二十四年前に未解決事件があったようですこのお屋敷
お屋敷の二階――階段を上り、赤い絨毯が敷かれたけっこう長い廊下を黒いメイドに案内されて歩く。
姉貴の悲鳴はあれ一回こっきりでその後は何も無い。○られて、くたばっちゃったか?
黒いメイドの足が止まる。とある一室の前だった。
「お姉様はこちらの客室でございます」
「あ、すいません」
さて、生きてるかな? と部屋のドアノブを廻して俺はドアを開けた。
「姉貴? 生きて、てっ……?」
――……。
俺はそっと開けたドアを閉める。俺、ちょっと疲れ目にでもなってんのかなぁ? と目を擦る。
「どうかされましたか?」
自分の視力を疑っている俺に黒いメイドは訊いてきた。
「ちょっと見慣れてないモノを見てしまって」
「せっかくの〝おキレイな姿〟なのですから、褒めて差し上げればよろしいのでは?」
「ん?」
やっぱり見間違いじゃなかったのか。きついわー。
この部屋入りたくないなぁ、と頭痛を感じつつ、入らないといけない、と思い直して頭を掻きながら再度ドアを開けた。
ホテルの一室のような綺麗な部屋。その奥の壁際にある全身を映せる大きな鏡の前に姉貴がいる。
赤味を帯びたオレンジ色の生地に、白と薄緑色の花柄模様を丸型にデザインした和装っぽいようなワンピースっぽいようなドレス。控えめなドレスの花柄とは対照的な冴えた黄色の花飾りが、姉貴の癖毛黒髪に映えている。
可愛らしい踵の低いヒールにレース柄の長手袋を身につけ、これからパーティですか? と訊ねてしまいそうなほどメイクもバッチリ華やか。
そんなビックリ変身をした姉気は隠せてない笑みを浮かべてポーズを取っていた。
「――……」
誰だよ、お前? 本当に俺の姉貴という生き物?
「おキレイになりましたわね、お客様」
いつの間にか姉貴の隣に突っ立っていた黒いメイドが笑みを絶やさない表情で口を開く。姉貴の動きが止まった。
姉貴はゆっくりこちらに振り向き、素早い動きでまた後ろ姿を見せた。
目の前の鏡に顔の表情がバッチリと映ってる姉貴。恥ずかしいならそこに立たない方がいいぞ。
「如何でしょうか、カ○ン様?」
「なぜ俺に訊くんですか?」
「殿方の意見はご婦人にとって貴重ですから」
あなたプロですね。あんな恥ずかしいポーズ取っているところを見て何事も無く冷静に話を進めるとは。
しかし、貴重つってもなぁ。いつもボーイッシュな感じの姉貴しか見慣れてないし……。
「可愛くなりましたね」
こう言ってりゃいいや。まあ、これで見せる相手とか出来てくれれば万々歳なんだが。
「当お屋敷お抱えの服飾デザイナー渾身の作品です。メイクの方は別の者。ちなみにその二人は双子の姉妹幽霊なんですよ」
「へー」
センスの無い俺にわかりませんわ。しかし眠っている間におめかしするとか、これまた違う意味ではた迷惑な幽霊だね。それだけは俺わかるわ。
「は、入ってくるならノックぐらいしてくれよ、二人ともっ! 特にレンッ!」
「クイズか何かの問題が説明されるそうだから下に降りるぞ、姉貴」
「ミステリーゲームです」
「だそうだ」
「ボクの意見は無視なのかっ!?」
「ノックしなくてごめんね。早く来て」
「絶対悪いと思ってないだろっ!」
思ってねぇよ、タコ。鏡の前で一人笑みを浮かべてポーズを取ってるところ見せられて悪い要素なんてこっちには絶無だ。むしろ、姉が人様のお屋敷で痛々しいことしてて弟として、恥ずかしい姿を晒してごめんなさい、とお屋敷の幽霊に思い抱くわ。
と、言いたかったけどやめた。今はツッコミはしない。相手したくないから。
「……そのままでいいから来て」
「こっ、このままっ!? そんなことできるわけないじゃないかっ!?」
「……じゃあ着替えたら?」
「着替えなんてないじゃないか」
「……じゃあ裸でいたら?」
もう全裸でも何でもいいよ。ここには幽霊の類しかいないから誰も気にしないし。
「裸っ!? 何を言ってるんだ、レンッ! キミはボクに何をさせるつもりだっ! いや、何をするつもりだっ!?」
「ゲームの説明って言った。てか、どっちでもいいから。さっきから『来て』って言ってるんだからはよ来いよ?」
一応、お願いしているんだぞ、こっちは? 何様ですか、お前?
「いやでもあれだし。この格好のままっていうのも、あれだしさすがに……。あ、でも、このままの姿だったら、いつも以上のボクをレンに見せ付ける絶好のチャンスなんじゃ……。そうだ。そうだよっ。レンも『可愛い』って言ってたじゃんかっ」
頼むから大部分は心の中で喋れ、気持ち悪いなー。あー、もういっか。
「えっと、トモミさんでしたっけ?」
「何でございましょうか?」
「姉貴、放っておいていいんで行きましょう」
「――……。よろしいのですか?」
「はい。よろしいです」
姉貴を襲う幽霊はいないだろう。なにせ、気持ち悪いからな。近寄ったらいけないと遠めからでもわかる。それがわからん幽霊はとても気持ち悪い幽霊ということだ。
俺は姉貴を放っておいて部屋を後にしようとする。
「あっ。待ってよ、レン。ボクも行くよ」
「え? 来るの?」
いらねぇー。
「何だよその不服そうな顔は? ボクのこと呼びに来てくれたんだろ?」
「――……。たぶんな」
「たぶんって何だよっ。何で最初に間が空いたんだよっ」
だって、生きてるか死んでるかの確認をしに来ただけだもん、俺。
「まあ、呼びに来たってことでいいからさ。どうどう。落ち着け。さっさと下へ行こう」
「ボクは動物じゃないぞっ」
「じゃあさっさと来いよクソボケ。俺はもう行くからな」
「あ、待ってよ、レン」
「仲がよろしいご姉弟ですね」
黒いメイドが微笑ましく俺たち兄妹のことを、どこをどう見たらそう思えるのか理解し難いことを呟いていた。
メイド四人とお茶をしていた場所に戻ってくると、なぜだか室内の電気を消して代わりに蝋燭の火で、今から恐怖を味わってもらいますよ、と言わんばかりのホラー的演出がなされていた。
「さて〝今回〟も、ミステリーゲームに参加されることになりましたお客様が……」
黒いメイド、もといトモミさんがこれまた雰囲気ある声と表情で語り始める。が……、
「わー。カ○ン様のお姉さん、可愛いー」
「最近、和装をイメージしたデザインが多いと思う、あの姉妹」
「色目が華やか過ぎない? ちょっと派手な感じがするわ」
「わたしは好きだなー、こういうのー。可愛いー。可愛いは正義ー」
「あたしはけっこう楽な格好が好きだからね。ラフでカジュアルな感じのやつ」
「私はスエットが好みと思われる」
「二人とも色気がないなー。カ○ン様のお姉さん、えっと、名前聞いてもいいかな?」
「あ、え、アカネです。湊アカネ」
「アカネちゃん、どんな服装が好きー? 可愛いのー? それともキレイなのー?」
「カ、カジュアルな感じの服とかよく着ます」
「一緒じゃん、あたしと」
「サバサバなリナと違って可愛いのに勿体無いと思われる」
「女らしさが微塵も無いタカコと違って可愛いのに勿体無いと思うわ」
「ねぇー。みんなでお着替えしなーい?」
蝋燭の火で暗がりを演出した雰囲気を物凄い勢いでぶち壊してますね。
「――……」
トモミさんの表情がめちゃくちゃ険しい。
「審査員はこの中で唯一の男の子カ○ン様ー。カ○ン様の評価で一番を貰った人が優勝ー」
「ノブエ」
「トモミもやる、あわわ、ごめんなさーい」
「はあ……。申し訳ありません、お客様」
別にかまいませんけどね。のんびりやってください。のんびり待ちますから。
「では、ミステリーの謎を説明させて頂きますわ」
気を取り直してトモミさんが言う。雰囲気が死んでるけど、気にしないように俺は口を噤んだ。
「うっふふふ。お客様たちは恐怖のミステリーへと足を踏み込みましたー」
またか白いの?
「本作品は多くのホラー的要素を含んだミステリーとなってまーす。コンテニューはできませんので、過度に心臓の弱い方は救急車の手配をしちゃってくださーい」
雰囲気ぶち壊してさらにぶち壊す反省していない白いメイド、もといノブエさん。うーん……、今からゲームやるよ、って気分は一応味わえました。
「ノブエ。またトモミに怒られるわよ?」
「えー? でも、リナちゃん。注意事項は必須でしょー?」
「いえらないでしょ?」
「いらない思われる」
「えー? タカコまでそんなこと言うのー?」
言われて当然かと……。過度に心臓が弱い方はわざわざ心臓に負担の掛かることはしませんから。なぜゆえ己自身で己の命を縮めようとする必要があるのか。
「ノブエ。これ以上、話の腰を折らないでもらえるかしら? 雰囲気が台無しよ」
折るどころかぶっ壊れてもう粉々ですよ、トモミさん。どうやって元通りにします? 相当な腕が無いと雰囲気は元通りにはならないと思いますが。
「お二人のお客様には、〝私たちを殺した犯人を推理してもらいます〟」
――……。
ああ、元に戻さない。けっこうですよ。そういうのもありだと思います。
「え、ちょっと待ってください」
どうした姉貴? 蒼白な顔して?
「〝私たちを殺した〟って……。え……? みなさんはその、もしかしてお亡くなりに……?」
……何言ってんだ、こいつ?
「ええ。私たちは皆、このお屋敷で殺されました」
「じゃ、じゃあみなさんは……ゆゆ、幽霊……」
「この通り〝身体〟はありますが、私たちは亡くなっているので幽霊で間違いありませんね」
……この、〝身体〟はある、というのはどういう意味? もしかして、生きてる人にとり憑いてるパターンか?
「レンッ」
「え、お、はい?」
いきなり何、姉貴?
「ボク、初めて幽霊が視えたよっ」
「あ、そう」
何をそんなにワクワクしてんの?
「もっとこう、血とか出てグロい感じかと思っていたけど、普通の人と変わらないんだね」
色んな幽霊がいるからね。よかったね、初めて視えた幽霊がこの人たちで。
「うふふふふっ。わたしたちの殺され方を知ったらアカネちゃん、怖くて慌てふためいて腰抜かすよー」
「ここ、殺され方?」
殺され方云々より、一般人からしてまず殺人自体がどう考えても怖いと思うんだが。
「恐怖かどうかわかんないけど、私は溺死」
「私は刃物でグサっと思われる」
「わたしはこのお屋敷ごと燃やされちゃったー」
言い方がさらっと軽うっ。
「えっと、あなたは……?」
まだ言っていないトモミさんに姉貴が恐る恐る訪ねた。
「私は生き埋めです」
「生き、埋め……」
全員、殺され方が異なるんだな。てか、何で全員違う殺され方?
「あー……ご愁傷様、です」
何も物言えず居た堪れない気持ちになったのか、姉貴が恐縮して頭を下げた。
「気にしなくていいわよ」
「そうだよー。アレだよ」
「気にしたら負けと思われる」
「そうー、ソレ」
「そんなの無理ですよっ」
どうして犯人は違う殺し方をしたんだ? 青い人は刃物でだろ? 凶器があるじゃないか。凶器があるのなら、普通それで全て事足りるんじゃないのか?
「とまあ、こんな軽い空気の中で言う破目になりましたが、お客様お二人にはこの事件の謎を解いて頂きたいと思います」
このメイドたちが犯人を俺たちに教えてくれれば済む話じゃないのか、これ? 一応ゲームだから野暮なことはしないってことか?
「当時の〝事件資料〟はこのお屋敷内にあります。しかし、私たちから、〝どこにあるか〟、とは申せません。当お屋敷の者にでもお訪ねして、探してもらっても結構です」
某RPGみたいに他人の家のタンスを物色してもいいよってことね。
「事件の資料があるのなら謎を解けそうだね、レン」
いや、姉貴。この手のやつはそう上手くはいかないように出来ていると思うわ。
「ようしっ。じゃあ、早速散策を始めよう、レン。このお姉さんたちを殺した犯人をボクたちで必ず暴くんだ!」
意気揚々とやる気をみなぎらせて頑張るぞってな感じで姉貴が椅子から立ち上がる。
「お待ち下さい、お客様」
そんな姉貴をトモミさんが制止を呼びかけた。
「はい?」
「最後の説明がまだ残っております」
「ん? それは何ですか?」
「〝ゲームオーバー〟になった場合についてです」
「えっ……」
「〝ゲームオーバー〟の条件は謎が解けなかった場合。それと……」
「それと……?」
「〝死んでしまった場合〟です」
「死……」
「では〝二十四年〝もの間、〝未解決な事件〟を解かれること、ご健闘を祈ります」
「ちょ、ちょっと待ってよっ。そんなゲームオーバーがあるなんて、ボクたちは聞いてないぞっ。そうだろ、レン」
「いや、俺もう聞いた」
「えっ、ウソっ!?」
謎が解けなければこの屋敷から出られない、って言ってた。ゲームに負ければ、〝死んで同じ幽霊になれ〟ってこったろ。
「くれぐれもこのお屋敷から逃げ出そうと考えないでください。その場合もゲームオーバーと見做しますので」
「まあ頑張ってよ、お二人さん」
「がんがれー」
「大いに期待している。と思う」
「――……」
表情の奥に楽し気を滲ませた四人のメイドとは対照的に、姉貴は言葉を失って顔を引き攣らせている。
外は嵐――逃げ道の無いとある山中のお屋敷内にて、蝋燭の灯火しかない暗がりのこの部屋の雰囲気は、見事にホラー的要素を取り戻していた。




