お屋敷の御主人様は九州のおへのクマとは何ら関係が以下略なお屋敷
「いえいえ。違いますわ。こんな無茶苦茶な幽霊を雇うなんてこと、私は致しません。あなたに誓って」
黒いの最強説は崩れた。上には上がいるってことか。
「そうなんだ。ということは迷子だね」
「はい。見苦しいとお思いでしたら今すぐに消しますわ。私は物凄く恥だと思っていますので、全力で消してやりたいですわ!」
御主人様の前でお屋敷を預かる身としては責任を感じてらっしゃるんだろうけど、後半部分の方が力強く言いましたね、物凄く私的感がハンパないです。恥だ、と思うというより、恥をかかされた、という私的が。
「いや、それには及ばない。やんちゃしてたみたいだけど、そこはかとなく見所がありそうだと思うから」
懐広いこの人。普通、自分の所有するお屋敷で暴れまわっていたら怒ってもいいものなのに。『やんちゃ』で済ませるか……、俺にはできそうにないことだ。
「夕食もまだみたいだし、お茶でもして話を訊こう。それと珍しくご来訪された小さなお客様にご挨拶もしたい」
そういうおじさんは俺を見る。あ、どうも。反射的に俺は頭を下げた。
「わかりました。直ちにご用意致します。ノブエ、リナ、タカコ。用意を!」
「サー! イエッサー! サー!」
「えー? 用意するのめんどう」
「了解しておかないと痛い目を見ると思われる」
「しょうがないわね」
誰もマシな受け応え方ができていない。主人の前で中々できないよ、その態度。白いのは……黒いのが怖いだけだろうしな。
黒いのと白いメイドが光の速度のように行動を開始。赤いのと青いのはゆっくりだ。透明幽霊どもは散り散りになってどっか行った。
「いいかな、君?」
おじさんに訊ねられる。えらい遅いなぁ。まずこちらに断わってからだと思うんだけど、
「いいですよ」
けど、断る理由が無いので受けた。
「じゃあ、行こ……」
「レンッ!?」
おじさんの会話を遮る聞き覚えのある声。あいつだ、あいつ。
後ろを振り返ると、暗がりの通路から姉貴が出てきた。
「――……。〝お姉さん〟かい?」
え? どしてわかったの? この姉貴要素がまったく皆無なアホが姉貴だって?
「うーん……面影があるね……」
誰の? というかおじさん何者? この屋敷の『主人』以外っていう意味での身分証明をしてほしいと切に思う。
「可愛らしいお嬢さんだ」
「え? そっそ、そんな可愛いだなんて、そそんな……」
このおじさん、中々女性の扱い方を熟知していると見た。中々言えないわ、この見るからに姉貴な子に対してお世辞でも。
「ここで立ち話をしていてもなんだし、行こう、君たち」
「あ、はい」
おじさんはこの場から歩き出す。向かう所はメイド四人にお茶をご馳走になりつつ理不尽な難題を吹っかけられた部屋だろうか。
それよりも何よりも、このおじさんの言葉が気になるところではある。何者だ、このおじさん?
「ねえ、レン。ボク、『可愛らしいお嬢さん』だって。ねぇねぇ、どう思う? もしかしてレンも同じように思ってくれたり?」
俗に言う、社交辞令に対して浮かれ気分の姉貴は何者かってすぐにわかる。
「ねぇねぇ?」
アホ。それ以外に無いので無視し、おじさんの後を俺はついて行った。
今日、二度目の紅茶の香り立つお茶の時間、のはず。
「申し遅れたね。私はこの屋敷のオーナー、重之中チヨノ、よろしく」
えのなかちよの? ああ、イニシャルね。
「湊レンヤと言います。よろしくです」
「え、えっと……姉の湊アカネ、です……」
「そう緊張しなくてもいいよ、アカネちゃん」
緊張するな、っていうのは無理かもね。お茶の時間って、ゆったりくつろぐモノだと思うのだけど、これはこれはかなりねぇ……。
テーブルを囲んでいるのは俺と姉貴と重之中さんの三人。で、重之中さんの後ろで微動だにせずに影のように控えるメイド四人組み。
正直、怖い筋の人の前にいる雰囲気しかないのが残念だろう。姉貴については何度も言うようだけど、ヘタレでアホで弱虫でアホでさらにアホだからビビッているのが手に取るようにすぐわかる。
付き添いのメイドさんたち、少しはこの強張った空気を和らげようと努力しなさい。お前らはメイドだろう? お前らはどこかの国のSPか? メイド本人たちが殺気に近いモノ振り撒いてどうする気だよ?
「あのさ、えのモン?」
赤いのが空気なんて知りません、と言わないばかりに重之中さんに声を掛ける。
あだ名だろうか、発音が近かった所為で一瞬九州のおへそにいるクマのことを思い起こした。
「リナ。〝御主人様〟よ」
「同級生だからいいじゃん」
「で、何かな、南井さん?」
「御主人様」
「いいじゃないか、トモミ。同級生なのは確かだ。畏まるのはおかしいよ」
「話がわかるわね、えのモンは」
赤いのが椅子に腰掛け、自分の分の紅茶を淹れてまたーりする。
「落ち着くわ。あ、そう、用ってのはね、あのさ、あたしもお茶していい? 立っているの正直ダルいのよ」
もうしてるじゃん?
「南井さん、もうしているじゃない」
「リナはいつもそうねと思われる」
「東方さんも相変わらずだね」
重之中さんは苦笑いを浮かべた。青いのもいつの間にか椅子に座ってお茶をしていたから。
黒いのの表情が怖い。表に出してないけど、オーラがハッキリとご機嫌斜めだ。これなら表情もきっぱり表してくれた方が幾分かいいと思う。
「あれ? 西野さんはお茶しないの? キミなら真っ先にしそうなのに?」
「きょっ、教官を差し置いてそんなことないであります!」
喋り方がワンワン隊長みたいになっとるぞ。
で、その仰る教官とやらは……、
「いいわよ、ノブエ。あなたもお茶してくれて」
「トモミもしなよ?」
「え、でも、私は……」
「そうだよー、トモミもしなよー、お茶美味しいよー」
白いのもいつの間にかお茶していた。変わり身早ぇな。
「……ノブエ、あなた」
「わたしは大義名分を手に入れたのよー、トモミに言われる筋合いはどこにもなーい」
「――……」
「いや、違いますっ。えのモン、じゃなくて御主人様が下々のメイドどもに対してありがたい御命令だからそれはそれは御主人様の従僕であるメイドは御好意を無碍にできないわけでこれはこれは当然というか当たり前というかお仕事の一貫であってそう怒るなよお前? みたいなお前に対して不満なんて一つも無いとわたしはここに宣言できちゃったりしますみたいな……」
「美味しいです、御主人様」
「トモミが淹れてくれているからね、美味しいのは当然だよ」
「やだぁ、御主人様ったらお上手ですね」
白いのが長い言い訳をしていたけど、黒いのは御主人様と何とも和やか。
「あーあ、あたしもあんな良い男欲しいなあ」
「九州のおへそに行ってくれば見つかると思われる」
「モンしか合ってないじゃない」
「公務員だから将来安泰と思われる」
「中身は?」
「中に誰もいないと思われる」
それ、怖いだろ。てか仲良いね、あんたら五人。でも、仲良しごっこは後でやってくれるかな? けっこう俺たち姉弟おいてけぼりなんだわ。
「みなさん、九州出身なんですか?」
「「「「「え?」」」」」
「あー、この姉貴は放っておいてください。話の流れが読めないので。国語の勉強不足なんです。五歳児ぐらいの子供が何か言ってる、ぐらいな感覚で相手してやってください」
じゃないと頭痛の種にしかならない。
「レンッ!? どういう意味だよっ!?」
だから国語の勉強不足なんだよ。
「違うよ。でも、九州は仕事で何度か行ったことがある。いいところだよ」
「あ、そうなんですか」
「うん。食べ物は美味しいし、見るものはたくさんあるしね」
「へー」
「機会があれば一度行ってみるといい。お勧めだよ」
あー、このお屋敷の主人は案外マトモだなぁ。いや、素晴らしい大人だわ。姉貴のわけわからないことを流しもせずに相手してくれるなんて弟として涙が出そう。
【ウベェラァァァァアアァァァァアッ!?】
{ピー}が目覚めた。メイドが立っていた場所――そこでスマキにされて一切身動きが取れないでいる。でっけぇ芋虫だな。顔まで隠れてるから吐き気催すことがないのが救いだ。
「ああ、目覚めたね。トモミ? 彼女にも座ってもらって。あと、お茶もね」
ええっ!? 重之中さん、もといえのモン、マジかっ!?
「ひぃ!? レンッ!?」
お茶が飲めないだろくっつな、ボケ。
「奇声は如何致しましょう?」
「座ってもらえれば私が何とかするよ」
【オォォォォトォォォォコォォォォォ!】
――――――――――――――――……。
これは座るというより、椅子に磔にした、と表現した方がいいのでは?。
【ギョォォォォォオオォォォォォオッ!】
「さて、これを最後に」
重之中さんはブッサイク女の額にミミズ文字で書かれた札を貼り付けた。
何ぞ、それ? 呪い? って……えぇぇぇぇぇぇっ!?
驚愕――ブッサイク女の姿が、トモミさんの部屋で見たキレイな女性へと変身。
「どう? 落ち着いたかい、お嬢さん?」
【え? わたし、どうして……】
重之中さんは微笑んでいた。




