イベント発生率が高いお屋敷
雨風が壁や窓を吹き叩く。
窓の外は相変わらず暗くて何も見えず、連打の雨がガラスに当たる。反対側の壁は正確に設置されたアンティークなブランケットライトが明かりを灯し、何も画かれていない真っ白な絵が飾ってあるだけだった。
――……。
さっきも通ったけど、室内のように廊下も明るくすりゃいいのに。姉貴が居た部屋、普通に明るかったぞ? どして天井に照明を付けてないんだろう?
あと、この白い絵は何? 等間隔に設置されているブランケットライトと同じ等間隔でA4ノートぐらいのサイズの絵が飾られているが……、何の趣味? 絵が画かれていない絵を飾るなんて。
ともあれ、散策して探索していけばゲームに在りがちなイベントがあるんだろうなめんどくせぇ、と思いながらダラダラ廊下を当ても無く歩く。
「ね、ねえ、レン」
照明がある側を歩く隣の姉貴が声をかけてきた。
「何、姉貴?」
「だ、大丈夫なの、か?」
「何が?」
少し不安げな表情を浮かべている姉貴。主題を言え主題を。何が大丈夫なのかさっぱりわからん。
「いや、あの四人のメイドさんを殺した犯人の推理だよ」
「ああ、そのこと。さあ」
「さ、さあ、だって……」
姉貴の不安げな表情は一瞬で驚きへと変わった。と思ったら切羽詰った様子で、
「さあってどういうことっ。解けなかったらボクたちゲームオーバーだっ。ゲームオーバーになったら死んじゃうんだぞっ」
そう言った。
ええ、知ってますよ。お前と一緒に聞きましたからね。隣に居た俺が見えなかったの、お前?
「どうすんだよ……」
この世の終わりだ、みたいな感じでゲンナリ俯く姉貴に、「どうにかすりゃいいんじゃない?」と俺は一言だけ返す。
日本人の寿命は平均八十歳台だ。上手くいけばその間に屋敷から出られるんじゃね?
「どうしてそんな楽観的なんだよ、レンは」
「今、お前の弟として生まれてしまった不幸に勝る悲観はないから」
「なっ!? どういう意味だよっ!」
「元の元を辿ればお前が、年に一、二回しか来ない土地で、散歩なら普通に近辺うろついてりゃいいものを山道に入って当ても無く先々進み、仕舞いに迷子になった今の状況があるから」
「――……」
「何か言いたいことある?」
ちなみにお前が気を失って俺から離れていたから、こっちは人質捕られたってことでゲームに渋々承諾だ、ボケ。
「ゴメンナサイ」
「おう」
さて、どうしましょうか。普通なら散策するのがゲームの定石だと思うのだが、極力、できれば面倒くさくない方法で〝この屋敷から出たい〟。未解決――しかも二十四年前というオマケ付き。さらにこっちは姉貴があるから。
そもそもの話、そんな古い事件のことを資料だけで解けないよなぁ。一般常識で考えれば、警察が解けなかった未解決事件を中高生が解けるたら警察いらねぇ。解けたら将来そっちの職に就くわ、俺。
「でもさ……」
ミステリーゲームの方へ頭を戻していたら、まだ何かがあるらしいこの姉貴。
「何?」
下らんことだったら張り倒すよ。
「大丈夫、だよね……ボクたち」
表情はいつもの姉貴と比べると少し大人しいが、下へ目をやると俺が着ているTシャツの裾を掴んでおり、さらにその下、足はガクガク震えている。
「――……」
「ねえ、レン」
迷子の小さな子が親を探すような目をしていた。
「どうした足? 狂牛病?」
「はあっ!? 違うよっ。何だよ、きょうぎゅうびょうって」
「足がガクガクする病気にかかった牛」
「ボクがそんなヘンテコな病気になるわけないだろっ。ふざけないでよ、レンッ」
「今、怖いか?」
「え?」
「今、怖いですか?」
「あ、ああ」
ガクガクしていた姉貴の足の震えは止まり、大人しい表情はいつもの本調子になっていた。
さて、どこから探索を始めましょうか。部屋がたくさんあるから困っちゃうねぇ。
「あ、ありがとう」
「え?」
「レンのお蔭で震えが止まったよ」
「あ、そう。まあホラー系にはよくあるからね」
無理に強がることはない。俺は耐性がある程度付いているけど、耐性の無いお前は仕方のないことだ。
「とりあえず俺の目が届く範囲にいて。できる範囲で守ってやるから」
「……レン」
だから、ちょいちょい話を戻さないでくれるかな、キミ? 俺、考えてるの。お前はやる気のないコンビニ店員ぐらいの感じで事を構えておけ。うるさいのはイヤだが、有事の際に悲鳴を叫ぶぐらいは許すわ。
「……あ、ありが……」
「うふふふふ。『まもってやゆ』かぁ。おにぃちゃん、騎士みらいでカッコいいのよさ」
「レン……。なな、何か言った……」
出たね。呼んでもいないのに向こうから。ゲームならある程度物語を進めてから出て来いよ。
俺は辺りを見回す。静かにすれば相変わらず嵐の雨風音が際立って聴こえる。明かりを灯すブランケットライトに異常は無い。
「レン」
「静かに」
さて、どこから出てくるか。
――――――タッ、タッ、タッ……。
前方から音が聴こえる。一定の間隔で鳴っているが、複数の音が混じって一つになっているよう。それは次第にこちらに近づいている。
……何、あれ……?
「レ、レン」
三人? 編成による行進。う、うーん……、モンスターの群れが現れた、とでも表現すりゃいいのか?
「小隊、左!」
三人? は俺たちの前で左に直角に曲がり、
「小隊、止まれ!」
横一列になったところで歩を止める。
「左向け、左!」
一糸乱れぬ所作で俺たちに向いた。なんぞ、これ?
身の丈が俺の半分ぐらい。白色の凛々しい軍服っぽい服装を身に纏い、軍刀を帯刀した三人組。だけど、どう見ても顔が〝犬〟、〝猿〟、〝鳥〟の二匹と一羽。
桃太郎さーん、引き取りに来てくれー。
「女中殿がおっしゃっていたお客様でありますね」
犬が喋った。
「失礼であります。今週の見回り当番隊長を務めておりますワンワン隊長であります。で、こちらが」
「オレっちはモンモンっす」
「わたしはわたしの名前はピーピーよ」
「あ、こりゃご丁寧に」
「ど、どうも」
二匹と一羽に頭を下げられて俺と姉貴は思わず頭を下げた。
「今日はどういった予定で当お屋敷に来られたのでありますか?」
「いや、道に迷ったんですよ。で、雨が降ってきたので、こちらで雨宿りを」
「そうでありますか」
「よかったっすね。嵐になる前で」
「この嵐にこの嵐の中、外にいたら大変よね」
「そうですね」
二足歩行の喋れる犬、猿、鳥と和やかに会話しているこのシュールな場面は何?
「お客様はお客様でゲームの最中かしら?」
「そうなんすか? じゃあ、困ったら何でもオレっちたちに言ってくれてかまわないすっよ」
「そうねそうだわ。言ってもらってもかまわないわ」
あー……屋敷の者の中に動物が混じっているのかい。これはこれは予想斜め上だわ。
「ではお客様、ワンワンたちは行くであります。頑張ってであります」
「あ、ちょっと待って」
「何でありますか?」
俺は二匹と一羽を呼び止めた。
「さっそく訊きたいことがあるんですが」
「何々? 何かしら? 調理場のサラちゃんが気になるお相手? サラちゃん可愛いもんね」
いや、そんな女の子が興味を示す話じゃなくて、
「四人のメイドさんから二十四年前の未解決事件の資料を屋敷の者に訊けと言われたんで、そのことについて訊きたいんですが」
「なーんだ。つまんないの」
このクソ鳥……。焼き鳥にされてぇか? こっちはそれで難儀してんだよ。
「ワンワンは知らないであります。予定に無い来客者に〝いつも〟出す問題でありますが、ワンワンが訊いても女中殿たちは教えてくれないであります」
「オレっちもっす。オレっちたち、しがない警備員っすからね」
ふむ。知っている奴は限られているってことか。しかし、〝いつも〟ね……。解けた奴はいるのか、この問題?
「ですが、他の隊員ならば知っているかもしれないでありますよ。よろしかったら警備室へ行くといいであります。場所は調理場の隣にありますから」
「じゃあ、行ってみます」
何も探索していないのに情報が手に入った。フラグが立っていないのにこんなにイベント発生してもいいのか?
「そんなこんなことしても無駄よ。それよりもこれよりも手っ取り早い方法があるわ。〝ドリアングレイの少女〟に訊くことよ」
〝ドリアングレイの少女〟? フライドチキンが勝手にフラグを立てやがった。
「〝ドリアングレイの少女〟であります、か」
「あの人はオレっち、ちょっと苦手っすね」
難儀な人っぽい情報が集まった。
「誰かちら? あたちの噂をしてる人わ?」
噂してんのは俺じゃないのは間違いない。てかこの声、さっきの……。
「この声の持ち主ですか?」
「そうっす。〝ドリアングレイの少女〟っす」
「へー。で、どこにいるんですか?」
「そこにいるであります」
「え?」
ワンワンが壁を指差す。けど、誰もいない。もしかして見えない人? こら難儀な人だわ、間違いない。
「どこ見てるのかちら、おにぃちゃん」
「姿が見えないので見ていません」
「こっちよ。こっち」
「どこ?」
「〝絵〟でありますよ、お客様」
「〝絵〟?」
壁に等間隔で飾られている俺たちの一番近い白い絵。
濃い緑色のドレスに三つ葉のクローバーの形をあしらった髪飾りがウェーブのかかった長いブラウンの髪に映え、顔立ちは白い卵のように丸く愛らしい感じし、深く吸い込まれそうな緑色の大きな瞳が印象的。
さっきまで画かれていなかった白い絵に、少女の肖像が画かれていた。
「お初にお目見えするわよのさ」
緑色のドレスの裾を両手で摘まみ、
「ドリス・アンナマリア・グリーン・レインフォード。愛称は〝ドリアングレイ〟なのよさ」
絵の少女は優雅に挨拶。
「あ、どうも初めまして」
とりあえず挨拶を返しておく。
イベント発生率高すぎだろ。俺たちまだ何もやってねぇぞ。




