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String link  作者: 初瀬姫
String link・Ⅵ
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目と目が合う瞬間なお屋敷


 案内人ドリアングレイの少女が一つのドアを指差す。〝警備室〟という銀のプレートがドアに取り付けられている。

 ああ、ここが動物の部屋なのね。けどさぁ……、

「ここなのよさ」

「は、はあ」

 殺人現場(?)から廊下の先を十数メートルほど。一つ前に通った部屋は厨房。近い。正直、案内人いらねぇー。

「どうちたの、おにぃちゃん? はいりゃないの?」

 入るよ。入るけど、お前の今の存在意義についてどうしたもんかと……。

 まあ、普通に奇怪な絵画で存在意義を示しておけばいいと思うわ。それがいい。うん、それがいい。

 よし、入ろう。じゃあ、失礼して。

 俺はドアをノックし、返事は無いままドアを開ける。目と目が合う瞬間、うん、動物園。

「どなたでありんすか?」

 最初に気づいてくれたのは蜥蜴とかげさん。

「誰じゃけぇ、お前らは?」

 それに続いたのはぶっきらぼうな口調の蛇さんでした。

「あ、今日屋敷に来訪されたお客様でちゅね」

「メイドさんたちが言っていた迷子の人間なんだな」

「そうなのであーる。久々の人間のお客様であーる。これはこれはようこそなのであーる」

 鼠さん、牛さん、羊さんは桃太郎のお供たちと同様、俺たちが屋敷に来た事情を知っているようです。

「よっしゃぁ。見てみい、ウサウサ。逆転やさかい」

「裏の回では大きい逆転。略して大逆転するんです」

「ガッハハハハハッ。4点差やぞ? 満塁で一発でも同点。次、最終回や。できるもんならやってみい」

「挑発的な態度にとても怒りを覚えました。略して、ぐぬぬぬ」

 虎さんと兎さんは野球中継にケンカ腰になるほど夢中です。

「ガルル。ウサウサ。お客様がいらっしゃっただぁ。挨拶ぐらいしねぇとダメだべぇ。いらっしゃいだぁ」

 猪さんはとても良い獣のようです。

「ああ、あのぉ……。いらっしゃしゃいませぇ」

 はい、お邪魔しています、馬さん。

 何だろう、これ。動物とふれあう、心休まるとても良いことなんだろうけど、正直、獣の惑星とかに迷い込んだ感がある。全員喋るし、二足歩行だし。とにもかくにも何より、姿がリアルすぎて不気味な感が否めない。

「で、何のご用でありんすか?」

「わざわざ俺ら干支警備隊の警備室に出向いて来さることは、たぶんよほどの事情じゃけん、ドラ」

「左様でありんすか!?」

 えー、滅多に事件の起きない町の派出所に配属された警察官が、大事件に遭遇した時のような期待をしないでください、蜥蜴とかげさん。

 正直、そのキラキラした瞳が眩しい。この屋敷のメイドさんに出された無理難題の情報を集めているんです、とは若干言いづらさがあります。言った瞬間の蜥蜴さんの落胆した表情が目に浮かぶ。別に悪くないのに自分の心が穢れているかのような、そんなリアクションが。

「ボ、ボクたち、二十四年前に起きたこのお屋敷の殺人事件について調べているんです」

「あぁ……。メイドさんの〝完全犯罪自慢〟でありんすか……。そんなもんでありんす……。事件なんて起きることを期待することが間違っているのでありんすね……」

 あーあ、蜥蜴さんが落胆した。

「え? レン? ボク何か、ふふ不都合なことでも言ったのか?」

「いや、言ってないのだけど、人選というか獣選けものせん? 言う相手の選択に失敗したというのはあるな」

 そんな予感は桃太郎の家来に遭遇して話を訊いた時から想定はしていましたよ。

「なんじゃ。あのメイドどもはまた同じことをやっているのじぇけ? しょうがないメイドどもじゃけんのう」

 呆れた蛇さんがとぐろを巻き、我関せずいった様子を決め込んだ。あなた、刀持ってるけど手が無いから持てないでしょ? どうやって持つの? ただのお飾り?

「ホント、毎回毎回でちゅね」

「自分らが殺された事件をネタにして何が楽しいかわからないんだな」

 ものすごく不評なようですよ、メイドの四人さん。

「あのー、ということは、みなさんは事件ついては何も知らないということだね?」

 虎と兎以外が頷いた。もうあれだな。マジで次どこの部屋に行こうか考えるのがめんどくさくなってきた。マジでどこ行っても同じような気が……というか、マジでそうしかならないような……。

「そこのねえちゃん」

「へ? ボク、のこと?」

「そやそや。めっちゃべっぴんさんやないか。どや? ワイと一緒に猛虎もうこが勝つところ見いひんか? ワイの隣で空いとるさかい」

 虎さん、手招き。でっけぇ招き猫だなと思わずにいられない。

「え?」

「ねえちゃん、ワイのめっちゃ好みなんや、ワイの彼女にならんか?」

「えっ……ええぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!?」

 ネコ科の虎が同じネコ科の姉貴を指名。招き猫って、商売してらっしゃる人がお客さんを招くためなのになぁ。彼女を招くって、新しいね。

「また始まったでちゅね」

「ガルルは女の子に見境がないでありんすから」

「女なんて生き物は邪魔なだけじゃけぇ」

「やかましい、お前ら。なあ、ねえちゃん。名前はなんちゅうの? ほら、ワイの近くに来んさい。ほらほらほら」

 そのニヤけた面をやめろ。下心が滲み出ている。姉貴はアホで男勝りでアホだけど、実際はアホでヘタレで臆病でアホだから警戒するぞ。ちっとは隠せ。

「レ、レン……」

 案の定、姉貴は警戒して俺の影に隠れた。

「何や、あんちゃん? その彼氏これか? おおぉっ!?」

 目と目が合う瞬間、ケンカ売ってきた。

「違います」

 冗談は存在だけにしとけよ、ミニチュアタイガー。というか小学生低学年ぐらいの身長で態度でけぇな、おい。

「それやったら関係ないな。邪魔せんといてもらえるか。ワイがその口説いてんねん」

 俺の後ろに隠れている態度からして拒否されているのわからないの? 頭悪いの? こういう人ってけっこういるけど、どこかおかしいとしか思えない。

「邪魔なのはキミ」

「はあ?」

「そのお姉ちゃん、俺のアホな姉貴なの」

「え? 自分ら姉弟?」

「ええ」

「弟が口出しすんなや」

「いや、人生に深く関わることなので全力で拒否するわ」

「何やと?」

「もしも、キミとうちのアホな姉貴がこのご縁で付き合ったとして」

「おう」

「順調に順調を重ねて晴れてキミとアホな姉貴は結婚したとして」

「ほうほう」

「その時、俺は絶対にキミのことを『義兄さん』なんて呼びたくないから」

 なぜゆえミニチュアタイガーを義兄として認知せにゃならん。よそ様の家庭ならクソ笑えるけど、我が家でしかも俺に実害が被るのは笑えないよ。

「だから無理。拒否。ついでに姉貴も嫌がってるから、からむのやめろ」

「ボクのことを〝ついでに〟とか言うなよっ。ボクは当事者だぞっ」

「なら俺の後ろに隠れるなよ」

「いやだって……、虎だし……」

 キミ、ボクと同じネコ科だけど本物はごめんなさい、って直球で断ってやればいいじゃん。

「女の前で引く下がれるほどワイは甘くないぞ、あんちゃん」

 ずずい、とした様子で睨みらしきものを効かせながら近づいてくるミニチュアタイガー。標的は俺に向いたようだ、めんどくさい。

「じゃあ、獣はお断り」

「何でやっ!? このカッコええ縦縞たてじまの毛並みの良さがわからんのかっ、あんちゃんは!?」

「人間だからわりません」

 俺自身、模様を描くほど毛深くないしね。

「あかん! あんちゃんじゃ話にならへん!」

 何言ってんだ、こいつ? 前提の時点で気づけ。ネコ科とヒト科で会話が成り立つことがおかしいってことに。

「そうか。会話を成り立たせたければ人間になって出直してきな」

「というわけでねぇちゃん、ワイと一緒に今後のことについて語ろうか」

 聞いちゃいねぇ、こいつ……。

「ほら、こっちおいで。なぁーに、愛が深まればワイという男に惚れるのは間違いないさかい」

「い、いやぁ……ちょっと……」

 おい。ハッキリと言ってやれよ、姉貴。

「なぁ、ねえちゃん。式はいつがええ?」

「遠慮しとくって。無理だって。嫌だって。同じネコ科だけどお前は生理的に受け付けないって。だからごめんなさいって」

「あんちゃんには訊いとらんわっ」

「通訳だよ」

「勝手なこと言いくさるなやっ。しばくぞ!」

「ああ? やんのか、ミニチュアクソタイガー?」

 毛皮剥いで金持ちか某野球ファンにネットオークションで売られてぇか?

「こりゃっ。がりゅりゅ、おにぃちゃんをイジメちゃダメなのよさっ」

 ここでも出てくるか、ドリアングレイの少女。てか、どこだ?

「うおっ……でおったな、〝化け猫〟……」

 俺の左隣に視線が向いているミニチュアクソタイガーはハッキリとうろたえる。

 おお、こっちか。とドアの左隣の壁に白い絵画があり、その中にドリアングレイの少女。

「何の用じゃ、〝化け猫〟」

 威勢は良いけど怯えを隠せないミニチュアクソタイガー。敵対関係なの、おたくら?

「ばけねこ? トラのぶんじゃいでひどいいいぐさなのよさ」

「当たり前やっ。ワイはお前に会いとうないねんっ」

 うんうん、と周りにいる動物警備隊の面々が頷く。明らか厄介者が現れた、って表情が滲み出ている。だが、存在が厄介ってだけならドリアングレイの少女もお前も大して変わらないと思うのだけど。

「うるちゃいわね。あなたはこりぇであそんどくのよさ」

 ドリアングレイの少女の絵画から何かが飛び出して落ち、転がる。

 ん? テニスボール? 何でこんなもんが……。

「ガルッ」

 ミニチュアクソタイガー、猫のように両手ネコパンチでテニスボールとたわむれる。

「ガルッ、ガルルルルー」

 呆然とそれを見つめる俺。こんな動画、どっかで見たな。ネコはこんなにでっかくなかったけど。

「ハッ!?」

 目と目が合う瞬間、ミニチュアクソタイガー素面に戻る。

「きょ、今日のところは勘弁したるわっ!」

 ずんずん、とミニチュアクソタイガーはテレビの方へ向かう。

 その後姿に、できれば一生勘弁しててほしい、一生関わるなと頭に浮かんだ。

「おにぃちゃん、ヘンなトラにからまちゃってタイヘンだったわよね」

「ありがとう」

 一応、礼は言っておく。

「ああ、そろそろ晩御飯の時間でチュから、食堂へ手伝いに行くでチュかね」

「わっちも行くでありんす」

「わわ、我輩はそれまで倉庫の確認をするであーる」

「オラも手伝うべぇ、メリー!」

「嫌なモン見て最悪な気分じゃぁ。とっておきの酒でも開けるかのう」

 目と目が合う瞬間、よそよそしくなって動物警備隊は俺たちに距離を取り始める。

 ドリアングレイの少女、キミ、相当嫌われてるね。歓迎されてないよ。一緒くたに俺たちまで歓迎されない一員になったわ。

「まっちゃく、しつれいなやつらなのよさ。あんちゃたちがサボってるのがいけのよさ」

 どっちもどっち、ってことでいいかな。

 さて、そんなことよりこれからどうしましょうか。どこ行って誰に聞いても一緒だとしか思えねぇな……。

「ど、どうする、レン?」

 情報がもう訊けないって判断したのだろう、珍しく頭が回転しているアホ姉貴が訊ねてくる。

「んー……」

「違う部屋へ行く?」

「んー……」

 言うべき答えが見つからないから唸るしかない俺。

「おにぃちゃん、あたちについてくるのよさ」

「え?」

 どこへ連れて行こうっていうの?

「〝資料がある部屋〟なのよさ」

「「はっ?」」

 俺と姉貴は驚いた。こいつ何言った? 〝資料がある部屋〟?

「なにをおどろいているのよさ? さがしてるんでちょ? しってりゅからあんないするのよさ」

 と、ドリアングレイの少女はその白い絵画の中から姿が消え、

「はやくなのよさ」

 声が廊下から聞こえた。

「レン。信じてもいいのか、な……?」

「わからん」

 何がわからないって、これはもうミステリーホラーじゃない。

 謎的ヒントもその過程のゲーム要素も皆無。イベントが勝手に乱立して行き当たりばったり。そして推理とかで頭を使うより、関係の無いめんどくさい事柄ばかりに頭を使わされる。

 もういいや。俺もやる気の無いコンビニ店員ぐらいの気持ちで構えておこう。

「行こう。ノープランだけど問題ない」

 姉貴と目が目が合う瞬間、そう告げた。


「ここなのよさ」

 今日、二度目のドリアングレイの少女の案内で連れて来られたのは、一階エントランスホール近く。扉には銀のプレートには……、


 ――〝トモエの部屋〟――。


 黒いのの部屋か。これはラスボスの展開じゃねぇの?

「トモエさんの部屋か……」

 ゴクリと息を吞む姉貴。

「失礼します」

 俺は躊躇無く扉を開けた。

「ちょっ、レンッ。何いきなり開けてんだよっ」

「ドラ○エにならって物色するため」

「で、でも女性の部屋、だぞ……?」

 化け物物の怪の類に人権なんてねぇよ。

「思い出しなさい。ご本人から許可は出ているからいいの」

「あ、そっか」

 そうそう。と俺は開けた扉を全開にする。中は明かりが点いていなくて真っ暗。

 まずは電気を点けねぇとな、と。

【キィヒ?】

 スイッチを押し、明かりが点くと部屋の中に見知らぬ女性が居座っていた。

 艶やかな長い黒髪。それを引き立てるような花飾り。お淑やかそうな顔立ちは、ハッキリと顔のパーツが整っている。全体の雰囲気で服装もそれに合わせて清楚な白いワンピース。

 あらまぁ美人――と目と目が合う瞬間、

【キャケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケッ! オトコ、コロシテヤル!】

 形相がブッサイクになって一目散に襲い掛かってくる。

「あがっ!?」

 やる気の無いコンビニ店員ぐらいの気持ちで構えでいた俺は首を絞められた。

【アキャキャキャ! ウヘェヘェヘェ! キャケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケッ!】


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