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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅵ
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御主人様ご帰宅のお屋敷


 前回のあらすじ。目と目が合う瞬間はろくなことが起きない。

「かはっ……!?」

 何て教訓を学習している暇はねぇよ。現在進行形で殺されるピンチじゃねぇか。

 美人でも、歪んで顔面変形すると関わり持ちたくないと思える。なまじ元がいいからギャップの差が大きい。とりあえず、キモいの一言だよ。

【クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャッ!】

 飛び出したギョロ目が俺を直視。か細い両腕の先の小さな両手が、俺の首を締め上げる。

「くぅ……!?」

 力が入らないから締める手が全然解けない。やばい!? さらに女の締め上げる力が強まった。

 姉貴、助け……、

「あわ、あわわわ」

 れるわけないよなっ! 姉貴、お前だもんなっ! 今、どんな姿してのかわからねぇけど、慌てふためいた台詞聴こえたら期待できねぇわっ!

【アヒェッ! アヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェヒェッ! オトコ、シネッ!】

 キモい。顔がキモい。声がキモい。存在がキモい。とにかくキモい。だから……、調子乗んなっ!

【ギャッ!?】

 蹴りを繰り出した俺。眼前の女は、あー、とてもきしょい顔ですね。死んでくれないかな。

 俺の首を絞めていた女の手が緩まって解ける。女は蹲ってお股を押さえて身悶え始めた。

 思い知ったか。男はもちろん、女だって股間は急所なんだ。幽霊にも効くとは知らなかったがな。

「ゲホッ! ゲホホホッ!」

 苦しかった。殺す気かっ。

「レンッ!? 大丈夫か!?」

「ゴホッ! ケホッ!」

「息できるかっ!? 返事をしろ、レンッ!?」

 うっさいっ。三十秒ほどぶりに空気が喉を通っているんだ、静かにしろ。通るもんも通らなくなるわっ。

【コロシテヤル】

 え? 何々? もう復活? 男だったら五分か十分は前屈みなのに?

【ウゥガアッ!】

「うわっ!? またなの!? もうやだよーっ!?」

 恨み辛み。憎悪の全てを俺に向けて恐ろしげな奇声で吼える女に、突っ立っていた姉貴は腰を抜かす。

 股関節を折るどころか、脱臼ぐらいの威力も無かったか。

【……オトコ……ニクイ……ユルサナイ……コロシテヤル】

 さて、どうすんべか。やつの狙いは俺だけ。姉貴アホは狙われることが無い。

【ユルサナイ……ユルサナイワ……】

 じりじりと手足を地面に這いずらせて近寄ってくる。お前、前世は昆虫だったのか? ちゃんと二足歩行しろよ? いや、違う違う。こんな場合にツッコミしてる場合違う。

【オトコ……ニクイ……。ダカラ……ユルサナイ……】

 どしてこんなに憎まれなきゃならんの? 男であるという理由だけで。

【ワタシヲ……オトコ……ニクイ……コロシテヤル】

 やつは歯を食いしばり、形容し難い凄まじい形相で涙を流していた。

「――……」

 尋常じゃないその気配に、違和感が喉に詰まったような感じを覚える。

 理由わけありっぽそうだな、こいつ。

 情に流されるとかそんなもんじゃないけど、やつを見ていたら何だか……ねぇ? しゃーねぇな、と。

 さて、どこでするか。やつは部屋で俺は廊下。ここは一階。広い場所といえば、なら、とりあえずこうしよう。

「お邪魔しました」

 と、俺はドアを閉めてフェードアウト。

「姉貴、ドアの前から離れてジッとしていろ」

「えっ」

「ドアの前から離れてジッとしてろ」

「なな、何で」

「いいからドアの前から離れてジッとしてろ」

 姉貴にそう言って俺は、玄関ホールを目指して走り出す。無駄な時間取らせやがって。

 ――バン!

「ぎゃん!?」

 走りながら後ろを振り返る。やつが醜い形相で追いかけて来ていた。

 ついでに、後ろに転倒した姉貴の姿。忠告通りドアから離れていなかったから、やつとブツかって強打したようだ。

 だから言ったのに……。ドアの前に居たらそうなるわ、アホ。

【ユルサナイコロス】

 キチガイ染みたこと以外言えないのか、あいつ? そろそろ違う言葉を聴きたいものだ。嫌でも言わせるけど。たぶん叫び声だろうけど。

 そんなこんなで玄関ホール到着。十分に広い玄関ホールの真ん中で立ち止まり、やつに向かって反転。

【アキョケクケクケクケクケクケクケクケ!】

 やつ、襲い飛び掛かる。俺、直前で避ける。やつ、盛大に転げる。俺、後ろからやつの頭を踏みつける。

【ヒベッ!?】

「一対一だ。存分にケンカしようか」

 一方的な俺のブチのめしタイムだけどな。理由は後で訊く。


【ビギェェエエェェェェェェェェェェェェッ!?】

 腕ひしぎ十字固めが綺麗にが決まっている状態のやつが叫び散らす。

 ふむ……顔は酷いことになっていそうだ。あのブサイクさでこの阿鼻叫喚だからな。まあ、叫べるってことはまだまだ元気そうでなによりかと。

「ロープ。ロープブレイクゥゥゥッ」

 ふと横に振り向くと、白いメイドがいた。……いつのまに?

「ブレイクブレイク。離れてー」

 何、あんた? レフェリー? 残念ながらケンカにレフェリーは要らんぞ。

「早く離れなさーい。審判の言うことは絶対だよー!」

 と、強引に俺に覆い被さって間に割り込んでくる。お前、今の俺は技の真っ最中だから身動き取れないんだぞ。

「きゃー」

 唐突に白いのが胸を隠すように押さえて恥らう。

「審判に暴行、もとい猥褻わいせつ行為を働くなんてー。もう、怒っちゃったよー」

 こっちは技の真っ最中だから身動き取れないっつぅーの。勝手にお前が突っかかってきただけだろう。真性の{ピー}は困った奴しかいないなぁ。

「うりゃりゃりゃー」

 更に強引に俺に覆い被さって技を解かされた。パッとやつから離れ、後転して立ち上がる。

「おい、何すんの?」

 邪魔しないでもらえるかな。

「警告だよー」

「はっ? なぜゆえ俺に警告が出される?」

「ロープブレイク」

「そもそもロープなんて無いだろ?」

 ここ、リングの上か? 違うだろ。どこにあんだよ。

「NO!」

 理不尽な要求に抗議すると、白いメイドは両手と顔を左右に振ってジャエスチャー。何で無駄に発音がい良い英語なんだよ。思わずその顔を殴りたくなるほど、俺のイラっと度メーターが跳ね上がった。

 こんの白いの……。

「はーい、はーい。八:二でカ○ン様有利、今、カ○ン様有利だよ」

「諭吉さん一人をカ○ン様で。まいどーと思う」

 ふと、二階の通路上で赤と青のメイドと透明幽霊どもがたむろ。

「やっちゃいなよ、カ○ン様。ふぁいおー」

「あいつだ、あいつ! やっちまえ、ネコにゃんにゃん仙人!」

「審判! 邪魔するなっ! 帰れ!」

「そのクソ女を成仏させてまえっ」

「一発狙うなら幽霊少女Aだよなぁ……でも、カ○ン様に似た少年の方が有利だしなぁ……ああぁ、どうしよう」

 おいこらクソメイド。人を見せしめにして、透明幽霊ども相手に賭けなんてやってんじゃねぇよ。あと、誰が『ネコにゃんにゃん仙人』だ、こらっ。

「お前らなぁ、丁寧に話すのもそろそろ限界になってきか……」

 俺は最後まで言えなかった。やつが、俺の頭を引っ掴んで押し倒してきた。

【コロス。コロス。コロシテヤル。ウヘェヒャヒャヒャヒャヒャッ!】

「おーっと!? ここで謎の幽霊少女Aの逆襲! カリン様、ピーンチ!?」

 実況も兼ね備えてんのか、白いの。

「さあっ、逆襲の謎の幽霊少女Aがここで決めしまうのかっ!? その方が利益が大きいから私は嬉しいがーっ!?」

 個人的な本音をが出てるぞ。今日は忙しい日になりそうだな。次は白いの、お前の番だから精々楽しんでおきやがれ。

 先のことをちゃんと胸に刻みこんでおく。

【シネ! コロス! シネ!】

 がむしゃらに暴れる女。頭を掴まえられているが、マウントポジションを取らせないように必死に俺は抵抗。馬乗りしようとするやつと俺の身体がズレた所で反撃する。

 両足をやつの左腕に挟むように通し、そのまま引っ張って首を捉える。三角締めの体勢。

【ハギャ、ギャ、ギャ】

 あー……この技、失敗だわ。ぶっさいくな面が目の前にある。吐きそうだ。

「ロープブレイクゥー」

「うっさい黙れ邪魔すんなブチのめすぞ」

「ひぅー!?」

 今度は邪魔はさせねぇ。とういうか、相当前からキレてもいい状況だしな、わりとマジで。

【ギ……ギ……】

 おお、まだ頑張ってるねぇ。まあ落ちろ。今すぐ落ちろ。落ちてくたばれ、ボケ。

「この騒ぎは一体何でしょうか」

 あぁ? 二階通路上に今度は黒いの。騒いでいた透明幽霊どもが大人しくなり、静かになった。黒いのの登場。

 次はお前が乱入すんのか。邪魔だからこっち来んな。

 黒いメイド、もといトモミさんがこちらを一瞥、してすぐに、

「騒ぎが大きくなりすぎです。しかも、その騒ぎでよろしくない行為まで」

 チラっと黒いのが白いの赤いの青いのを一瞥。口笛でも吹いて誤魔化そうとするバカのように三人は瞬時に目を逸らした。

「――……」

 そりゃ賭け事やってりゃよろしくないな。最低レベルより下だけど、まだ、まーだまともな黒いメイドことトモミさんはご立腹だろうて。

「発案者は誰?」

 生贄になれと言わんばかりに赤いのと青いのが白いのを指差した。

「ええぇぇぇええぇぇぇぇっ!?」

「ノブエ」

「はいっ。いやぁ、違うのよ、トモミー。あのね、カ○ン様が時間無制限一本勝負デスマッチを……」

「ノブエ」

「そうーっ、実はこれはエキシビジョンマッチで、しかも賭けにもなってなくて……」

「ノブエ」

「でもさー、お金って大事じゃない……? ねぇ……?」

「ノブエ。私はそんな言葉を待ってはいないわ」

「ゴメンナサイ」

 白いのの言い訳は圧倒されて終わった。四人の中で黒いのが最強説か。

「はあ……。お屋敷をお預かりしている私の身にもなりなさい」

 黒いのが二階から一階に颯爽と飛び降りてきた。階段を使え、階段を。

「全て私の監督責任になるのよ」

「そこはメイド長トモミさんのお力の見せ所かと……」

「ノブエ」

「スミマセン」

「それに、その幽霊に成り立ての新人さん。放って置いたのは失敗なようですね」

 ん? 何かやらかしたような口ぶりだな、その言い方。

「あなた、お屋敷の中で暴れ回ったそうですね。お屋敷の者から苦情が報告されています」

 俺はお前ら全員に苦情を報告したいと思うわけなんだが。

「室内の器物損壊、〝ついで〟にお屋敷の者への傷害。というわけで、その幽霊をこちらに引き渡して下さい、ネコにゃんにゃん仙人様」

 おい、呼び方変わってんじゃねぇか。ホント誰だ、さっき俺のことをそんな呼び方した幽霊アホは。

「――……」

 グッと堪えたツッコミは心の奥深くにして俺はやつを落とすために締めを強くする。今はこいつだ。黒いのは無視。

「ネコにゃんにゃん仙人様、その幽霊を引き渡して下さい」

「散々放っておいて今更それ?」

「〝私〟の勝手な都合であることは重々承知しております」

 〝私〟、とな? 何でそこでお前個人が出てくんの?

「……ずいぶんと都合が良い〝私的〟だね?」

「はい、申し訳ありません」

 否定しないのかよ。黒いののこの態度の変わり様、ただごとじゃなさそうだ。

 このアホ、マジで何をやらかしたんだ? 俺は三角締めをかけている女に目をやる。うん、ブッサイク。

「ネコにゃんにゃん仙人様、トモミの言うこと訊いておいたほがいいよー、今は」

 いや、白いの、お前近いって。白いのが耳打ちしてきて俺は少し驚いた。

「ちょっというかー、かなりというかー、激おこになったロシアのプーさん並にそのに怒ってるみたいだよー、トモミ」

 それ、対応間違えたら俺如きは躊躇無く○されるってこったな。何をそこまで怒らせたんだこの女は。

「引渡しを願います」

 不思議と例え話を聞いて黒いのの凄みを感じ取る。

 ロシアのプーさんか……。このまま拒否していてたら、『お前は何を言っているんだ?』と言われそうだねぇ。

「願います」

 しゃーねーな。

 と、俺は締めを解く。最後にやつの顔面に蹴りを入れておくのも忘れずに。

【デギャンッ!?】

 女はぶっ飛んで床に転がった。

「ありがとうございます」

【ゴボホッ!?】

 黒いのが礼を言った傍から女の腹を蹴り上げる。女は玄関入り口近くの壁にその身を打ち付けた。

 マジで躊躇無いねぇ。俺がやつから理由を訊く暇はあるのだろうかねぇ。

「さて、どうしてくれてやりましょうか」

 おっかないなぁ、この黒いの。

 足取り軽く床を歩く靴音――黒いのが女にゆっくりと近づいていく。

 ああ、死んだな、女。いや、消されるな、あの女。

【バジェ……ゲェ……】

 よろよろして立ち上がる女は相当効いているようで、突っついたら倒れそうなほど弱っていた。

 黒いのが女の前で立ち止まる。

「後悔はしなくてもよろしいです。あなたはバカだからそれができないでしょうし。ただ、恐怖を全身に刻み付けながら消えなさい」

 死刑宣告、頂ました。

「ただいま」

 と、そんな死刑執行目前で突如玄関の扉が開いた。え? というように玄関ホールに居た誰もがきょを衝かれる。

 キレイに整えられた短い黒髪にキリッとした眉に目鼻、髪と同じようにキレイに整えられた口ヒゲあごヒゲ、服装は薄いベージュ系を基調としていて清潔感とタイトな印象。

 歳の頃は三十代、いや二十代か? なんにせよ、お屋敷への侵入者は黒縁メガネを掛けたカッコいいおじさんだった。

 どちらさん? お屋敷の人?

「……まさか、出迎えがいるとは思わなかった」

 ポツリと漏らしておじさんは小さく苦笑。

「あ、〝ちよちゃん〟」

 俺の近くにいる白いのが呟く。黒いのがカラクリ人形のように首だけがカタカタとおじさんに振り向いた。

 だから誰よ?

【オトコォォォォオオォォォォォオッ!】

 一瞬の隙――俺は女のことなんて眼中に無く、黒いのも女から目を離した瞬間、お屋敷に侵入して来たおじさんに襲い掛かろうとした。

 あ、おじさんも〝男〟だ。忘れていた女の襲う理由を思い出す。

 やばくねっ? 

 と思ったのはいらない心配だった。

 女は、床に顔面から着地し、ゆっくり両足が反り返って床に着地。普通の人なら間違いなく首の骨が折れているだろうという体勢でブリッジ。動かなくなる。

 やったのは黒いの。おじさんに襲い掛かろうとした女の髪を片手で掴んで地面に叩き付けた。

 あらまあ……。

「おかえりなさいませ、御主人様」

 言葉が途方を暮れてしまった俺をよそに、先ほどまで威圧感たっぷりだった黒いのの表情は、新しく替えたばかりの蛍光灯のように明るい飛びっきりの笑顔。

「ただいま、トモミ。ところでこの幽霊は誰かな? 新しく雇った新入りさん?」

 おじさんは何事もなく男前な微笑みで会話を続ける。

 とりあえず、『御主人様』と呼ばれたおじさんもこっち側の人だということはわかった。


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