂回し東の街で補給してから北の神殿に向か経路を辿るよう団長殿に進言しよう」
「それが賢明だ」
ランディーが詳細を急ぎ少年に伝えた頃、騎士団の一部の隊は動き始めている。
「この地形では三日も山間地で豪雨が降って、早い段階で雲が街まで届けば、その日の内に川が溢れるかもしれない。街の水門を締め鉄砲水に備えた方がいい、深い孤を描いた水路には枝を作り水を逃がす溝も掘った方がいいかぁ」
「時間は無いが出来るだけの協力はさせよう」
「そこまでしなくても俺は困らない。だけど、アウラが困るから頼んでみてくれ」
少年の碧眼がアウラに向いた。
ランディーがマイルとアーサーに向き直り命令を伝えた。
「聞いての通りだ。シュベルクの運命はお前たち二人の双肩にに掛かっている。私はこれから団長の下に向い先程の経路で北に向かうよう進言してくる。お前たちなら慣れない羊追いをしながらでも夕方までにはシュベルクに着けるだろう。手段は任せる。以上」
「「光栄あります」」
「この任務には我が隊、名も無き赤の騎士団の名誉が懸かっている。失敗に終われば名も無き赤の騎士団の名が泣く。心して掛れいいな」
「「僭越ではありますが我らは例え羊を鳴かせても、名も無き赤の騎士団の名は泣かせません」」
「おおいに結構! さあ行けっ」
「「はっ」」
二人の騎士が馬の腹を蹴り、羊の群れの所へと勢い良く馬を走らせた。
その様子を見たランディーは高らかに笑った。
アウラの隣にまで近付いた少年が、口元を隠す様に右手の甲を当てアウラに尋ねた。
「なぁアウラ。聞いていいか?」
「なんですか」
「なんだか俺身体の調子が悪くなって来ているような気がする。これって病気て言うのかなぁ?」
「覗き魔さんは毎日病気みたいなものじゃないかな、と想像できます」
「なにゆえにっ!?」
「思考や行動が異常です」
「うーん。そうじゃない……なんかさぁ、あの騎士二人が同じに見えるんだよなぁ? 眼の焦点が合わないんだ。さっきから二人がだぶって見えるし、それに声も重なって聞こえる。これも魔術? 分身の魔術とか?」
少年が碧眼を時折、擦りながら好奇な視線を二人の騎士に向けている。
「違いますっ。あれはきっと分裂? それとも増殖したのですよ」
「そんな原始の藍藻みたいな言い様……。酷い奴だなアウラは」
「なっ!?」
「あの二人は一卵性の双子だろ? 可愛い顔してほんと酷い奴だアウラは」
「し、知ってますよっ! それくらいっ。覗き魔さんが知らないのだと思って……じょ、冗談を言ったんですぅー」
アウラの紫水晶の瞳から眼光炯炯を向け眼尻を吊り上げた。
「俺は馬鹿にされてるのかなぁ?」
「そんな事ないですよ? 馬鹿には見えますが覗き魔さんは私の知らないことや魔術のことも私なんかより詳しいように思えますけど?」
「旅すがらってやつかな? 街に定住していた時間より方々を旅していた時間の方が長い。旅の中で学んだことは多いし、それに母さんが沢山教えてくれた。魔術のことも人の言葉も……、文字の書き方は暫く共に旅をした爺さんに教えて貰った。旅に必要な知識として自分が今居る位置や方向、距離を知る事の出来る六分儀て言う道具を使った天測も習ったかなぁ」
「六分儀? なんですかそれ? よく分りませんが覗き魔さんには知らないことがないみたい……」
「そうだなぁ? 俺は知らないこと以外はなんでも知っている。それに知らなければ良かったこともたくさん知っている」
「知らなければ良かったこと、ですか……」
アウラは薄桃色の唇を緩く噛み俄かに表情を曇らせた。
「アウラは気にすることはない。俺は気にするが」
少年がブルーマールが映える前髪を揺らし屈託のないやわらかな微笑みを向けている。
アウラはその笑みの何処かに違和感に気付いた。
少年の笑みは見ている方も微笑ましい程綺麗に表情を作る。時折、少年はころころ表情を変えて話すが、何処か不自然で最後は必ず形の良い微笑みを浮かべる。綺麗過ぎる笑顔を浮かべるのだ。
そう。
――まるで微笑みの表情を模った人形のように。
「なにをしているアウラ。それに山羊飼い。荷物を纏めろ出るぞ」
ランディーの引き締まった声が向けられた。
「名もなき赤の騎士団出るぞ」
ランディーの部下たちは巧みな手綱捌きで隊を纏める。
「私は団長の所に行く。伝令――先行の騎士隊に伝えよ。東に迂回し北に向かう」
「隊長っ。それはまだ決定事項では――」
「はは、はっはは、はっははは。それがどうしたというのだね? この私が変えるさ。これから行く道もこの世界の未来もな」
ランディーが快活に笑い意気揚揚と高らかに声を張り上げた。
「おおっ――! おおっ――! ランディー・ハーニングっっ! 名も無き赤の騎士っっ!」
騎士隊からはランディー・ハーニングを称える歓声が巻き起こると共に地面を蹴って足踏みが始まった。足踏みの音は、やがて地鳴りとなっていく。
歓声に応える様にランディーが纏っているマントを翻した。艶のあるビロードの表地がマントの揺れで裏地を見せる。
裏返って見えた裏地は血のように赤く、そこには銀色の刺繍糸で逆十字が縫い付けられていた。
To Be Continued
ご拝読アリガタウ。
次回もお楽しみにっ!




